奈落の底、昏い瞳の双子
明日は用事があるため更新出来るか分かりません(_ _)
明後日は必ず更新します。
――暗闇。
そこには光も、音も、温度さえも存在しないかのような深い静寂があった。
どれほどの時間が過ぎたのかは分からない。
意識は、深い水底に沈んだようにぼんやりとしていた。
まるで重たい泥の中に閉じ込められているかのように、思考を動かそうとしても、それは霧の向こう側へと霧散していく。
遠くで、何かの音がする。
ガタン。
ガタン。
規則的な振動が、身体を揺らしている。
その衝撃が伝わるたびに、微睡みの淵にあった意識が少しずつ引き戻されていく。
(……揺れてる)
馬車?
いや、違う。
馬車のような柔らかなバネの感覚ではない。
もっと硬く、もっと重い振動。
ごつごつとした床の感触が直接背中に伝わってくる。
荷台のようなものに寝かされている感覚だった。
まぶたを開けようとするが、うまく力が入らない。
身体が鉛のように重く、指先一つさえ自分の意思に従わない。
まるで体が自分のものではないようだった。
無理やり意識を刈り取られた際の中毒症状が、まだ肉体の隅々にまで張り付いている。
「……まだ寝てるな」
近くで男の声がした。
鼓膜を震わせるその不快な濁声。
忘れるはずもない、あの誘拐犯の声だ。
「そりゃあれだけ吸わせりゃな。しばらくは起きねぇよ」
別の男が、鼻で笑いながら答える。
私は目を閉じたまま、必死に意識を繋ぎ止めた。
ここで覚醒したことを悟られるわけにはいかない。
起きていると気づかれないように、呼吸を浅く、ゆっくりと整える。
「追っ手は?」
「振り切った。転移も問題なく成功だ」
転移。
その単語を聞いた瞬間、背筋が冷えた。
(……やっぱり)
あの混乱の最中、彼らは転移門を使用したのだ。
王都の中に、こんな不気味な振動を立てる施設があるはずがない。
つまり私はもう――。
王都の外。
あるいは、もっと遠くへ運ばれている可能性すらある。
「しかしよ」
男が低く、愉悦を隠しきれない声で笑った。
「今日は大当たりだったな、双子も回収できたし」
双子。
その言葉に、胸がわずかに跳ねた。
他にも、子供がいる。
つまり私は、ただ一人攫われたわけではないのだ。
「研究所の連中、泣いて喜ぶぞ」
「特にあの急遽攫ったガキはな」
ドサリ、と。
私の体を、誰かが靴先で軽く小突いた。
その無機質な衝撃が、今の私の無力さを突きつけてくる。
「異常だ」
「年齢考えたらありえねぇ」
「上に報告したら、ヴァルド様が直々に来るかもな」
ヴァルド。
聞いたことのない名前。
けれど、その不気味な響きには、否応なしに本能が危険を察知するような妙な重さがあった。
その時だった。
ガタン。
大きく荷台が揺れた。
それまで続いていた規則的な振動が止まり、世界が静止する。
「ようやく着いたか」
誰かが言った。
重たい扉が開く音。
ギィィ……と、錆びた金属が擦れる不快な音が、閉ざされた空間に響き渡る。
次の瞬間、ひんやりとした空気が流れ込んできた。
土と石の匂い。
そして――。
微かに漂う、鉄と血の匂い。
(……地下)
本能がそう告げた。
ここには太陽の光も、自由な風も届かない。
「降ろせ」
男たちの荒い足音。
そして、再び私の体が乱暴に持ち上げられる。
石の階段を下りる振動が、ダイレクトに身体に伝わってきた。
一段。
また一段。
深く。
さらに深く。
地下へ。
光のない深淵へ。
進むにつれて、遠くからかすかな音が聞こえてきた。
泣き声。
幼い、子供の声だ。
絶望に押し潰されたような、すすり泣く声。
震える声で、届くはずのない誰かの名を呼ぶ声。
そして――。
短い悲鳴。
私は、目を閉じたまま、奥歯を噛み締めた。
溢れ出しそうになる恐怖と怒りを、鉄の理性で抑え込む。
(……ここは)
間違いない。
ここは。
子供たちが消える場所だ。
人としての尊厳を奪われ、ただの消耗品として扱われる、世界の果て。
やがて男たちが立ち止まった。
重々しい鉄格子が開く音が、耳を劈く。
ガチャン。
「とりあえずここに入れとけ」
乱暴に体が投げ出された。
硬い石の床が背中にぶつかる。
鈍い痛みで一瞬意識が浮上しかけるが、私は必死に耐えた。
「腕輪も忘れるな」
カチャリ。
冷たい金属が、私の両手首に嵌められた。
その瞬間。
身体の奥に流れていた魔力が、ぴたりと止まる。
(……魔力封じ)
私は心の中で息を呑んだ。
全身から力が抜け、自分の半分を失ったかのような喪失感。
やはり。
ここはただの誘拐犯のアジトではない。
もっと――ずっと悪質な場所だ。
「目ぇ覚ましたら水だけやっとけ」
「どうせすぐ実験だ」
男たちの足音が遠ざかっていく。
鉄格子が閉じられる音。
ガチャン。
完全な静寂が訪れた。
数秒。
私はそのまま動かなかった。
足音が完全に消え、人の気配が完全に失われたことを確認してから――。
ゆっくりと。
本当に、呼吸を忘れるほどゆっくりと。
目を開いた。
薄暗い牢の中。
錆び付いた鉄格子。
冷え切った、石の壁。
そして。
向かいの牢の隅で、こちらをじっと見つめている二つの影。
青灰色の髪の少年と少女。
その瞳が、暗闇の中で静かに、けれど鋭く光っていた。
私と彼らの視線が、音もなく空中でぶつかる。
封じられた魔力。
閉ざされた扉。
けれど、私の魂までは、まだ誰も縛ることはできていない。
私はゆっくりと、床に手をつき、上体を起こした。
全身を襲う痛みと倦怠感を無理やりねじ伏せて。
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