無機質な出荷
続きは夕方もしくは明日の予定です。
私が言葉を紡ごうとした時だった。
ガチャン。
重厚な、そして無慈悲な金属音が、湿り気を帯びた地下の静寂を暴力的に引き裂いた。
鉄と鉄が噛み合い、石壁に反響するその音は、この場に囚われた者たちにとって、死神の足音にも等しい意味を持っている。
四人の視線が、弾かれたように一点へと注がれた。
鉄格子の向こう側、松明の火影が揺れる薄暗い廊下に、二つの影が音もなく現れた。
黒い外套を深く羽織った男たちだ。
その顔の半分は分厚い布で覆われており、彼らがどのような表情でこの場に立っているのかは窺い知ることもできない。
だが、その一挙手一投足には、迷いというものが欠片も存在しなかった。
恐怖に歪む子供たちの視線を浴びながらも、彼らはまるで決められた帳簿の整理でもするかのように、淡々と、事務的に仕事をこなす「装置」のような動きを見せる。
男の一人が、私の隣の牢の前で、吸い寄せられるように足を止めた。
その瞬間。
牢の奥、光の届かぬ隅にうずくまっていた小さな影が、びくりと痙攣したように体を震わせた。
小さな男の子だった。
年齢は、せいぜい四つか五つほど。
まだ親の温もりを知り、その腕の中で眠っていてもおかしくない、あまりにも幼い命。
膝を抱えて丸まっていたその子は、外套の男たちが自分を見定めたことに気づくと、本能的な恐怖に顔を強張らせ、背後の冷たい壁に押し付けられるようにして後ずさった。
「……やだ」
蚊の鳴くような、か細い声が漏れる。
「いやだ……こないで……」
男たちは、その嘆願に答えるどころか、一瞥すら与えない。
ただ淡々と、腰に下げた大量の鍵束から、一つの鉄鍵を選び出した。
カチャリ。
乾燥した金属の擦れる音が、この閉鎖された空間では、耳を劈くほどの大きさに響き渡った。
男の子の呼吸が、目に見えて荒くなる。
浅い、絶望的な喘ぎ。
「こ、こないで……お願い……っ」
震えながら紡がれる言葉。
だが、男の手が止まることはない。
鍵が差し込まれ、迷いなく回される。
ガチャン。
鉄格子が開かれた。
救いのないその開門音と同時に、男の子が喉を掻き切るような悲鳴を上げた。
「やだぁぁ!!」
小さな体で、逃げ場のない石壁を必死に叩き、後ろへ、後ろへと逃れようとする。
だが、当然ながら牢の奥は冷酷な行き止まりだ。
男の一人が中へ足を踏み入れ、抵抗する子供の細い腕を、まるで小枝でも扱うような無造作な手つきで掴んだ。
「やめて!!」
男の子が泣き叫ぶ。
大粒の涙が頬を伝い、鼻水が顔を汚す。
「いやだ! おうちに帰る! お母さんのところへ行くの!」
小さな手が、必死に石の床を掴んだ。
必死に踏みとどまろうとする爪が石の表面を激しく引っかき、不快な高音が地下室の空気を震わせる。
だが、そんなものは無意味な抵抗だった。
完成された大人の暴力的な力の前に、子供の抗いなど、羽ばたく蝶を握り潰すよりも容易い。
男はその体を、軽々と、あまりにも簡単に持ち上げた。
「やだぁぁぁぁ!!」
絶叫が地下の密閉された空間に反響する。
石壁にぶつかり、何度も、何度も跳ね返るその声には、逃れられない運命に対する純粋な恐怖だけが詰まっていた。
その断末魔のような声に誘われるように、遠くの牢からも、共鳴するように小さなすすり泣きが聞こえ始めた。
向かいの牢で、アリシアは思わず鉄格子を両手で掴んだ。
「……っ!」
白灰色の細い指が、白くなるほど強く力が入る。
今にも叫び出さんとする彼女の表情は、怒りと悲しみに激しく波打っていた。
その様子を横目で見たレオンが、低く、押し殺した声を落とした。
「やめろ」
短く、突き放すような言葉。
アリシアがはっとして、顔を上げる。
レオンは鉄格子を握る妹を見据えたまま、静かに、そして残酷なまでに首を振った。
「……どうにもならない。今は」
その言葉は、冷酷さゆえのものではなかった。
むしろ、溢れ出しそうになる激情を、喉元で無理やり押し殺した末に搾り出された、苦い自制の色が混じっていた。
アリシアは唇を強く噛んだ。
悔しさに、屈辱に、鉄格子を握る手ががたがたと震える。
けれど、やがて彼女は、ゆっくりと、諦めたように指の力を抜いた。
男たちは、喚き散らし、暴れる子供をゴミのように扱い、牢の外へと引きずり出した。
男の子はなおも、空中で足を激しくばたつかせ、虚空を蹴り続ける。
「いやだ!」
「やだぁぁ!」
その時だった。
もう一人の、黙って立っていた男が、感情の欠落した声でぼそりと呟いた。
「……おい。暴れるな。面倒だ」
その声には、子供への怒りも、苛立ちさえもなかった。
ただ、決められた作業を遅滞させられるのが不愉快だというような、機械的な冷たさだけが宿っていた。
次の瞬間。
パチン。
指を鳴らしたような、乾いた音が響いた。
その刹那、男の子の体が、糸を切られた人形のようにぴたりと止まった。
激しい泣き声も、暴れていた手足の動きも、そのすべてが。
魔導の術か、薬学の類か。
眠らされたのだ。
ぐったりと力の抜けた、あまりにも軽い体を、男が丸太でも運ぶように肩に担ぎ上げた。
「行くぞ。遅れるな」
短い事務的な言葉。
二人はそのまま、昏い廊下の奥へと歩み出す。
コツ。
コツ。
コツ。
硬い靴音が石畳を叩き、ゆっくりと、確実に遠ざかっていく。
やがて、その音さえも聞こえなくなった時。
ガチャン。
廊下への重い扉が閉じられる音が、終止符のように響いた。
再び地下に静寂が落ちる。
それは、先ほどよりも一層重く、息苦しい、死のような沈黙だった。
どこか遠くの牢から聞こえてくる、震えるようなすすり泣きだけが、わずかに空気を揺らしている。
誰も、すぐには口を開かなかった。
開くことができなかった。
私は、鉄格子の向こう側の、誰もいなくなった暗い廊下をじっと見つめながら、静かに、深く息を吐き出した。
(……これが。これが、ここで起きている現実なのね)
理屈ではない、圧倒的な暴力。
泣いても。
抵抗しても。
そのすべてに意味はなく、ただ順番に連れて行かれるのを待つだけの檻。
そして――その先に待ち受けているものが何なのか、誰も知らない。
私は、膝の上に置いていた拳をそっと握りしめた。
冷たい鉄格子の感触が、掌の皮膚に深く食い込む。
鈍い痛みが、私の意識をさらに鋭く、冷徹なものへと変えていく。
(でも。ここで終わるつもりなんて、毛頭ないわ)
私は、王国の誇り高きアルヴェルト公爵家の娘だ。
そして、前世から引き継いだ「生き抜くための意志」がある。
絶対に。
どんな手段を使ってでも。
たとえ、この腕にある枷を食いちぎってでも。
私は――
必ずここから出る。
鉄格子に映る自分の瞳が、暗闇の中でかつてないほど鋭く光っているのを、私は確かに感じていた。
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