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過労死した社畜は公爵令嬢に転生しました 〜努力が報われる世界なので今度は幸せになります〜  作者: みじんこ醤油


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正解という名の後悔

続きは明日を予定しています。


「北の路地だ! あっちへ逃げたんだ!!」


エドワードの絶叫が、静まり返った結界の残滓を切り裂いた。


その声を合図に、潜伏していた護衛たちが一斉に牙を剥く。

屋根の上の影が飛び、瓦を激しく蹴立てる音が連なった。

男たちの逃げた方向へ、王都最強の矛たちが黒い奔流となって駆けていく。


「追え! 全速だ!」


「北区画の全出口を封鎖しろ! 鼠一匹逃がすな!」


魔法通信の粒子が空中に散り、緊迫した怒号が飛び交う。


だが。


ほんの数分もしないうちに、路地は不気味なほどの静寂に包まれた。


追跡に向かった護衛たちの背中が遠ざかり、荒い呼吸音だけが取り残される。


そこにいたのは――エドワードとカイル。


そして、彼らを守るために残った数人の護衛だけだった。


「…………」


エドワードは、動かなかった。


リリアーナが強引に連れて行かれた路地の奥。

光の届かない闇の入り口を、ただ、射貫くように見つめ続けている。

その小さな、白い手が、目に見えてがたがたと震えていた。


「殿下」


側に控える護衛が、痛ましげに声をかける。


だが、反応はない。


「……今、追いつく」


ぽつり、と。

エドワードの唇から、掠れた声が漏れた。


「すぐ追いつくよな? あいつらは重そうな荷物を持っていたし、うちは最高級の馬も魔法も揃っている。すぐに……すぐに追いついて、リリアーナを取り戻せるよな?」


護衛は、答えなかった。

その沈黙が、すべてだった。


歴戦の戦士である彼らには分かっていた。

鮮やかすぎる隔離結界、そして魔力を封じる手際の良さ。

あれは行き当たりばったりの賊の仕業ではない。


エドワードの顔が、絶望に歪む。


「……なんで、黙るんだ」


声が、情けなく震えた。


自分を敬い、守り、何でも言うことを聞いてくれるはずの大人たちが、今は沈黙という拒絶で自分を突き放しているように感じられた。


「王家の護衛だろ……! 国で一番、強い連中なんだろ!?」


拳が、白くなるほど強く握りしめられる。


「リリアーナが……連れていかれたんだぞ! 目の前で、リリアーナが!」


誰も、答えない。



次の瞬間。


「追いかける!」


エドワードが、弾かれたように走り出した。


「殿下!」


護衛が慌ててその細い腕を掴む。

エドワードは獣のように身をよじり、なりふり構わず振り払おうとした。


「離せ! どけよ!」


「危険です! まだ潜伏している敵がいる可能性が――」


「離せって言ってるだろうが!」


それは、王太子の威厳など微塵もない、ただの五歳の子供の悲鳴だった。

剥き出しの怒りと、それ以上に深い、底なしの恐怖が混ざり合った幼い声。


「リリアーナが! リリアーナが連れて行かれたんだぞ!」


エドワードの大きな瞳には、熱い涙が滲んでいた。

溢れ出しそうなそれを、彼は必死に耐え、血を吐くような思いで言葉を絞り出す。


「今、追わないと! 今行かないと、あいつが……!」


必死だった。


己の命の危険など露ほども考えず、ただ一人の少女を救いたいという、純粋で残酷なまでの願い。

だが、護衛の腕は鋼のように動きもしない。


「殿下」


低い声が、エドワードを射抜いた。


「すでに、最高練度の追跡班が動いています」


「だから!」


「殿下が動けば、護衛が分散します」


その一言に、エドワードは一瞬、言葉を失った。


そして五歳にして、彼は理解してしまった。

自分がただの子供ではないことを。

自分が動くことは、国家の歯車を動かすことであり、その重みが時に、もっとも救いたい誰かの助けを阻む障害になるということを。


「……でも」


力が抜け、震える膝を支えるのがやっとだった。


「リリアーナ……あいつ、一人なんだぞ。俺たちと、一緒にいたのに……」


その時だった。


隣で、小さな、ひっそりとした音がした。


カイルだった。

カイルは、先ほどからずっと俯いたまま立ち尽くしていた。

いつも整えられている黒髪が乱れ、肩が痙攣したように小さく震えている。


「……僕の、せいです」


ぽつり、と。

消え入りそうな声が、カイルの唇からこぼれ落ちた。


エドワードが、弾かれたように振り返る。


「……違う。俺が言い出したことだ。お前は――」


「違うんです!」


カイルが、激しく首を振った。


俯いたままのその顔から、涙がぽろぽろと石畳の上に落ちていく。


「僕が……止めたからです」


あの瞬間。


エドワードがリリアーナを助けようと、死に物狂いで飛び出そうとした時。

