今年も婚約破棄劇場が開幕いたしました~侯爵令嬢も王太子も頑張ってください~
なろう作家がすなる婚約破棄物といふものを、私もしてみむとてするなり、第二弾。
舞踏会で王太子が喉の調整を始めた。
正確に言えば、この舞踏会は卒業記念の有志による舞踏会であり、王太子一人が壊してよい場ではないのだが。
格式高いオペラでも歌うかのような無駄に荘厳な彼の『ン~』というハミングに貴族たちは視線を向ける。
私だけでなく誰もが知っていた。
今年も始まるのだなと貴族令嬢や令息たちは友人同士で固まりこそこそと何かを話し出す。
椅子に腰かけてマイクを前にして一人で話しているのは、友人などいなかった私くらいである。いや、泣いてない。
3年も学園に通っていて一人も友人ができなかったからって泣いてなどいない。
泣いてないって言ってるだろ、おい顔を覗き込むな、カメラ係。
こほん。さて、今年も始まりました。
卒業舞踏会名物、婚約破棄破棄劇場。
ドンドンパフパフ。
ちなみに今年の演目は王太子殿下主演、『愛ゆえの断罪~真実の愛を添えて~』である。
おい誰だ、この口に出すのも恥ずかしい題名付けたやつ。
自分が読まないからって愛を二回も入れやがって、出てこい。
ネーミングセンスについて少しお話ししようじゃないか。
「諸君!」
そういって王太子が両手を広げた。
いや、広げすぎたかもしれない。
必要以上に広げたせいで、隣にいた男爵令嬢のグラスが吹き飛んだ。
やっててよかった防災訓練。卒業舞踏会実行委員の男爵令息がどこからともなく持ってきた麻袋でグラスを受け止める。幸いグラスの中身は飲み干されていたので大理石の床が汚れることもなかった。
防災訓練では、イェアとはしゃぎすぎていた男爵令息はその役割を全うした。
「今日は皆に伝えなければならないことがある!」
給仕や実行委員の生徒達は一切動揺しない。
何故でしょう?はい、早かった。そこの黒髪の2年生。
その通り、防災訓練済みだから。
そんな茶番が随所で行われている婚約破棄を見つめながら、ひそひそと準備に勤しんだ実行委員の生徒が囁きあう。
「テーブルクロスは(侍女が)洗って真っ白に。」
「料理は超一流。」
「オーナーシェフは隣国の者ですが。」
何故この舞踏会、料理人はおざなりなのに、料理だけ異様に気合が入っているのか。
理由は簡単だ。
毎年、婚約破棄劇場が始まると誰も料理を食べなくなるからである。
要は見栄えさえよければいいのだ。
それがどんな料理人の手から生み出されようとも、たとえこの国の言葉が話せないものであっても。
案の定この事態を理解していなかったのだろう異国の料理人は手を付けられない自分の料理にハンカチを噛んで悔しそうにしている。
ごめんよ、自分の腕を認められたのだと思ったか。違うのだよ。宮廷料理人なんて呼んでみろ。
今回は王太子ってこともあって大事になるぞ。
「初めてワインを味わう卒業生の方々のためと年代品のワインを。」
「お皿はこの国随一の陶器ギルドの非売品を。」
「ソムリエは最もワインの知識に長けた者です。」
こそこそと実行委員の生徒たちは残念そうに言うが私は知っている。
年代物のワインは、ただ翌年のワインが最上級のワインであったためあまり流通せず商業ギルドの倉庫の肥やしになっていた物を使ってくれと押し付けられたものであり、お皿も陶器ギルドの倉庫の肥やしになっていた物。
ソムリエに至っては、あくまでたまたま商業ギルドにいた中でと前置きが付く。その上、知識に長けているだけで、舌の確からしさなどは誰も知らない。おそらく、そのソムリエ本人すらも。
「たぶん美味しいです。」
としか言わないソムリエはやはり見栄えだけのために整えられた者であった。
それでもそれらしい格好をして神妙な面持ちでそこに立っていれば雰囲気は出る。
我が国の貴族社会において最も大事なのは雰囲気であるとは実行委員長の言である。いや、本当か?
