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冷血王女

作者: スクロール

2つ目の作品です。

最後まで読んでいってください。

春の日差しになりつつある2月26日の昼休みの出来事。なんの気なしに教室の窓の向こうに広がる菜園に目を向けると、冷血王女と名高い葉山麗(はやまれい)がいた。葉山の手に一つの花を持っていたんだけど、その花には目が行かないくらい綺麗な笑顔がそこにはあった。

 今までの学校生活の中で一度も見たことのない葉山の笑顔。とても綺麗でもっと見たいと思ってしまうような笑顔。今思えばこの出来事が俺の高校生活を一変させるきっかけだったのかもしれないな。


 冷血王女


 今日は3月20日、俺の高校の終業式だ。俺は無事に高校の一年生の過程を終了して、2年生が始まるまでの束の間の休憩時間が今さっき始まったばかりの昼過ぎだ。校長先生の眠たくなる有りがたい話を聞き、担任から恐怖の通知表を受け取り中身の悲惨さに頭を抱えていたのはついさっきまで。宿題も無い春休みが開始されたばかりだ。

 そして、今俺がいるのは校舎の屋上で、目の前には葉山が不機嫌そうに立っていた。

 「で、ボクに話ってなに?」

 俺の目の前で葉山が不満全開で言葉を吐き出した。まぁ、せっかくの春休みが始まったって言うのにこんな所へ呼び出されたんだから不機嫌になるのも仕方ないと思うけど、もう少し不機嫌を隠しても良いんじゃないか?ってくらい葉山の不機嫌は全開で伝わってきていた。

 というか、高校生にとって『呼び出されて向かった屋上』というシチュエーションで思い浮かぶのは告白とかそういう類のもののだと思うし、実際俺が呼び出された側の立場ならそわそわしたりとか、ドキドキしたりとかそんな感じなんだけれども、葉山は全く違うみたいだ。少なからず、普段は見せないそういった表情を期待していたんだけど、実際は不機嫌全開で放出中。普段どおりの無表情なのに、周りを漂う雰囲気は不機嫌以外の何者でもないといった感じだ。まぁ、そんな状況でも呼び出した俺が何か言わないと始まらないよな。

「話っていうかさ、伝えたいことがあって来てもらったんだよ。」

「用事もないのに、呼び出していたらぐーぱんちしていたところだよ。で、なに?伝えたい事って?もしかして、『好きです』だとか、『付き合ってください』とか言ってしまうパターン?」

 葉山も俺の似たような感想を一応抱いていたみたいだ。やっぱり屋上に呼び出されるってことは告白以外ないよな?というか、これからどんなイベントが起こるか分かっているのにかなり退屈そうに見える。けど、そんな『退屈そうだ』とか以前に、告られるって分かってんのに態度を取れるのはある意味すごすぎる。まぁ、こんなところで挫ける訳にもいかないのでとりあえず心を強くもつとしようかな。

「葉山はさ、今誰かと付き合ってたりするのか?」

 葉山は、屋上の運動場側に面しているフェンスにもたれかかりながら俺の話を聞いていた。いつもどおりの無表情なのに、雰囲気は予想通りでつまらないといった感じだ。

「結構直球な質問だね。まぁ、答えてあげなくも無いけど。今付き合っている人はいないよ。告白されるのは今までかなりあったんだけどね。どれもこれもボクの綺麗な外面でよってきた最悪野郎共もだったわ。みんながみんなとは言わないけど、中身なんて知りもしないくせに好きだなんて笑っちゃうでしょ。まぁ、中にはちゃんと中身を見てくれてた人もいたかもしれないけど、ボクの気持ちなんて無視で付き合ってくださいって言われても付き合う訳ないよね。で、渡瀬もその糞野郎共の仲間入りしにボクを呼び出したの?っていうか、ここまで言われたら告白する気なんてなくなっちゃうだろうけどね。」

 この言葉でもわかるように、葉山は自分の容姿についてよく知っている。あいつの見た目だけはかなり良い。一言で言うなら、『モデル』だ。整った顔に、綺麗な髪の毛、すらっと伸びた手足に、スレンダーな体型。一つ足りないものを言うなら、胸がすこし控えめな感じだな。ちなみに、俺の好みを言わせてもらえば今のままでベストだ。…貧乳が好きで何が悪い?

