第一話 屋上の約束
爆発音がした。
息が苦しい。
怖い。
お腹がすいた。
逃げないと。
殺される前に逃げないと
あれは…
2054年、3月16日
私はヒーロー組織の幹部試験に合格した。
「新しく幹部になったセラです。よろしくお願いします」
「へぇ、かわいいじゃん」
「史上最年少だぞ…!」
「あんな小さいのに幹部?」
品定めの声、期待の声、罵倒の声
でもそんなのどうだっていい。
「とりあえず、君には前線で戦ってもらうよ。A班だから…ここだね。明日の昼にはここに着くように」
位置情報が送られてきた。何も無さそうな廃工場。
「わかりました」
「よし、じゃあ次行くぞ。明日についてだが、B班にはここを担当してもらう……」
明日からもう仕事か。まぁ、今まで通りやればいい。
会議が終わると、何人かがこちらに駆け寄ってきた。
「ねぇ、あなたがセラ?これからよろしくね」
手前の女性が微笑む
「身長低くて、可愛いらしいね」
背の高い青年が笑っている
まずい、囲まれた…早く戻りたいのに
「おい、お前」
「はい。なんですか?」
茶髪のめんどくさそうな奴が、獲物を見つけたような目でこちらを見ている。
「悪いけど、幹部って簡単になれる場所じゃないんだよねぇ。君みたいなのが本当に戦えるの?」
「任務は必ず成功させます」
「ふーん…じゃあ俺と戦ってよ」
「ちょっ…初日から戦わせるなんて!」
横から女性が止めに入る。
「黙ってて、今こいつと話してんの」
止めた所で無駄だろう。とにかく、実力見せればいいんでしょ。
「わかりました。木刀取ってきますね」
「木刀?本物でやるに決まってるだろ」
「…わかりました」
初日からめんどくさい奴に絡まれたな…
人々が壁側に寄り、真ん中にスペースが空く。1体1の真剣勝負。下手したら死ぬ
「ほら、先攻は君に譲ってやるよ」
短刀を持つ手に力を込める。傷つけずに、相手を降参させればいい。そう考えると同時に、男に向かって走った。最初の一撃は、男が半歩下がっただけでかわされた。二撃目は剣で抑えられた。金属のぶつかる音が響く。
次の攻撃を当てようと体制を立て直すと、相手から攻撃してきた。剣の刃が頬を掠める。
「可愛い顔が傷ついちゃうね」
完全に舐められている。でも攻撃することは許されない。間合いを詰めてもまた引き離される。さすが幹部なだけあるな…。一瞬の隙を狙って後ろに回り込む。足を払って体制を崩し、刃を喉元に当てた。気付けば、男は床に膝をついていた。
周囲から息を呑む音が聞こえる。ここにいるのはただの少女ではない。
「はぁ…っ…降参、しますか」
男は剣を床に置き、両手を上げた
「…疑って悪かったよ。次は絶対俺が勝つ」
「またよろしくお願いします」
沈黙の後、拍手が巻き起こった。16歳の少女が大柄の男を倒したのだ。
「すごいじゃんセラ!」
先程の女性が私の肩を掴む。興奮しているのか、力が強い
「ありがとうございます」
「今夜はみんなで歓迎会やるから、楽しみにしてて。7時に食堂でね」
「嬉しいです」
女性は男を睨みつける。いつもこうなのか、男は目を逸らした。
「あなたは残って。話がある」
「…はい」
もう帰っていい感じなのかな。とにかく早く帰りたい…
「では、失礼します。」
「いや怪我は!あぁ、行っちゃった…」
女性の親切な言葉は聞こえてないふりをしておこう。なんで初日からこんなこと…
私は早足で案内された部屋に向かった。扉を開けると、質素なベッドと大きい机。広いとは言えないが、寝泊まりするには十分だ。
ボストンバッグを床に置き、荷解きをする。任務はもう明日から始まるんだ、早く終わらせよう。
そういえば、歓迎会があるなんて言ってたな。どうせ酒を飲むための口実だろう。適当に食事を終わらせて戻ればいいか。7時まであと25分…6時50分までに荷解きを終わらせよう。
荷物はそんなに多くなく、時間通りに終わらせることが出来た。予備の短刀が3本と、服が数着。残りは薬と包帯、明日持っていく用に鞄に詰めておいた。
本部に来たのは初めてだが、不思議と緊張はしていない。気になるのは明日の任務だけ。…本当にあの人に会えるだろうか。
すると、部屋のドアを誰かがノックした
「どうぞ」
「失礼する」
写真でしか見た事はないが、確かこの組織の司令官だったかな。一番権力を握っている人。
「以前は東部に居たと聞いた、本部の紹介はまだだったな。私が案内しよう」
確かに、ここのことは何も知らない。
「直々に…ありがとうございます」
