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過労死した社畜は公爵令嬢に転生しました 〜努力が報われる世界なので今度は幸せになります〜  作者: みじんこ醤油


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三打の合図、反逆の幕開け

今回もブックマークや評価、リアクションなどをいただき誠にありがとうございます!


続きは明日の予定ですが、夜あげれたらいいなとは思っています。


その頃。

陽の光を忘れた地下の深淵で、その事実を知る由もない子供たちは、ただ自らの命を懸けた、あまりにも孤独で無謀な賭けに出ようとしていた。


湿った重たい空気。

肌を刺すような、冷たい石の床。


ポタリ。


ポタリ。


天井のひび割れから染み出す水滴が、不規則に石の床を打つ音だけが、墓場のような静寂の中に響き渡っている。


私は、細い指先を鉄格子に這わせながら、暗い廊下の先をじっと見つめていた。


つい先ほど、子供が一人連れていかれた。

死を予感させる絶叫を上げ、引きずられるようにして、闇の奥へ。


そして、この地下牢において「奥」へ連れていかれた者が戻ってきた例は、一度としてない。


向かいの牢では、双子の兄妹――レオンとアリシアが、押し黙ったまま石壁に背を預けていた。

そして隣の牢では、少し年上に見える少年が、背後の冷たい壁に身をもたせていた。


エル。

彼はしばらくの間、何も言わずにこちらを見ていたが、やがて重い口を開いた。


「……さっきの質問の続きだ」


その低い声に、私は視線を向ける。


「覚えてるだろ」


彼の瞳は、暗闇の中で不思議なほど凪いでいた。そして、静かに、けれど断罪のように言葉を紡いだ。


「逃げたい?」


あの時、最初に出会った時と同じ問い。


ただし、今度は軽い確認ではない。

私たちの命の価値が、急激に削り取られ始めている現状を踏まえた、剥き出しの意志の確認だった。


私は少しだけ、肺の中の冷たい空気を吐き出した。


「あの時は、答える前に邪魔が入ったものね」


エルが、わずかに肩をすくめて見せる。


「そうだな」


彼は、品定めをするように私を見ていた。


おそらく、私が最初にこの場所へ連れてこられた時から、彼は私を観察していたのだろう。


誘拐され、奈落へ突き落とされ、泣き崩れる子供たち。

恐怖に身を竦め、小さく震えている背中。

そんな絶望に塗りつぶされた空間で、私だけは泣いていなかった。


それどころか、私は状況を把握しようと周囲を冷静に観察していた。


設置された牢の数。

巡回する看守の歩数と動き。

通路の奥に潜む気配。


それを、エルは見逃さなかった。


(この子は、状況を分かっている)


