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過労死した社畜は公爵令嬢に転生しました 〜努力が報われる世界なので今度は幸せになります〜  作者: みじんこ醤油


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奈落の隣人たち

無事に更新できました^^

昨日も読んでくださるだけではなく、評価やブックマークをしていただき、本当にありがとうございます!


続きは明日の予定です。


鉄格子の向こう側、濃い影が落ちる牢の中で、二人の子供がこちらをじっと見つめていた。


青灰色の髪。


壁に設置された魔導灯の、消え入りそうなほど細く薄暗い灯りの下で、その色は夜の霧のようにぼんやりと浮かび上がっている。


年齢は……私と同じぐらいだろうか。

よく似た顔立ちの男の子と女の子。


(……双子)


二人は冷たい石壁に背を預けたまま、身動きもせずこちらを凝視していた。


誘拐され、このような地獄に放り込まれたというのに、泣いているわけでもない。

声を上げて助けを求める様子もない。

ただ、深淵を覗き込むような静けさを湛えて、私の出方を伺い、観察している。


その子供らしからぬ落ち着き方が、かえってこの場所の異様さを際立たせていた。


私は、荒くなった呼吸をゆっくりと整えた。


肺の奥底にこびりついている眠り薬の重みは、未だ完全には抜けていない。

思考の糸を手繰り寄せようとするたび、頭の奥が鈍く痺れるような感覚に襲われる。


それでも、意識の混濁はもう消えていた。

覚醒のときは、確実に訪れている。


ふと、自分の視線を落とした。


華奢な両手首には、銀色の腕輪が無機質な輝きを放っている。

指先をわずかに動かすと、冷たい金属同士がカチリと小さく触れ合った。


体の奥に流れているはずの、あの温かな魔力の奔流。

一歳から欠かさず練り上げてきた、私の力の根源。

それが、この腕輪の地点で無惨に切断され、堰き止められている。


どれだけ意識を集中させ、魔力の糸を紡ごうとしても、そこから先へは一歩も進まない。

それは、まるで自分の身体の一部を物理的に奪い去られたかのような、ひどい欠落感だった。


魔力制御という唯一の武器を奪われた今の私は、ただの非力な五歳の子供と変わらない。

重たい扉を壊す力も、理不尽な男たちに抵抗する力も、今の私にはほとんど残されていなかった。


その時、静寂を小さなさざ波が打った。


「……起きてる」


少女の方だった。


鈴の音を低くしたような、どこか冷ややかな声。

私は重い首を動かし、視線を上げる。

彼女はわずかに首を傾げ、鉄格子の隙間から私を覗き込んでいた。


「薬、もう切れたの?」


私は乾いた喉を震わせ、短く答えた。


「たぶん」


少女の細い眉が、驚きを含んでわずかに上がる。


「早いわね」


「魔法適性が高いと薬が効きにくいらしい」


隣にいた少年が、静かに口を開いた。


よく通る、落ち着いた声。

このような場所で、これほどまでに冷静な声を出す子供を、私は他に知らない。


私は何も答えず、ただじっと彼らの言葉を待った。


少年は数秒、品定めをするように私を見つめてから、問いを投げた。


「君、名前は?」


私はほんの一瞬だけ、思考を巡らせる。


「アルヴェルト公爵令嬢」という本名を名乗るつもりは、毛頭ない。


ここがどういう目的で作られた場所なのか、全容が掴めない以上、自らの価値を不用意に高めるような情報は伏せておくのが鉄則だ。


「……リリ」


私は、お忍びの際に与えられた偽名を口にした。


「リリって呼んで」


少女――アリシアが、わずかに目を細める。


「それ、本当の名前?」


問いかける瞳は、鋭い。

私は曖昧に肩をすくめて見せた。


「さあ?」


その瞬間。


少年の口元が、ほんのわずかに、波紋を描くように動いた。


笑ったのだ。


自嘲か、それとも共感か。

ごく微かな、消え入りそうな笑み。


「なるほど」


彼は得心したように静かに言った。


「偽名か」


私はそれを否定もしなかったし、肯定もしなかった。

沈黙こそが最大の防壁であることを、私は経験として知っている。


