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過労死した社畜は公爵令嬢に転生しました 〜努力が報われる世界なので今度は幸せになります〜  作者: みじんこ醤油


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奈落を穿つ一撃

長くなってしまいましたが最後まで読んでいただけると幸いです。


続きは明日の予定です。


宙を裂いて、銀色の鍵束が弧を描いた。


それは、私たちがこの絶望の底から這い上がるための、たった一つの、そして最後の手がかりだった。


湿った地下の冷気にさらされ、金属同士が擦れ合う微かな音が、私の耳には運命の歯車が回りだす音のように厳かに響く。


エルの細い指先が、吸い寄せられるようにその金属の塊を空中でひっかけた。

掌に収まる、重く冷たい感触。


彼はそのまま着地する勢いを利用し、流れるような動作で自らの牢の鍵穴へとそれを差し込んだ。

指先はわずかに震えているはずなのに、その動きには一切の迷いがない。


ガチャン!


重厚な、けれど今は天上の音楽よりも甘美な解錠の音が、地下の死した静寂を打ち破った。


「ふざけるな、ガキがぁッ!」


不意を突かれ、レオンの体当たりを受けてたたらを踏んでいた見張りの男が咆哮した。


男は顔を真っ赤に染め、血管を浮き上がらせて即座に体勢を立て直す。

逃げ出そうとするエルの後頭部を、その熊のような巨大な手で鷲掴みにしようと、荒々しく腕を伸ばした。


「させるかッ!」


その太い腕に、弾丸のような勢いで再び飛びついたのはレオンだった。


彼は男の腕に文字通り獣のように噛みつき、小さな全体重をかけてその動きを阻害する。

さらに、鉄格子がわずかに開いた隙を逃さず、レオンと同じ牢に閉じ込められていた他の子供たちが、恐怖を爆発的な怒りに変えて這い出してきた。


彼らは一丸となって、見張りの男の両足にしがみつき、泥臭い抵抗を試みる。


「どけ! 離せ、このクソガキどもが! 殺されたいのかッ!」


男が吠え、暴れる。


鍛え抜かれた大人の力なら、五歳や六歳の子供など振り払うのは容易い。

だが、死を目前にした子供たちの「必死さ」は、野生の獣さえ凌駕する凄みを持っていた。

指が折れようとも、踏みつけられようとも、彼らは決してその手を離さない。


そのわずか数秒の遅滞。


この奈落において、それは永遠にも等しい、生死を分かつ価値を持つ時間だった。


エルが、私の牢の前に辿り着く。

彼の顔は蒼白で、額には脂汗が浮かんでいるが、その瞳だけは昏く、鋭く燃えていた。


「リリ、下がって!」


鋭い叫びと共に、鍵が鍵穴の奥まで差し込まれる。


ガチャン、と重々しく鉄格子が口を開けた。


私は外へ飛び出すと同時に、エルの手から鍵束を奪い取るようにして受け取った。

エルの指先は氷のように冷たかったが、その中には確かな熱が宿っていた。


「私が他を開けるわ! エルはレオンやみんなを助けて!」


「……分かった!」


エルは短く応じ、レオンや子供たちを振り払おうと腕を振り回している男へと背後から飛びかかった。


私はその隙に、隣接する牢へと次々に駆け寄った。


魔力は封じられている。

指先から魔力を流して術式を物理的に破壊するような芸当は、今の私にはできない。

けれど、私には前世で培った、極限状態での「優先順位の判断」と「情報の処理能力」があった。


数十個もある鍵の中で、どの鍵がどの牢のものか。

鍵束の形状、色の剥げ方、そして鍵穴の磨耗具合から瞬時に推測し、震える手で鍵穴に突き立てる。


「みんな、出て! 走るのよ! 立ち止まっちゃダメ!」


ガチャン、ガチャンと、希望を繋ぐ解錠の音が連鎖していく。


解放された子供たちが、堰を切ったように廊下へ溢れ出した。恐怖に泣きじゃくっていた瞳に、一筋の苛烈な「生存への意志」が宿る。

彼らは震える足で、それでも前を向いて走り始めた。


「おい、何事だ!」


「クソッ、ガキどもが暴動を……! 増援を呼べ! 多少は殺しても構わん、一人も逃がすな!」


廊下の奥から、騒ぎを聞きつけたさらに数人の黒外套の男たちが現れた。


抜き放たれた剣が、不気味な青白い光を反射して鳴る。


もはや彼らは、私たちを「素材」として扱う余裕を失っていた。

彼らの瞳にあるのは、自分たちの不手際を隠蔽するための、冷酷な殺意だけだ。


「……逃げるわよ! 奥は行き止まりだわ。入り口の方へ、光が見える方へ走って!」


私はアリシアとレオン、そしてレオンはエルの手を強く引いた。


五歳の小さな体。


肺は焼けるように熱く、足の筋肉は悲鳴を上げ、視界は激しい運動による酸欠で明滅している。

けれど、心臓の鼓動は「生きろ」と、ドラムのように脳内に響き続けていた。


混乱の極致にある地下廊下を、私たちは泥を這うような思いで駆け抜けた。


背後ではまだ、見張りの男たちが子供たちに押し倒され、罵声を上げている。


そして、私たちが辿り着いたのは、希望に満ちた出口ではなかった。


迷路のように入り組んだ地下道を、喉の奥から鉄の味がするほどの思いで走り抜ける。

曲がり角を抜けるたびに、冷たい壁が私たちの行く手を阻もうとする。


背後からは男たちの怒号と、石畳を容赦なく削るような重い靴音が止まない。


距離は確実に縮まっている。

五歳の足では、どれほど必死に走っても大人の歩幅には敵わないのだ。


そして、角を曲がり、重厚な鉄の扉を全力の体当たりで押し開けたその時。


私たちの目の前に広がったのは、それまでの湿った牢獄とは異質の、無機質で冷徹な「白」の世界だった。


(……ここ、は?)