彼はそう判断したのだ。

そして、最初に聞いた。


「逃げたい?」


それはただの問いかけではなく、運命に抗うための「協力者」になれる人間かどうかの、冷徹な選別だったのだ。


私は、彼の視線を真っ向から受け止め、はっきりと答えた。


「ええ」


瞳の奥に、消えることのない反撃の火を灯して。


「逃げたいわ。このまま大人しく、『素材』として消費されるのを待つ気なんてないもの」


私の返答を聞き、隣の牢のレオンが低く、押し殺した声で問いかけてきた。


「……でも、どうやって? 鉄格子や壁は僕たちじゃ破壊が出来ないこの状況で、どう動くつもりだ」


私は少しの間、思考を巡らせた。

王宮の優雅な生活では必要のなかった、生き残るための冷徹な算段。


「見張りを呼ぶの」


アリシアが、驚きに目を見開く。


「え……? 呼ぶって……。あんな怖い人たちを、わざわざ?」


「ええ。騒ぎを起こすのよ」


エルが、私の意図を汲み取るように目を細めた。


「……なるほど。わざと見張りを怒らせて、こちらのペースに引きずり込む」


レオンが、納得したように言葉を継ぐ。


「騒ぎを沈めるために、奴らに牢を開けさせる気か」


私は深く頷いた。


「そう。でも、私たちだけじゃ足りない。見張りの意識を完璧に逸らし、隙を作るには、圧倒的な『混乱』が必要よ」


私は地下の奥、さらに深い闇の中に広がるいくつもの牢を見据えた。


そこには、絶望に打ちひしがれ、物音一つ立てるのを恐れて震えている、多くの子供たちの影がある。


「みんなにも協力してもらうわ」


エルが鉄格子へと歩み寄った。


彼はそのまま、廊下全体に届くような、けれど決して叫ばない、芯の通った低い声で呼びかけた。


「聞こえるか、お前たち」


地下のよどんだ空気の中に、彼の声が染み渡る。


いくつかの牢で、うずくまっていた影が微かに動いた。

常に背後を支配していた、幽霊の羽音のようなすすり泣きが、ぴたりと止まる。


エルは言った。


「ここから逃げる方法がある」


子供たちが一斉に息を呑む気配が伝わってきた。


それは、この奈落に堕ちて以来、誰もが夢に見ることさえ禁じていた、禁断の希望という名の毒だ。


「だが、お前たちの協力が必要だ」


私は、エルの言葉を引き継ぐように声を重ねた。


「みんなは騒ぐだけでいい。声を限りに叫んで、鉄格子を叩いて、見張りの注意を一点に引きつけて」


小さな、震える声が闇の奥から返ってきた。


「でも……怖いよぉ……。見つかったら、もっと酷いことをされるよ……っ」


私は、その怯えを否定せず、静かに言った。


「怖いわよね。私も、足が震えているわ」


少しの間を置き、私はさらに声を低くして続けた。


「でも。このままでいれば、いつかは自分たちが『あの奥』へ連れていかれる順番が来るわ。泣いていても、隠れていても……さっきの子が、どんな声を上げていたか、みんな忘れたわけじゃないでしょう?」


地下全体が、凄絶な静止に包まれた。


誰も反論しない。

いや、できないのだ。

さっき見たばかりの、あの引きずられていった子供の断末魔のような叫びを、全員が忘れていないからだ。


やがて、小さな、震える声が上がった。

アリシアだ。


「……わ、私…やる! 頑張るわ……!」


奥の牢からも、次々と声が上がった。


「……やる。あいつらに連れていかれるくらいなら……」


「ぼくも……やるよ」


かつては無力な子供たちだった彼らが、今、この瞬間に一つの『意思』になろうとしていた。


エルが言った。


「合図は三回。それまでは、死んだように息を潜めていろ」


私は、手元にあった小さな石の欠片を拾い上げ、鉄格子を軽く叩いた。


――カン。


「これを三回、連続で鳴らすわ。それが、私たちの反撃の開始合図よ」


私は、深く、肺の奥まで冷気を吸い込んだ。


そして。


――カン!

――カン!!

――カン!!!


三度目の音が響き、静寂が完成した。


次の瞬間。

レオンが、自身の肉体すべてを叩きつけるように鉄格子を打った。


ガンッ!!


「出せ! ここから出せよ!」


呼応するようにエルも叫び、鉄格子を乱暴に叩く。


カン!

カン!


アリシアが、喉を千切れんばかりの悲鳴を上げた。


「いやだあああ! 助けて! 誰か、助けてよ!」


地下に、爆発的な騒音が響き渡る。

それまで死んでいた空間が、怒りと恐怖の叫びで一気に沸点に達した。


やがて廊下の奥から、苛立ちを隠しきれない足音が近づいてきた。


コツ。

コツ。


黒い外套を纏った二人の男が現れる。


一人が、信じられないものを見るような目で鉄格子の向こうの子供たちを睨みつけた。


「なんだ、この騒ぎは……死にてぇのか、クソガキどもが」


レオンがさらに激しく、血が滲むほどに鉄格子を叩き続ける。


ガン!!


男が、苛立ちの頂点に達した様子で舌打ちした。


「チッ……反抗期かよ。躾が必要なようだな」


もう一人の、背後に控えていた男が無機質に告げる。


「騒ぎすぎだ。見せしめに、そこから一人連れていけ」


最初の男が、ジャラリと腰の鍵束を取り出した。


「そんなに元気なら、望み通りにしてやる。今すぐ『奥』へ連れてってやるよ」


冷たい、死神のような声。


カチャリ。


鍵が、重々しく差し込まれる。


ガチャン。


鉄格子が、大きく開かれた。

男が、獲物を捕らえるために中へと足を踏み入れる。


その瞬間。

五歳の体からは想像もつかない瞬発力で、レオンが動いた。


ドンッ!!


小柄な体格を活かした、全力の体当たり。


無防備だった男の巨体が、予想外の衝撃に大きく揺らいだ。


「ぐっ……!? お、お前、このガキ……!」


衝撃で、男の腰からぶら下がっていた鍵束が、固定具から外れて宙を舞った。


カシャン。


金属質な軽い音を立て、地面に落ちるよりも早く。


それを――


エルの細い手が、空中で鮮やかに掴み取った。


奈落の底で、子供たちの叛逆が、ついにその幕を開けた。

読んでいただき、本当にありがとうございます!

もし「続きが気になるな〜」と思っていただけたら、ぜひ応援(ブックマークや評価)をお願いします!

執筆の励みになります……!


まだまだ慣れないので、誤字脱字などあれば「ここ違うよー!」とコメントで教えていただけると助かります!

よろしくお願いします!

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