「どなたかがコルセットで酸欠になっても良いように、休憩室の準備だって充実させましたわ。」
「備品は全て商業ギルドに頼んだオリジナル。」
「持って帰ろうとすれば直ちに憲兵が動けるよう手配もしましたのに。」
もはやどこにお金をかけているんだ。
しかし、そんな突っ込みをする者はいない。
全員、慣れているからだ。
飲食やダンスよりも休憩室や休憩室におかれ備品にお金をつぎ込んだほうがいくらか有用性が高いことはもはや常識である。
え?友人の一人もいない私が常識を語るなって?黙っていろ、カメラ係。
話がそれたが、婚約破棄とは貴族社会の季語なのである。これも実行委員長の言だ。
私に今の発言の責任はない。ないったらない。
「侯爵令嬢ミルリーラ・アデール!」
ついに王太子がミルリーラ様を指差した。
人を指差してはいけませんと国王に習わなかったのか。
いや、王太子に人を指差すなと教える国王とか、なんか嫌だな。
家庭教師か?誰でもいい。
とにかく教育係はそういう人としての教育をしていなかったのか。
「貴様は長年にわたり、男爵令嬢アカルディを虐げていたな!」
会場の空気が今年はどんな物かと観劇の態勢に入る。
なんなら、わざわざ後方に下がった令息たちの間では賭けが始まっている。
おい、カメラ係お前は混ざろうとするな。
『侯爵令嬢が泣く芝居をするに金貨1枚。』
『見たい。それは見たいが、あの侯爵令嬢がそんな質か?
ビンタが飛ぶに金貨2枚。』
『水ぶっかけるに金貨3枚。』
『お前水って言ったな?
じゃあ俺はワインに金貨2枚。』
『俺は大穴で王太子に引っ付いてる男爵令嬢が裏切るに金貨2枚。』
最低である。
しかし、これが我が国の貴族社会。
いや、繰り返すが私の言葉ではない。あくまで実行委員長の言だ。
「証拠もございますぅ!」
王太子の隣で、亜麻色の髪の乙女が涙を滲ませた。
誰だ、あれを乙女って台本に書いたやつ。
この劇のタイトル考えたやつと同じか?
後でじっくり話し合いたい気分だなぁ。
「おっ、泣き落としが来たぞ。」
会場後方で囁く声が聞こえた。
王太子によって勝手に舞台に上げられたミルリーラ様は呆れたように扇を口元に当てその表情を隠す。
うん、やっぱりご令嬢はこうでなくちゃ。
お美しいうえにスタイル抜群。ボンキュッボンの爆裂美女。ちなみに男子生徒たちが勝手に作っている学園の美少女ランキングでは堂々の第一位である。なんでそんなこと知ってるかって?いいから黙ってカメラ回していろ、カメラ係。
「どうぞお続けになって?」
王太子は知らない。
父親が婚約破棄をたった一回しただけの王太子と違って、ミルリーラ様の家系が代々、婚約破棄対応の専門家であることを。
彼女の祖父は三回破棄され、祖母は四回破棄し返し、父に至っては婚約破棄をきっかけに隣国と交易条約を結んだ。
え?本当に?私も知らない。
私が友人がいないから確認なんてできないだろうと思って嘘を台本に書いてるんじゃなく?
あぁ、本当なんですね?
いやぁ、ここまでくるともはや外交術である。
「父から受け継いだ婚約破棄のイロハ。」
ここで使うのが正当だろうという王太子。
いや何故ちょっと誇らしげなのだ。
するとミルリーラ様はにっこり微笑む。
「では彼女は母君から受け継いだのですね。泣き落としのイロハ。」
ミルリーラ様が言えば周囲を取り巻いている貴族のどこかから声が聞こえてきた。
「ニホヘトー。」
遥か東にある国の文学の出だし。
イロハニホヘトだなんて教養はあるがこの場においては間抜けな声。
誰だ、今の。思わず周囲を見渡すが既に声の主は貴族に溶け込んでいて素知らぬ顔をしていて判別できなかった。
自己陶酔によっていて周りの見えていない王太子まで一瞬「え?」って顔をしたぞ。
「ミルリーラ!貴様まだ言い逃れを…」
「では確認いたしましょう。」
せっかく王太子が咳払いをして仕切り直して口にした言葉を遮って、ミルリーラ様はぱちん、と指を鳴らした。
途端。
壁際の扉が一斉に開いた。
ぞろぞろ現れる侍女。
ぞろぞろ現れる使用人。
ぞろぞろ現れる帳簿係。
最後尾には何故か憲兵。
