父親たちの共鳴する憤怒
もう少しで誘拐編終わります。
かなり長くなりテンポが落ちてしまって申し訳ないです。
続きは夜か明日の予定です。
子供たちが脱出作戦を練っている頃。
夜の王都北区画。
ここはかつて職人街として栄え、今は入り組んだ廃屋と湿った路地が迷宮のように広がる、王都の「澱」が溜まる場所だ。
アルヴェルト公爵、ヴィンセント・フォン・アルヴェルトは、その澱みの中で、漆黒の外套を夜風に翻しながら歩いていた。
彼の背後には、精鋭揃いの公爵家直属騎士たちが、まるで行軍するかのような一糸乱れぬ足取りで続いている。
だが、その一歩一歩が石畳を軋ませるほどに重いのは、公爵が放つ殺気が、もはや制御不能なレベルにまで膨れ上がっているからに他ならない。
「……報告を」
ヴィンセントの低い声が、冷たい風に乗って傍らの公爵家騎士に届く。
「はっ。……北区画、第一から第四旋回エリアまで、魔導師団による『広域空間探知』を三度にわたり実施いたしました。しかし……」
騎士は言葉を濁し、悔しげに顔を歪めた。
「依然として、反応は皆無。ネズミ一匹、アリ一匹の動体反応すら得られません。まるで、この区画の地下そのものが虚無に塗り潰されているかのような……そんな異常なまでの『静寂』です」
ヴィンセントは足を止め、視線を地下へと向けた。
彼の「氷の死神」と恐れられた直感は、すぐ足元から立ち上る不吉な気配を捉えている。
だが、彼が持つ圧倒的な魔力をもってしても、その正体までは掴めない。
魔力を放てば放つほど、それは暗い海に石を投じるように、何の反響もなく吸い込まれて消えていくのだ。
「……ありえん。転移の残滓を消すなど、一朝一夕の技術ではない。ましてや、これほど広大な範囲を隠蔽し続けるなど、一国の宮廷魔導師団が総出でかかっても不可能なはずだ。……ならば、なぜ見つからない」
焦燥が、冷徹な仮面を内側から焼き切ろうとしていた。
愛娘リリアーナが攫われたという事実は、公爵家としての弱みを見せぬよう、伏せさせている。
表向きは「不届きな賊の掃討」という名目だが、その実、ヴィンセントの心臓は狂おしいほどの不安に鷲掴みにされていた。
その時だ。
迷宮のような路地の角から、重厚な鎧の擦れる音と共に、一団の影が飛び出してきた。
反射的に抜剣しようとした公爵家の騎士たちが、その紋章を見て動きを止める。
「……フォード侯爵家か」
現れたのは、熊のように逞しい体躯を持ち、燃えるような髭を激しく揺らした猛将、ベリング・フォン・フォード侯爵だった。
彼は自ら大剣を握りしめ、苛立った様子で周囲の石壁を睨みつけていたが、ヴィンセントの姿を認めると、すぐさまその歩みを止めた。
「アルヴェルト公爵閣下……。失礼いたしました、閣下自らお出ましとは存じ上げず」
侯爵は一つ、短く息を吐き、公爵の放つあまりの冷気にわずかに身を強張らせながらも言葉を継いだ。
「……実は、我が領地の治安を脅かす賊の拠点が、この北区画の地下にあるとの確かな報せを得ましてな。根絶やしにすべく手勢を引き連れて参ったのですが……。おかしな話です。ここに奴らがいるのは確実だというのに、我が家の探知魔導師どもは、揃いも揃って『何もない』と言いおるのです」
侯爵は、悔しげに路地の地面を睨みつけた。
「この鼻には奴らの腐ったような臭いがこびりついて離れんというのに。魔法で分からぬなら、力技でこじ開けてでも見つけ出す覚悟でおりますが……どうしても場所が特定できませぬ」
二人の巨人が、月明かりの下で対峙する。
ヴィンセントは、侯爵の様子を冷徹に観察した。
この男、武門の長としての誇りまでもを焦燥に焼かれ、必死に感情を押し殺している。
そして、自分もまた、心の中では同じ叫びを上げていることを、ヴィンセントは認めざるを得なかった。
「……賊の掃討か。フォード侯爵、貴公も不埒な鼠を追ってきたというわけか。……この私を、これほどまで手こずらせた代償は高くつくぞ」
ヴィンセントの言葉に、侯爵は瞬時に悟った。
この閣下もまた、私と同じだと。
自らの「血」が、何者かに奪われた。
だがそれを表に出すわけにはいかず、別の「賊の掃討」という大義名分を盾にして狂奔している。
ヴィンセントの脳裏で、バラバラだったパズルが不気味な音を立てて組み合わさっていく。
(……魔法で探しても、見つからない。空間の歪みさえ、検知できない。そんなことが、果たして可能なのか?)