 まぁ、それともう一つこの会話で分かることがある。それは、口の悪さだ。とにかく葉山は口が悪い。まぁ、簡単に言ってしまえば毒舌だ。それも、相手の傷口に塩どころか山葵を塗りこみ続けるように、痛いところに一番痛いものをぶつけて来るんだ。そういう俺も今まさに心が折れそうになってんだけど。

「いつも通りのかなりひどい言い方だな。まぁ、糞野郎かどうかは知らないけど、別に仲間入りするために呼び出したわけじゃないから。っていうか、もし付き合ってくれって言ってたら俺はどうなってたんだ?」

 あごに手を当ててすこし考えるようなしぐさをした後、すぐにいつもの無表情でこちらに向き直りこう言った。

「渡瀬がどう思おうと、ボクにその気がないから諦めて。もし、しつこく付きまとうようならそれなりの覚悟をしなさい。って言ってると思うわ」

 その鋭い視線はまったくぶれることなく、俺の瞳を射抜いていた。というか、絶対さっきの考えるしぐさはフェイクだ。はじめからどう言うかは分かりきってたのに、あえて考える振りをして少しの期待を抱かせて、その上で叩き落す。まったくひどい奴だよ。

 俺から興味がなくなったのか葉山は運動場に視線を移していた。その視線を追ってみたらグランドでサッカー部が部活に励んでいた。葉山はその光景を眺めて口から言葉をこぼした。

「まだ春なのに夏みたいに暑苦しい。」

 全く関係ない人に対してもひどすぎやしないか? というか、世間話をするために呼び出したわけじゃない。だから、早く本題に入らないといけないんだけど葉山の行動を見ているとどうも気が重い。あの鋭い刃のような毒舌をたぶんこれからモロに受け止めないといけないんだろうな…はぁ。小さく溜息を吐き出す。

 回れ右をするような綺麗な動きで、フェンスの向こうをのぞいていた葉山がくるりと綺麗に回ってこっちを向いた。

「始めの話にもどるけど、ボクに話ってなに?そろそろお腹もすいてきて良い感じにお昼なんだけど。」

 突然強い風が吹いてふわりと葉山の髪が揺れる。肩くらいまでで切りそろえられた髪が風に流されて、踊るようにはねていた。それを左手で抑えてる姿は、モデルみたいに様になっていた。それに少し見惚れていた俺に葉山が口を開いた。

「なにぼうっとしてんの?呼び出したのは渡瀬だよ?さっさと言わないと、用事があってもぐーぱんちだよ?…渡瀬ってMで、ぐーぱんちされたいとか?それって、かなりキモいんですけど。」

「ちょっとまってくれ!俺Mじゃないから!っていうか、俺一言もしゃべってないのに勝手にキモイとか言わないでくれよ。…軽く傷つく。」

 ちょっと反応が遅れただけでこの大惨事。近くに人がいなくて本当に良かった!この部分だけ聞かれたら俺の高校生活の雲行きが怪しくなるところだった。

「渡瀬が傷つくわけ無いじゃん。冗談は顔だけにしてちょうだいよ。ていうか、さっさと用事を言いなよ。ほんとにお腹空いてきちゃったし。」

 葉山の口撃

 俺の心に500のダメージ

 あまりのダメージに軽くめまいを覚えた。背にしていた校舎の壁にもたれながら空を見上げてみるとハンバーグみたいな形をしている雲が浮かんでいた。今日の晩御飯ハンバーグ食べたいな。

「もしもーし。ボクの話ちゃんと聞いてる?無視するならボク帰るから。じゃあね、バイバイ。無駄な時間をとらせてくれてありがとう。」

 葉山はつかつかと俺に向かって近づいてきてこう言った。

「あ、そうだ忘れてた。」

 ドゴッ!

 葉山の右ストレートが俺の顔面に直撃。俺の体に500のダメージ。

 っていうか、現実逃避していた俺の頭が一瞬で現実に引き戻された。顔が痛い。っていうか、ぐーぱんちとかいうレベルじゃねえよ。ありえねえ音がしたよ。

「痛い。めちゃくちゃ痛い。」

「用も無いのにボクを呼び出すから悪い。というか、さっきもボクはお腹すいたって言ったよね?それを無視して自分の世界に入ってるからだよ。で、用があるの?無いの?どっちなの?」

