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確かに、起きた

翌朝、俺は学校を休んだ。


 目覚ましが鳴る前に目は覚めていた。

 体は普通だった。熱もないし、頭も痛くない。

 それなのに、制服に手を伸ばす気になれなかった。


 昨日のことが、頭から離れなかった。


 あの路地。

 空間の亀裂。

 感情が渦巻くような闇。


 何度思い返しても、現実味が薄れない。

 夢なら、もっと曖昧なはずだ。

 起きた直後から「夢だったな」と思えたはずだ。


 でも、俺は今もはっきり覚えている。

 音の遅れ。

 空気の引っかかり。

 胸を締め付ける、あの感覚。


 布団の中で天井を見つめながら、考える。


 ――あれは何だったんだ?


 疲れていただけ。

 ストレス。

 思い込み。

 脳が作り出した幻覚。


 理由はいくらでも思いつく。

 どれも、納得できそうで、できなかった。


 起き上がり、カーテンを開ける。

 朝の光が部屋に差し込む。


 世界は、いつも通りだった。

 歪みもない。

 亀裂もない。


「……普通だ」


 思わず声に出た。


 普通の世界。

 昨日までと何も変わらない日常。


 それが逆に、怖かった。


 俺だけが、何かを見てしまった。

 俺だけが、ズレてしまった。


 その考えが、胸の奥に沈んでいく。


 スマホが震えた。

 亮太からだった。


『今日どうした?』


 しばらく画面を見つめる。

 指が止まる。


 「昨日、世界が割れた」なんて、送れるわけがない。


『体調悪い』


 短く打って、送信した。


 本当は、体調なんて悪くない。

 悪いのは、たぶん――頭だ。


 昼になっても、何もする気が起きなかった。

 テレビをつけても、音だけが流れていく。

 内容が、頭に入ってこない。


 ふと、昨日の路地を地図アプリで探してしまう。

 名前もない、ただの道。


 指で拡大しても、

 そこには普通の住宅街しか映らない。


「……あるわけないよな」


 誰に言うでもなく呟く。


 もし、本当に亀裂があったなら。

 もし、あれが現実だったなら。


 俺の知らないところで、

 この世界は壊れかけていることになる。


 そんなの、馬鹿げている。


 なのに。


 夕方になる頃、胸の奥がざわつき始めた。

 理由のない不安。


 昨日と同じだ。


 夜。

 部屋の明かりを落とし、布団に入る。


 目を閉じても、眠れなかった。


 静かすぎる。

 家の中の音が、やけに大きく聞こえる。


 ――もし、あれが現実だったら?


 考えないようにしても、思考は勝手に進む。


 ――見えてしまったのが、俺だけだとしたら?


 ――次も、起きるとしたら?


 心臓の音が、うるさい。


 そのときだった。


 ゴォ……


 低く、重い音。


 昨日と、同じ。


 今度は、はっきり分かった。

 幻聴じゃない。


 俺は起き上がり、窓に近づく。

 夜の空気が、微かに震えている。


「……嘘だろ」


 心臓が早鐘を打つ。


 これは偶然じゃない。

 考えすぎでもない。


 昨日のことは、確かに“起きた”。


 上着を掴み、家を飛び出る。

 夜風が冷たく、妙に現実的だった。


 音のする方へ、足が向かう。

 迷いはなかった。


 路地に近づくにつれ、空気が変わる。

 足取りも重くなる。だが足は確実に前へ進む。

 静かすぎる夜。


 そして――見えた。


 空間の歪み。


 昨日よりも、はっきりと。


 世界が、待っている。


 俺が、来ることを知っていたみたいに。


 その場に立ち尽くしながら、俺は確信した。


 もう、知らなかった頃には戻れない。


 これは偶然じゃない。

 俺が、見つけてしまったんだ。


 ――歪んだ、この世界を。

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