一歩足を踏み入れた瞬間、鼻腔を焼くような強烈な薬品の臭いが脳を痺れさせた。


壁一面には整然と棚が並び、そこには不気味な硝子容器が所狭しと置かれている。

中には未知の魔獣の臓器や、正体不明の部位が不気味な保存液の中で脈打つように揺れていた。

複雑に張り巡らされた半透明の魔導管の中を、赤黒い液体が生き物のように脈動しながら流れている。


だが、それ以上に私たちの心を凍らせたのは、部屋の隅に打ち捨てられた「子供の痕跡」だった。


泥に汚れた、小さな小さな片方だけの靴。

持ち主を失い、無惨に綿が飛び出したぬいぐるみ。

そして血だまりの中に転がる、子供たちの名札。

そこには、可愛らしい刺繍や、親が書いたであろう歪な文字が残されていた。


検体台の脇には、先ほど連れて行かれた子のものだろうか。

まだ温かみの残る小さなリボンが、引きちぎられた状態で落ちていた。


そこは、子供たちをただの「素材」として解体し、禁忌の魔導――「魔力回路の移植」や「人工魔力核の定着」といった悪魔の所業を練り上げるための、無慈悲な心臓部。


私たちの仲間が「消されていった」場所だった。


「おやおや。ネズミたちが檻を抜け出したと聞いて見に来てみれば……随分と活きのいい個体と当たり個体が揃っているじゃないか」


冷ややかだが、心底楽しげな声が、高い天井に反響して降り注いだ。


部屋の中央、一段高い検体台の横に、一人の男が立っていた。

清潔そうな白衣を纏い、銀縁眼鏡の奥で爬虫類のような瞳を細めるその男。


この施設の幹部であろう存在は、逃げ惑う子供たちを「人間」として見ていない。

ただの、優れた実験データ、あるいは使い捨ての部品としてしか認識していなかった。


「……ほう。特にそこの銀髪の君、素晴らしいね。初対面だが、君が放つその存在感……その若さでこれほど密度が高く、精密な魔力回路を持っているとは。ああ、実にいい。実に美しい」


男は私の姿を認めると、狂気に満ちた恍惚の表情を浮かべた。

その視線は、私の肌を舐めるように動く。


「君たちは理解できないだろうがね、これは聖業なのだよ。我らが祖国、ノルズガルド。魔力を持たず、寒冷な不毛の地で死を待つしかない民に魔法という火を与えるためには、君たちのような魔法適性の高い身体を持つ南の個体が必要なのだ。移植、定着、循環……。君たちの回路を剥ぎ取り、魔力のない者に繋ぐ。そのための研究に、最高級の素材が自分から飛び込んでくるとは、神に感謝せねばならないな」


男が、手元のコンソールに設置されたレバーを引き、スイッチを叩く。

すると、部屋の床一面に敷設されていた魔導配線が唸りを上げ、不気味な赤黒い燐光を放った。


「……っ、体が動かない!」


レオンが歯を食いしばり、必死に足を動かそうとするが、床から発生した磁場と重力魔法の疑似術式に縛られたように一歩も動けない。


ノルズガルドの民は自ら魔法を紡げない。

ゆえに彼らは、奪い取った魔力を動力源とした巨大な「魔導装置」によって、無理やり魔法を現象として再現させているのだ。


幹部の男が放つ圧倒的な「機械仕掛けの魔圧」が、重力そのものを変えたかのように私たちの幼い体を押し潰す。


封魔の腕輪のせいで、対抗するための魔力を練ることさえ叶わない。


「怖がることはないよ。素晴らしい検体なら、ノルズガルドに魔法をもたらす礎として、永遠に記録に残るだろう。さあ、まずはその美しい回路を傷つけぬよう、慎重に剥離させてもらおうか」


男が、術式による拘束強度を上げ、銀色に光るメスを手にし、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

アリシアが私の後ろで声を殺して震え、レオンが自分を呪うように拳を握りしめている。


死の影が、すぐそこまで迫っていた。


だが、その絶望的な静寂を切り裂くように、地下施設全体を根底から揺るがすほどの重低音が、大気を震わせて響き渡った。

 

ズゥゥゥゥン……ッ!!

 

それは、地震などではない。

この地下施設を守るために幾重にも張り巡らされた強固な障壁と、数十メートルの岩盤ごと、何かが「一撃」で粉砕された音だった。


「……何だと!?」


白衣の男が、初めてその爬虫類のような瞳に狼狽を浮かべた。


ひび割れた天井から大量の粉塵が舞い落ち、不気味な魔導管が破裂して赤黒い液体が噴出する。


「……騎士団か? いや、ありえん、この場所を特定できるはずが……。それに、この魔力の『重さ』は、正規軍のそれではない。この、天を焦がすような傲慢なまでの威圧感は……まさか」


男が、地上へと続く巨大な換気シャフトを見上げた。


その遥か上方。


夜空を切り裂くような白銀の閃光と、全てをなぎ倒すような紅蓮の炎が、凄まじい勢いでこの深淵へと向かって突き進んでいた。



決して怒らせてはならない「親」の魔力が、奈落そのものを打ち砕こうとしていたのだ。



読んでいただき、本当にありがとうございます!

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執筆の励みになります……!


まだまだ慣れないので、誤字脱字などあれば「ここ違うよー!」とコメントで教えていただけると助かります!

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