いや、憲兵は備品を持ち帰ったら即座に対応できるよう待機しているはずじゃなかったのか?別動隊?あ、そう。
「何だ、これは?」
「証人ですわ。」
ミルリーラ様は微笑んだ。
その微笑みの美しさに何人か生徒が倒れるが抜かりなく騎士科の実行委員達が抱え上げて休憩室送りにした。
「まず、アカルディ様が階段から突き落とされたと主張されようとしていた日。」
「おい、やっていないというならなぜそれを知っている。」
ミルリーラ様は帳簿係から優雅にお受け取りになった帳簿を、細長く美しいその指先でぱらりとめくる。
その様子にまた何人かの生徒が倒れた。
休憩室を充実させた甲斐があるというものだ。
「私は高熱で三日寝込んでおりました。」
「えっ。」
「診断書はこちらです。」
ミルリーラ様は王太子の言葉を華麗にスルーすると証言を続けた。
主治医だろう医師が跪いて王太子に診断書を渡す。
「さらにドレスを破かれたという件ですが。」
「だからなぜ追及する前に知っている?」
そんな王太子の事をスルーしたミルリーラ様のその白く美しい手に誘導されて、侍女が前に出る。
「その日マリア様は、ご自身で転倒なさいました。」
「転倒しておりました。」
「それはもう、豪快に。」
「前転気味に。」
「いいえ、あれは頭から行くタイプの飛び込み前転でしたわ。」
もはや、どのような転倒であったかの議論になりつつある。これは恥ずかしい。
「やめてぇ!」
赤面したアカルディが叫ぶ。
だが一度口を開いた侍女や侍従の口はそう簡単には止まれない。
訂正、彼らは止める気もない。
「そして陰湿な嫌がらせですが。」
「だからなぜ追及する前に…」
いかにダイナミックな転倒であったかを論じ合う侍女たちをスルーしてミルリーラ様は次の論点へ移行する。
ここまでのスルースキル、とても優雅である。さすがミルリーラ様。
「そちらは全てアカルディ様が他の生徒に行った内容です。」
「日記もあります。」
「筆跡鑑定済みです。」
王太子の顔色が変わった。
父から受け継いだ婚約破棄のイロハはどこへ言ったんだ。もっと根性見せろ。
…こほん。何か言いたそうですね、カメラ係。
「ちなみに殿下。」
ミルリーラ様は言葉に詰まった王太子に優雅に一礼する。
ミルリーラ様の美貌に充てられて徐々に会場にいる貴族の人数が減っていくことは言うまでもない。ミルリーラ様はその一挙手一投足がお美しいのだ。
あれ?そんなミルリーラ様に婚約破棄を叩き付けた王太子ってもしかして目が腐っていらっしゃる?
「貴方が学園予算を流用して彼女に宝石を贈っていた件も、既に監査が入っております。」
「へ?」
間抜けな声だった。今までで一番。
ミルリーラ様のイロハに続けて、ニホヘトといった生徒の声よりも間抜けな声だった。
後方から憲兵隊長が前に出た。
「王太子殿下、お話を伺いしたく存じます。」
「いや待て!これは違っ…」
「それから!休憩室のふわふわタオルを勝手に持ち帰ろうとしていた件も。」
「だから!なんで知ってるの!?」
小物!
会場中の貴族が耐えきれず吹き出した。
笑いが波のように広がる。
王太子は真っ赤になり、アカルディは泣き崩れ、憲兵は淡々と包囲を狭めていく。
本当に居たんだ、休憩室の備品持って帰ろうとするやつ。
ミルリーラ様はその光景を眺めながら、静かにワインを口に含んだ。
たぶん美味しいはずだ。美味しくあってくれ。
ミルリーラ様がこれでワイン嫌いになったらワイン調達班のせいだからな。
知識だけは豊富なソムリエが青い顔でミルリーラ様を見つめていた。
ミルリーラ様の表情からは何も読み取れなかった。
ミルリーラ様は優雅に微笑んで扇を閉じる。
「ざ・ま・ぁ・で御座います。」
そんなお茶目さまで兼ね備えた美の化身たるミルリーラ様に、私の背後に控えていた侍女が倒れた。
ざまぁを書きたかったはずなのに、いつの間にか某お笑いコンビのネタに引っ張られていました。
不覚。でも書いたからには投稿したい。
そんな思いで投稿した一品です。
お楽しみいただけましたでしょうか?
今回も西洋風ということでまたまた医薬品名から名前をもじりました。
相も変わらず人の名前は思いつきません。