カイルは、エドワードの袖を、全体重をかけて掴んで引き止めたのだ。


「僕が止めなかったら……リリアーナ様を、追いかけていたら……!」


声が、激しく震える。


「三人で、逃げられたかもしれない。リリアーナ様を……リリアーナ様の手を、掴めたかもしれないのに……!」


カイルは、己の決断が恨めしかった。


危険を察知し、最善の選択として主君を止めた。

それが、側近としての正解だったはずだ。


けれど、その正しさが、親愛なる少女を闇の中へと見送る結果を招いた。


「リリアーナ様……」


カイルは、声を押し殺すように呟く。


「怖かったと、思います……。あんな、暗いところに……ひとりで……」


その言葉が、エドワードの心に最後の一刺しを加えた。


エドワードの顔が、耐えきれない苦痛に歪む。


「……くそ」


小さく、呪うように吐き出す。


「なんでだよ……なんで、俺たちじゃなくて……」


拳が、やり場のない怒りでがたがたと震えていた。


五歳の子供が、初めて直面する世界の理不尽。


「なんで、リリアーナなんだよ……!」



その時。


北の路地から、一人の護衛が風のような速さで駆け戻ってきた。


「殿下!」


肩で息を切らし、装備に付着した泥が彼の激しい動きを物語っている。


「追跡班より、報告です!」


エドワードが、食らいつくように身を乗り出した。


「見つかったのか!? リリアーナは、無事なんだな!?」


瞳に、救いのような希望の光が宿る。


だが。


報告に戻った護衛は、エドワードの視線を受け止めることができず、わずかに目を伏せた。


「……北区画の外れにて、転移魔法の痕跡を確認いたしました」


エドワードの表情が、凍りついた。


「……転移?」


「はい」


護衛は、言葉を噛みしめるように続ける。


「そこから先は――」


言葉が、止まる。


それが何を意味するのか、エドワードには分からなかった。

いや、分かりたくなかった。


「……見失ったのか」


掠れた、小さな声。


護衛は、それに応える代わりに、深く、深く頭を下げた。


沈黙。


その場のすべてが、死に絶えたような静寂に包まれた。


カイルの肩が、激しく上下した。

エドワードは、しばらく動かなかった。


やがて。


「……見つける」


地の底から響くような、低い声だった。


「絶対」


顔を上げる。


その瞳は、赤く縁取られていた。

涙を、必死に、奥歯が砕けんばかりに噛み締めてこらえている。


「絶対に見つける。……絶対に、助ける」


だが、その時。


残っていた護衛が、静かに、けれど厳格に告げた。


「殿下。……城へ、お戻りください」


エドワードが、牙を剥いた獣のような目で護衛を睨み据える。


「嫌だ! 戻らない! 俺も探すんだ!」


「殿下」


護衛の声が、一段と重くなる。


「王太子である殿下が襲撃されたのです。これはもはや、単なる事件ではありません。国家に関わる重大な事態です」


「……っ」


「陛下への報告が必要です。そして、捜索体制を整えねばなりません」


エドは、唇を血が出るほど強く噛み締めた。


分かっている。

頭では、嫌というほど。

今、自分ができる最大のことは、王太子の権限を使い、国という巨大な組織を動かすことだ。


でも。


「……今、戻ったら」


声が震える。


「リリアーナが……あいつが、一人でいるのに……」


カイルが、小さく言った。


「……戻りましょう、殿下」


エドが驚いたように振り返る。


カイルは、涙を流しながら、けれど必死に言葉を絞り出した。


「国王陛下に頼めば……。国王陛下にお願いすれば、いっぱいの人が、探してくれます」


ぐっと、鼻をすする。


「騎士団も……魔法使いも、みんな動かしてくれます。……だから……」


声が震える。

それでも、カイルは続けた。


「助けられます。必ず……」


エドワードは、黙った。

長い、長い沈黙。

夕闇が忍び寄り、街の影が長く伸びていく。


やがて。


「……絶対だぞ」


エドワードは、護衛を見据えた。


「絶対に見つけろ。絶対だ」


「……はい。必ず」


エドワードはもう一度、リリアーナが消えた路地の奥を見た。

冷たい闇が支配する、その向こう側。


「……待ってろ」


掠れた、けれど熱を帯びた呟き。


「……リリアーナ」


彼らの心には、消えることのない後悔と、それ以上に激しい『力』への渇望が刻まれていた。



読んでいただき、本当にありがとうございます!

もし「続きが気になるな〜」と思っていただけたら、ぜひ応援(ブックマークや評価)をお願いします!

めちゃくちゃ執筆の励みになります……!


まだまだ慣れないので、誤字脱字などあれば「ここ違うよー!」とコメントで教えていただけると助かります!

よろしくお願いします!

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