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過労死した社畜は公爵令嬢に転生しました 〜努力が報われる世界なので今度は幸せになります〜  作者: みじんこ醤油


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不完全な終止符

今回も読んでくださり、ありがとうございます!

そして評価やリアクション、ブックマークなどもいただき誠にありがとうございます!


続きは明日の予定です。


ズゥゥゥゥン……ッ!!


白衣の男の手が、止まった。


ほんの寸前まで、確実に私へと届くはずだった銀色のメスの刃が、見えない鎖で縫い止められたかのように空中で静止している。


男の細い指先が、小刻みに震え始めた。


「……っ」


男の喉が、引きつった音を漏らす。


その視線の先――粉砕され、瓦礫の雨を降らせる天井の最奥。

逆巻く土煙を割って響いたのは、慈悲を削ぎ落とした「死神」の宣告だった。


「……私のリリアーナに、その汚い手で触れようとしたか?」


低く、地響きのように重い声。


その一言が空間に溶け出した瞬間、肺が押し潰されるような魔圧が部屋を満たした。煤煙の向こうから、絶望を具現化したような“何か”が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるのが見える。


一歩。


そのたった一歩で、施設の床に刻まれた不気味な魔法陣が悲鳴を上げて砕け散った。


呼吸ができない。


ただそこに存在しているだけで、周囲の酸素をすべて焼き尽くし、因果さえも書き換えてしまうような圧倒的な“個”の暴力。


「……な……なんだ……それは……。何だというのだ、貴様は……!」


白衣の男が、無様に後退った。


先ほどまでの冷徹な余裕も、狂気じみた陶酔も、その顔から跡形もなく消え失せている。

足がもつれ、床に手をつき、まるで後ずさるようにして距離を取ろうとする。


あの男が明確に“恐怖”を滲ませ、震えている。


「……来るな……来るなッ!」


掠れた悲鳴。


だが、その願いが聞き入れられることはない。


カーテンのように立ち込めていた土煙が、左右に割れた。


そこに立っていたのは、漆黒の外套を沈黙の如く翻す男。


「……お父、様……」


声が震え、力が抜ける。

今まで無理やり立たせていた意地が、安堵という名の濁流に呑み込まれていく。


崩れ落ちかけた私の身体を、鋼のような強さと真綿のような優しさを秘めた腕が、強く抱きとめた。


「……遅くなった。すまない」


短い言葉。

それだけで、もう大丈夫なのだと魂が理解してしまった。

視界が急速に歪み、熱い涙が頬を伝う。


「……怖かったな。もう、案ずることはない」


私を安心させるように背中を叩く大きな掌。

その温もりに包まれた瞬間、ヴィンセントの背後で空気が一変した。


私たちを縛っていた機械仕掛けの重圧が、公爵の放つ魔力によって跡形もなく霧散したのだ。


ヴィンセントは私を左腕に抱いたまま、ゆっくりと冷徹な視線を男へと上げた。


「……貴様……アルヴェルト、公爵……か……」


床に這いつくばったまま、白衣の男が震えながら問いかける。


だが、ヴィンセントは答えない。

答える価値さえ認めていない。


ドンッ!!


物理的な衝突音が響き、空間が爆ぜた。


見えない巨大な質量に叩きつけられたかのように、男の身体が石床へと沈み込む。

床面がクモの巣状に陥没し、男の骨が軋む音が遅れて響いた。


「ぐ、ぁ……ッ! あ……あがっ……」


呼吸ができない。

声すら出せない。


公爵の視線、その一点に込められた意志だけで、男は存在そのものを否定され、圧殺されようとしていた。


「……黙れ。塵が言葉を紡ぐな」


「……っ、は……はは……」


それでも男は、自らの吐血に溺れながら笑った。


折れた指を震わせ、その狂気に染まった視線が、執拗に公爵の腕の中にいる私へ向く。


「……なるほど…やはり君か…この……歩く災厄のような男の娘だというのなら、その異常な魔力回路にも納得がいくというものだ。人工では決して届かぬ、神の領域の産物……!」


ぞくり、とした。

男の目は、私を人間としてではなく、ただ一つの物として見つめている。


「君さえいれば……我らノルズガルドは、魔法を持たぬ惨めな歴史から解き放たれる。君という『核』さえ手に入れば……!」


しかし、男の言葉が最後まで紡がれることはなかった。


公爵の周囲の空気が爆ぜ、見えない力が男を壁へと叩きつけた。

装置が砕け散り、男の体は瓦礫に埋まる。


「……二度と、その汚い口で娘を語るな。二度と、その視界に娘を入れるな」


地獄の底から響くような、ヴィンセントの声。

それが、この場での幕引きだった。


男は瓦礫の中から震える手で懐へと伸びし、小さな結晶を取り出した。


「……く、くく……あははは! 次は必ず……“その娘だけ”でも我が祖国へ――」


結晶が砕けると同時に、強烈な閃光が走る。


緊急転移の術式。


男の姿が掻き消えた直後、天井の穴から、そして背後の扉から、騎士たちが雪崩れ込んできた。


「レオン! アリシア!」


その最前線。

公爵に負けぬ威圧感を放ちながら飛び込んできたのは、フォード侯爵だった。


彼は残党など眼中にないという様子で、傷だらけで身を寄せ合っていたレオンとアリシアの元へ、地響きを立てて駆け寄った。


「父上……っ!」


「お、お父様…っ!!」


「……馬鹿者が。勝手にいなくなるなと言っただろう」


侯爵は、膝を突き、震える二人をその巨大な剛腕でまとめて抱きしめた。

普段の厳格な騎士としての顔はどこへやら、その太い腕は、我が子の無事を確認した安堵で微かに震えているように見えた。


騎士たちが次々と他の子供たちを保護していく。


レオンが侯爵の腕の中から、顔を上げてこちらを呼んだ。


「リリ!」


その後ろでアリシアも泣きじゃくりながら頷いている。

二人の姿を見た瞬間、私はもう一つの大切な存在に気づいた。

 

エルは――。


壁に手をつき、かろうじて立っていた。

だが、その顔色は死人のように青白く、呼吸は浅い。


「……無事、か……リリ……」


掠れた声。私の無事を確認した直後、彼の膝が折れた。


「エル!」


近くにいた騎士が間一髪でその身体を支える。

だが、エルはすでに限界を超えていた。

そのまま深い泥に沈むように、意識を手放していく。


私は、その光景を見て――ぎゅっと、ヴィンセントの外套を強く掴んだ。


「……お父様、みんな……みんなも、助けて……」


震える声で訴える私に、ヴィンセントはわずかに視線を落とした。

その紅く燃えていた瞳に、一瞬だけ親としての柔らかな色が戻る。


「……案ずるな。全員、生かして帰す」


迷いなく言い切った。


その言葉で、ようやく理解した。

すべてが、終わったのだと。


「退路を確保せよ。この施設は、この世から消去する。……掃除だ」


ヴィンセントの命令が飛ぶ。


騎士たちが即座に子供たちを連れて移動を開始し、地下施設は激しい衝撃と共に崩壊を始めた。


読んでいただき、本当にありがとうございます!

もし「続きが気になるな〜」と思っていただけたら、ぜひ応援(ブックマークや評価)をお願いします!

執筆の励みになります……!


まだまだ慣れないので、誤字脱字などあれば「ここ違うよー!」とコメントで教えていただけると助かります!

よろしくお願いします!

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