ヴィンセントは、路地の壁を指先でなぞった。
「……フォード侯爵、手を止めろ。貴公、先ほど『魔法で分からぬ』と言ったな。それは、奴らの隠蔽が『あまりにも完璧だ』という意味か? それとも……」
ヴィンセントは、壁に染み付いた古びた苔を見つめた。
「……我々は、『魔法』で奴らを探している。魔法使いの常識として、魔力の揺らぎや空間の歪みを追い続けている。……だが、もし相手が、そもそも『魔法』を使っていないとしたら?」
侯爵が、大剣を握ったまま動きを止めた。格上の公爵が示す鋭い考察に、思わず身を乗り出す。
「……魔法を、使っていない……? しかし閣下、転移魔法の痕跡があったはずでは」
「転移は『入り口』に過ぎない。問題はその先、奴らの拠点の隠し方だ。ノルズガルド……あの北の国は、極寒の地であり、魔力の恩恵が極めて薄い。連中は、魔法に頼らぬ技術を研鑽してきたと聞く。……例えば、魔力を一切通さず、完全に遮断する特殊な鉱石。それを建材として使い、物理的に地下深くへ埋めたとしたら?」
「……魔力の遮断。なるほど、それでは探知魔導師たちが『何もない』と答えるのは道理です」
侯爵は納得したように声を低めた。
「そうだ。魔法使いにとっての『何もない』は、魔力の反応がないことを意味する。だが、物理的にそこに『壁』がある可能性を、我々は見落としていた。……侯爵、貴公のその『本能』は、魔法ではなく長年の戦場での勘だな?」
「……左様でございます、閣下。おっしゃる通り、そこに『悪意』があることだけは確信しております。……ならば、どうすれば……」
侯爵は、自尊心を抑え、公爵へ教えを請うように問いかけた。
「……物理的な重圧で炙り出す。フォード侯爵、貴殿に協力を命じる。……賊を討つための提案だ」
ヴィンセントは、自身の全魔力を右手に集約させた。
白銀の火花が散り、周囲の気温が急激に下がる。
「賊は、この地下にいる。だが魔法では見えない。ならば、物理的な重圧で炙り出すしかない。……貴殿の騎士団に伝わる、生命力を振動として伝播させる『闘気共鳴』の術式を触媒に使わせろ。私の膨大な魔力を、繊細な探知ではなく、この区画の地底全域を押し潰す『物理的な衝撃』として叩きつける」
侯爵は、公爵の提案するその「力技」の凄まじさに目を見開いた。
「……魔力を物理的な重りに変えて、地下を叩き壊すというのですか。……承知いたしました、閣下。閣下の魔力があれば、それも可能でしょう。……全騎士、公爵閣下を囲め! 陣を組め! 貴様らの闘気を公爵閣下へ流し込み、この大地を巨大な太鼓の皮に変えろ! 邪魔な岩盤ごと、奴らの潜伏先を暴き出すのだ!」
夜の王都に、巨大な魔法陣が展開された。
中央に立つヴィンセントを核として、周囲の騎士たちが魔力と闘気を供給する。
ヴィンセントの身体から、白銀の雷光が激しく放電し、あまりの圧力に周囲の廃屋が軋み、窓ガラスが一斉に砕け散った。
「…………底だ」
ヴィンセントが、カッと目を見開く。
地底深くに叩きつけた彼の魔力が、唯一、不自然に反発し、衝撃を吸収しきれない箇所。
北区画の廃工場の地下数百メートル。
魔力を持たぬ国ノルズガルドが、物理的な遮断材を用いて作り上げた、不気味な空白地帯。
「見つけたぞ。……不埒な賊どもの、死に場所を」
二人が同時に大地を蹴った。
王都を震わせる轟音と共に、白銀の閃光と紅蓮の闘気が、地底の深淵へと向かって一直線に突き進んでいった。
その凄まじい衝撃は、ノルズガルドの技術の粋を集めた物理遮断壁すら紙細工のように引き裂いていく。
「……私のリリアーナに、その汚い手で触れようとしたか?」
崩落する天井の最奥、逆巻く土煙を割って響いたのは、慈悲を削ぎ落とした「死神」の宣告。
絶望に染まっていた実験施設は、瞬く間に、子供を奪われた父親たちの無慈悲な処刑場へと塗り替えられた。
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