司令官の横に並んで歩く。通信室、医務室、訓練場、食堂、屋上…元々居た東部よりも設備がいい。監視カメラも多いし掃除も行き届いてる。相当広いのか、一周する頃には歓迎会の時間になった。
「もうこんな時間か、歓迎会が始まるぞ」
食堂に足を踏み入れた途端、熱気と喧騒が押し寄せてきた。長テーブルには料理が所狭しと並び、酒瓶が転がっている。
「お前はここだ」
示された席は司令官の左隣。1番近い席。
司令官が立ち上がった瞬間、食堂が静まり返る。さすが組織の最高権力者だ、存在感が違う。
「紹介する。今日から組織の幹部になったセラだ。歓迎してやってくれ。」
司令官がグラスを持ち上げると、全員同じようにグラスを掲げた。
「幹部昇格を祝して、乾杯」
グラスとグラスがぶつかる音が食堂に響いた。食堂内が完全にお祝いムードになる。酒を一気飲みする者、料理を楽しむ者、腕相撲をする者…。その内の数人がこちらに向かって歩いてきた。雰囲気的には一般隊員だろうか。
「君が噂のお嬢ちゃん?かわいいなぁ!」
「なぁなぁ、俺と腕相撲せぇへん?」
見た目的にはそこまで大柄ではなく、一般的な成人男性ほど。酒を飲んでいるから感覚が鈍っている…勝てるな。
「わかりました」
「話が早くて助かるわ、手潰れても知らんで?」
男が勢いよく手を組んだ。体格差的には私の負けだが、見た目で判断されては困る。
審判役を買って出た誰かが「初め」と叫んだ途端…ごん、と鈍い音。テーブルに男の手が着いている。
「は……?」
「う、嘘だろ…あんな小さい子供が…」
男が信じられないとでも言うように、自分の手を見つめている。油断大敵とはこの事だな。
「対戦ありがとうございました、また誘ってください」
「おう…また頼むわ」
男はふらつく足取りで仲間の元へと戻っていった。自分が勝つと過信していたのか。
そんなことより酒の匂いヤバいな、あの男何杯飲んでるんだ…。
宴もたけなわ。床に転がる酒瓶と、散乱した食器、テーブルで眠る隊員達。
それを見渡した幹部の女性が食器を片付け始める。片付けもせずに帰る訳にはいかないし、少し手伝うか……。
「あの、いつもこんな感じなんですか?」
「そうよ、本当体に悪いんだから。あぁ、まだ名前言ってなかっけ?私はアイリス」
「アイリスさんですね。よろしくお願いします」
アイリスさんは私を見つめて笑った
「そんな固くならなくていいのよ。片付けもありがとうね」
「いえ…私の歓迎会ですので」
正直もう帰りたい気持ちでいっぱいだけど…。自分の歓迎会の片付けぐらいは自分でやらないと。
「それよりさっきの怪我、見せて」
「これぐらいなら大丈夫ですよ」
頬の傷を手で触る。もう血は止まっているし、放置しても大丈夫だろう。
「患者が『大丈夫』って言うのが1番信用出来ないの。ほら、そこ座って」
「…わかりました」
「ねぇ、ここの幹部の事知ってる?」
「なんとなく…ですが」
大柄の男と、アイリスさんの事しか知らない。後は写真で見ただけ…全身が機械の男の子だったかな。
「さっきのはアスターね。あんな感じだけど、割と優しいから仲良くしてあげて。…あとはワン。あの子はこういうの苦手だから部屋に居るはずよ、落ち着いたら一緒に挨拶に行きましょう」
「あぁ……はい」
ワン…か。コードネームだろうか。
「明日の任務、一緒よね。期待してるわ」
「よろしくお願いします」
「はい、これで大丈夫」
もう一度頬に手を当てると、大きな絆創膏が貼られている。こんなことしてくれなくても…随分と親切な人なんだな。
「ありがとうございました」
軽く礼をして、自室に戻る。廊下は来る時よりも静かで、空気が重く感じた。
部屋の机の上に、エンブレムが置いてあった。鷲のエンブレムは幸せを象徴する幹部の証。指でなぞると、ひんやりとした金属の感覚が伝わる。これからまた任務が続くだろう。
それと…エンブレムの隣に一通の封筒が置かれていた。私が部屋を出る前には無かったはずだ。封を開けると、1枚の便箋。
『今日0時、屋上で待つ。来るかどうかは君次第だ。』
明らかにヒーロー組織の幹部では無いだろう。となると悪の組織の罠か?それとも…
まぁ、行けば分かるだろう。
時計を確認すると、12時30分だった。もうすぐ日付が変わる…そして約束の時間。
屋上に続く階段を上る。東部支部では、屋上へ立ち入る機会なんて一度もなかった。やけに足音だけが響く。
屋上の重い扉を開けると、あの男が立っていた。月明かりに照らされた青い髪が、夜風に揺れている…




