静かなる隠蔽
続きは夜または明日の予定です。
石造りの地下深く。
そこは陽光も、吹き抜ける風も、一切の慈悲も届かぬ場所。
王城最下層
――第四禁忌尋問室。
壁に埋め込まれた魔石が放つ青白い光だけが、不気味に室内を照らしている。
音は厚い岩盤に吸われ、空気は湿り気を含んで重く、外界の喧騒とは完全に切り離された断絶の空間。
ここにあるのは、ただ一つ。
積み上げられた偽りを剥ぎ取り、最後に残る凄惨な「真実」だけだ。
その部屋の中央に、一人の男が拘束されていた。
ノルズガルドの残党。
地下施設から捕縛された、実行部隊の末端構成員。
男の両腕は重厚な鉄の拘束具によって背後で繋がれ、床に膝をついたまま微動だにできない。
男は、自嘲気味に笑っていた。
「……はは。王城の地下ってのは、もっと金ぴかで豪華なもんかと思ってたがな」
場違いな軽口。
だが、それに応じる者はいない。
部屋の奥、暗がりに紛れるようにして立っている男
――アルヴェルト公爵。
その存在だけで、場の空気が底冷えするほどに沈み込む。
男の喉が、わずかに鳴った。
消えかかった笑みを無理に繋ぎ止める。
「……で? 何を聞きたい、公爵様」
沈黙。
「……貴様らの真の目的は何だ」
低く、感情の削ぎ落とされた声。
それは問いではなく、単なる「事象の確認」に近かった。
男は肩を震わせる。
「“取り戻す”だけだ。魔法っていう、あんたら選ばれた連中の特権をな。持たねぇ奴は一生下。そんな世界、歪んでるだろ?」
「……その歪みを正すために、子供を攫ったのか」
「効率がいいからな。集めやすい。数も揃う。選別もしやすい」
男は即答した。
そこに罪悪感など微塵もない。
「まずは計測だ。どれだけの負荷に耐えられるか、適性を見る。……大半のガキはそこで弾かれる。残ったやつだけが、奥の実験棟に回される」
「奥で、何をした」
男は少し考え込み、あっさりと言い切った。
「詳しくは知らねぇ。俺は運搬担当だからな。……ただ、一人だけ、妙なのがいたな。実験棟から“運び出されてきた”ガキだ。あそこに回された時点で終わりなのが普通だが、そいつは違った。“まだ生きてた”んだよ。そいつは『廃棄』じゃなく回収扱いで別に回された。上の連中が『当たりかもしれねぇ』って色めき立ってたのは聞いたな」
ヴィンセントは何も言わない。
だが、その瞳の奥には、冷徹な分析の光が宿っていた。
「……その個体はどこだ」
「さあな。今回の騒ぎで外に出てる可能性はあるがな」
にやりと笑う男。
一拍。
ヴィンセントが、静かに一歩踏み出した。
それだけで尋問室の空気が凍りつく。
「……そうか。理解した」
低い声。
それで終わりだった。
「貴様らに“次”はない」
「……っ! ま、待――」
最後まで言わせる必要はなかった。
指先がわずかに動いた瞬間、男の身体は音もなく、存在そのものを消去されるようにして潰れた。
血の一滴、叫びの一つさえ残らない、完全な消滅。
「……記録は」
「はっ。完了しております」
影から現れた騎士が膝をつく。
「……生還個体、か」
ヴィンセントは小さく呟いた。
それは確信ではない、ただの情報。
「王に報告する」
王城の中心、玉座の間。
重厚な扉が開かれ、公爵の到着が告げられる。
「アルヴェルト公爵、参上いたしました」
深紅の絨毯の先。
玉座に座す国王が、静かに視線を向けた。
「……ご苦労であった。報告は受けているが、直接聞こう。此度の全容を述べよ」
ヴィンセントは膝をつき、簡潔に報告を行った。
誘拐、地下施設、ノルズガルドの関与。
そして、子供たちが「選別段階」に置かれていた事実。
「大半の子供たちは未処置のまま保護されました。ですが、一名……実験棟からの生還が疑われる個体が確認されております」
「生還、だと」
王の目が鋭く光る。
「はい。現在、医療班の管理下に。……陛下」
ヴィンセントは顔を上げ、王と視線を交差させた。
その瞳にあるのは、父としての私情ではなく、名門アルヴェルト当主としての鋼の理知だった。
「此度の件、外部への公表は一切行わぬのが最善かと存じます。誘拐そのものも問題ですが、何より……名門貴族の子供が攫われたという事実は、決して表に出してはなりません」
「……左様。貴公の言う通りだ」
王は重々しく頷いた。
二人の間に、一分の隙もない合意が形成される。
「貴族社会の信頼は、我々が提供する『安全』という秩序の上に成り立つ。また、淑女が賊に攫われ、その身が脅かされたという事実は、将来にわたって彼女たちの名声を傷つけ、ひいては王国の品位を貶める毒となる。……よって本件は、『未然に防がれた不審事案』として処理する」
「御意。救出された子供たちにも相応の配慮を行い、必要であれば医療と同時に、過度な記憶の混濁についても適切に対処いたします。」
ヴィンセントの返答に迷いはなかった。
娘リリアーナの誇りを守るため、そして王国の安定を維持するため。
そのために「無かったこと」にすることこそが、親として、そして臣下としての最大の誠実であると確信していたからだ。
「……アルヴェルト公爵。貴公の娘も例外ではない。彼女が経験した恐怖は、歴史から消し去らねばならぬ」
「は。そのように」
一瞬の沈黙。
王の声が、わずかに低くなった。
「……ただし、その『生還個体』については別だ。ノルズガルドが何を見出し、何を残したのか。経過を厳重に観察せよ。報告は私に直接上げろ」
「御意」
王は静かに目を閉じた。
「……今宵はここまでとする」
扉が閉まり、ヴィンセントは夜の回廊を歩き出す。
公式には「何も起きなかった」夜。
だが、地下の奥底で目撃したあの異質な光景と、逃げ延びた幹部の執念。
表舞台から消し去られた物語の裏側で、「生還した少年」を巡る新たな問題が、静かに、そして確実に熱を帯び始めていた。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
もし「続きが気になるな〜」と思っていただけたら、ぜひ応援(ブックマークや評価)をお願いします!
執筆の励みになります……!
まだまだ慣れないので、誤字脱字などあれば「ここ違うよー!」とコメントで教えていただけると助かります!
よろしくお願いします!