少年はそれ以上追及することもなく、淡々と自分たちの素性を明かした。


「僕はレオン」


そして隣の少女を示した。


「妹のアリシア」


アリシアが小さく手を振る。

それは死地にある者同士の、奇妙に儀式的な挨拶だった。


「よろしく、リリ」


私は軽く頷き、返礼とした。


それから、痛む体を叱咤して改めて周囲を観察する。

この地下牢は三つ並んでいるようだった。


向かって右端の牢に、私。

真ん中の牢に、レオンとアリシア。

そして、さらに左の奥にも、もう一つ牢が存在している。


けれど、そこは壁の魔導灯の光さえも届きにくく、濃い暗闇の中に沈んでいた。


鼻を突くのは、地下特有の湿った空気とカビの臭い。

圧迫感のある低い天井に、湿気を帯びた冷たい石の壁。


そして――。


意識を研ぎ澄ませると、遠くの通路からかすかな音が反響して聞こえてきた。


子供の泣き声だ。


何かに怯え、絶望し、枯れ果てた喉で漏らすようなすすり泣き。

震える声で、届くはずのない助けを、誰かの名を呼び続ける、悲痛な祈り。


私は細めた瞳に、冷たい怒りの炎を灯した。


(……他にも、捕まっている子がいる)


その思考を断ち切るように。

地下の静寂を切り裂いて、短い悲鳴が響き渡った。


「やだ……!」


「やめて……お願い、やめて……!」


重い鉄の扉が乱暴に開く音。


革靴が石畳を叩く、荒い足音。


泣き叫ぶ声が、抵抗の甲斐なく奥へと引きずられ、遠ざかっていく。


やがて、重厚な扉が閉まる音と共に、再び支配的な静寂が戻ってきた。


アリシアが、肺の中の毒を吐き出すように小さく息を吐いた。


「……また」


レオンは何も言わない。


ただ、やり場のない感情を押し殺すように、静かに目を伏せていた。


私は二人を交互に見据える。


「今のは?」


アリシアが少し視線を落とし、力なく首を振る。


「分からない」


「でも……さっきも誰か連れていかれてた。定期的に、男たちがやってきては、誰かを選んで連れていくの」


レオンが、感情を削ぎ落とした声で付け加える。


「奥の方に」


その先、連れていかれた者がどうなるのか。

彼は言わなかった。


けれど、言葉にしなくても、この場の空気がすべてを物語っていた。

一度連れ去られた者の泣き声が、二度とこの牢獄まで戻ってくることはなかったからだ。


私は、ゆっくりと、長く息を吐き出した。


(……やっぱり)


確信した。


ここは、身代金目的の誘拐犯が一時的に子供を閉じ込めておく場所ではない。

家畜のように子供を管理し、何らかの「目的」のために消費する場所だ。


その時だった。


光の届かぬ、左奥の暗い牢から、低い声がした。


「……新しい子?」


三人同時に、反射的にそちらを向く。


暗闇の中に、小さな影が座っていた。

白灰色の髪をした、幽霊のような少年。


年齢は……九歳か十歳くらいだろうか。

彼は壁にもたれたまま、力なく、けれどゆっくりと顔を上げた。


その瞳は、すべてを諦めた者のそれではなく、嵐の後の海のように、不思議なほど凪いで、静かだった。


「また捕まったんだ」


少年はぽつりと、誰に聞かせるでもなく独り言のように言った。


「可哀想に」


アリシアが少しだけ声を弾ませる。


「エル、起きてたの?」


エルと呼ばれた少年は、小さく頷いた。


そして、彼は私を見つめる。

じっと。

まるで、私の魂の形を確かめるように、深く射抜く視線。


「君」


彼は静かに、死刑宣告のような、あるいは救いの福音のような、重みのある言葉を紡いだ。


「逃げたい?」


鉄格子の隙間を抜けてきたその言葉に、牢内の空気が、ピリリと凍りつくように変わった。



読んでいただき、本当にありがとうございます!

もし「続きが気になるな〜」と思っていただけたら、ぜひ応援(ブックマークや評価)をお願いします!

めちゃくちゃ執筆の励みになります……!


まだまだ慣れないので、誤字脱字などあれば「ここ違うよー!」とコメントで教えていただけると助かります!

よろしくお願いします!

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