婚約破棄から始まる奇妙な関係
貴族社会における婚約。
家格・利害関係に基づき、幼少期より締結される契約。
その破棄には、相応の賠償を必要とし、契約の段階で予め、担保が定められる。
担保の設定には、公証人と査定官を必要とする。
設定は、双方が相手方から享受する権利と利益の査定から行われる。
・家格が持つ価値
・領地の立地や経営状況、その資産価値
・当該者個人が持つ魔力や属性の価値
その他諸々から算定される総額の原則2~5%ほど(※当該者の爵位相続順位に準ずる)が担保として必要。契約の合意には、通常、数か月ほどの時を要す。
貴族間の契約は、王室直属の公証人と査定官が双方の領内に派遣され、<魔法契約書>により、締結するものとする。
公証人を介さない婚約は、法的拘束力を持たない。
また査定官と公証人への買収行為等の発覚は、廃爵処分を科す。
―― これが、アルセリア王国における<婚約法>の概要である。
◇
陳腐な言い方ではあるが、
私は<真実の愛>に目覚めてしまった。
癒しの魔法の適性が認められ、平民でありながら特待生として、この王立学院に通うルーメリア嬢。私は彼女と恋に落ちた。
学問や礼儀作法は、まだまだであるが、それゆえに守ってやりたくなる愛らしさが彼女にはあった。
だが、私には婚約者がいる。
家格は、我が伯爵家よりもひとつ下の子爵家の令嬢である。
だが、成績は常に上位。魔力にも優れ、属性は何と三つにまたがるトリリンガル属性の令嬢である。
正直、彼女といると息が詰まる。
たかが子爵家の小娘のくせに、私よりもはるかに優秀な資質を見せ、また愛想も良くない。時折、虫けらでも見るかのような目で、私を遠目に見ている時があり、そろそろ、こちらとしても我慢の限界である。
だが、ここにひとつ、大きな問題がある。
それは「婚約破棄の代償」である。
我が家と子爵家との間で交わされた魔法契約。
そこに記載された賠償は、婚約破棄時点での双方の「時価総額」に対し、すべて金品によって支払われることが明記されている。
我が婚約者フラミーナの魔力覚醒は、学院に入ってからのことであり、その能力は、すでに宮廷の上級魔術師たちにも匹敵する。また勉学にも優れ、様々な学位をすでに取得。歴代でも屈指の才女であると高い評価を得ている。
子爵家の領地・ロートシュタットも、すでにシュタット(町)とは呼べない城塞都市にまで急成長しており、時価による対価は、没落しつつある我が伯爵家には、すでに到底支払えるものではなかった。
◇
「―― いいわよ、別に。婚約破棄に応じてあげても」
彼女は、何の躊躇いもなく、あっさりと、そう言ってのけた。
「いや、だが……だな」
「ああ、私たちの婚約が<時価>による契約だったから、賠償金が支払えないってこと?」
「えっ、いや、まぁ……それもそうなのだが……」
「貴方、ちゃんとあの契約の書面は読んだの?」
「ああ、もちろん……よく分からない部分も多かったが」
「えっ、そんなに難しい記述はなかったでしょ、どこにも……呆れた」
(……この女はいったい何が言いたいんだ?)
「<双方の合意>がある場合、賠償金その他の減額、または破棄も可能とする。―― て文言、ちゃんと読まなかったの?」
「え、あっ……えっ?」
完全に想定外の答えであった。
『獲れる物は可能な限り、奪い獲れ』
―― これが貴族というものの原則である。
少なくとも、私はそう習った。
―― だが、彼女のこのセリフは、いったい何を示唆するのか?
「いいわよ、チャラで。私は貴方との婚約破棄に何も求めません」
これまでに見たことのない、にこやかな表情で、そう告げるフラミーナ。いったい何のつもりなのだ、この女は?
「何なら、こっちから申し込もうかと思ってたくらいなんだよね。ラッキー、ラッキー♪」
「いっ、いったいどういう意味だ……?」
予想外の連続に、私は慌てふためく。
「前から私、リヒャルト殿下からも求婚されててさ」
「へ、……はあ? リヒャルト殿下からだと!?」
―― リヒャルト殿下とは、この国の第二王子リヒャルト・フォン・アルセリアのことなのか?
「賠償金は、殿下が負担してもいいと仰ってくれていたし、今の貴方の家の資産価値って、それほどじゃないでしょ? 貴方自身もお世辞にも優秀とは言えないし、何なら自腹で賠償金を払おうかと―― 」
「おいおい、ちょっとまて! 殿下が払う? いや、その前に自腹って何だ? お前にそんな額が払えるのか?」
「払えるわよ。ここ最近のうちの領地の発展ぶりは、貴方だって知ってるでしょ? あれ、ほとんどが私の考えた施策や発明のおかげなんだからね」
そう言って、自慢げに、ふんぞり返るフラミーナ。
その頼もしい姿に、私は、これまでにはなかった、新たな感情を持ち始めた。
「……やはり、この婚約破棄、なかったことにしないか?」
「はぁ、何で?」
「私は、今、初めて君に恋をしている!」
「へっ、嘘っ、気持ち悪いこと言わないでよ!」
「愛してるよ、フラミーナ」
「ちょっちょっちょっ、演技にしても何よ、その目は!」
「演技などではない!」
「なら、いっそう気持ち悪いわよ!」
◇
けっきょく、私たちは婚約破棄をすることとなった。
彼女は何度も「ちゃんと違約金を支払うから、これ以上付きまとわないで!」と申し出た。しかし、私は断固として、それを拒否し、双方円満な形での解消の運びとなった。
私の心の隙間を縫うように近づいてきた、特待生のルーメリア。
彼女は後に、王子による<美人局>であったことも判明した。だが、そんなことはどうだってよかった。
とにかく私は、フラミーナに夢中となった。
いまは亡き母上を思い出させる、美しく頼もしい、その振る舞いは、私をゾクゾクとさせた。
フラミーナは、いま、私の付きまといを回避するため、見返りとして、我が伯爵領にも様々な施策のアイデアと支援を行ってくれている。
「領地が回復したら、身の丈に合った相手とちゃんと結婚しなさいよ!」
フラミーナの母性ともいえる、その愛情の深さは、私に信仰心のような感情まで植え付けることに成功した。
婚約は、破棄されて当然のものであった。
彼女は、私の女神であり、元々、対等な関係性ではなかったのだから。
―― Fin.
なに、この読後の気持ち悪さ(苦笑)。
冒頭の設定だけで書くスタイルなので、いつもどおり、筆者も想定外のオチ。