「有ります。ありますからもう少し俺に葉山の時間をください。」

 さっき殴られた鼻をさすりながら葉山をこの場につなぎとめることに成功した。っていうか、あまりの痛みに言葉遣いが敬語になっていたけど気にしたら負けだ。

「葉山をここに呼び出した理由なんだけど、それを今言うと多分葉山が呆れて帰ると思うからちょっとだけ前振りをしてからしゃべりたいんだけど…いい?」

「ダメ、前振りとか別に要らないからさっさと要件言いなよ。早く用事を済ませてボクはお昼ご飯を食べたいの。」

「はいはい、じゃあ言いますよ。言えばいいんだろ?」

 もう自棄だ。どうにでもなれ!って思ってはいるものの、結この言葉を口にするのは気恥ずかしい気がするんだけど。 

「その、あれだ。俺は葉山が好きだってことを伝えたくてここに呼んだんだ!これで満足か!?」

 半ば叫ぶようにして俺は葉山に今日の俺の用事を告げていた。愛の告白にしてはかなり雑で適当、冗談で言うにはそこまで仲が良くなくてそういう雰囲気でもない。つまり、【愛の告白】・【冗談】どちらに捕らえられたとしてもかなり笑えない状況で言ってしまった。しかも、人生で初の愛の告白。はぁ、よくドラマとかで見るシーンでは告ってる人がかなり照れてたり恥ずかしがっていたりするけど、あれって誇張表現なんかじゃなくて本当に死ぬほど言うときは恥ずかしいものなんだ。実践して初めて分かったよ。

「まぁ、大方の予想通りって所ね。一応聞いておくけど好きになった理由、聞かせてもらおうかな?」

 さっきと変わらない表情の葉山。葉山の予想が的中してたのかかなり呆れた表情だ。というか、腕を組んで仏頂面。告白された人間のする表情とは思えない。しかも視線で「早く言いなさいよ。ボクはお腹がすいているんだ」っていう圧力をかけてくる。ドラマならここで告白された人もそれなりに照れてたりするんだけど、ドラマでは誇張表現が入っているようだ。実際に告白されたら仏頂面になるみたいだし。

「好きになった理由は、いろいろあるんだけどさ。一番の理由は葉山が隠れて努力する人だったところかな?始めはかなりイメージ悪かったんだけど、努力してるところを見てかなり惹かれた。」

「はぁ?ボクが努力?そんなのしてないんだけど。目が悪いの?頭が悪いの?目なら眼科行ったら直せるかもしれないけど、もし頭だったら治せないな…どんまい。」

 なんかがんばって言ったのにめちゃくちゃ馬鹿にされてる気がする!?っていうか、俺そんなに変なこと言ったのか?

「そこまで言われたくないよ!っていうかさ、ほんとにその努力って言うものを隠し通せてるって思ってるの?」

 いつもの無表情なんだけど、すこしあわてているような雰囲気だ。冷血王女っていわれている理由の一番の原因はその無表情。何を言っても、何をやっても全然表情を変えない。いつも無感動、無感情で何を考えているのか分からない。いつ誰が言い出したかわからないけど冷血王女って言うのが葉山の通り名だ。

 だけど、俺は知ってる。俺だけが葉山を理解してやれるなんてそんな馬鹿みたいなことは言わないけど、葉山は感情を表に出すのが苦手だってことを分かってるつもりだ。ここ1ヶ月間葉山を見続けてきて、始めはちょっとした違和感だったのがだんだんと確信に変わってきて、今ではそのすこしの表情の変化だって読み取れる自信がある。こうして考えてみると、ずいぶんと葉山に俺はやられてしまってるみたいだ。

 葉山が俺に背を向けて再びフェンスに向かって歩いていって、くるっとこちらに向きを直してフェンスにもたれかかった。多分他の人にはわからないだろうけど俺にはわかる、こっちを向いた葉山の表情は困惑の一色に染まっていた。

「ボクと渡瀬って、今まであんまりしゃべらなかったよね?ボクは風紀委員やってて、身だしなみが悪い生徒とか遅刻してくる生徒とかとは結構、まぁ一方的にだけど、話したりするんだけど、渡瀬ってそんなに身だしなみが悪いわけでもなく、遅刻もしない。そんな接点の無いボクのことをどうして好きになったの?さっきは努力がどうとか言っていたけど、どうしてそう思うの?」

 葉山はそこでいったん話を区切った。葉山の瞳には、得体の知れない何かを見るような色を浮かべている。たぶん、ほんとにどうして好きになられたかわかっていないみたいだ。

 葉山は、その外見から今までたくさんの男子から告白を受けていたのは知っていた。しかも、告白される理由はほとんどが同じで、『一目ぼれしました!』とか『その美しい顔に心を奪われました』とか外見が理由ばかりみたいだ。同じクラスの友達の何人かも告ってるみたいだし、ホントに人気はある。なかには、風紀委員をやっている葉山に注意をされて、それで惚れたって言う変体さんもいたような気がする。

 ただ、葉山は言うことがかなり厳しい。悪いところをズバズバと言ってきたり、人がどんな気持ちになるのかも、その状況もお構いなく注意をしてきたり、すこしでも素行が悪いとすぐに手厳しく叱り付けてくる。しかも、それにキレた不良男子Aが襲い掛かったところ、返り討ちにされたって言う伝説まである。聞く話によると実家が武道の道場をやっているらしいとか。

 冷血王女っていうのはなにも言葉がきついとかひどい言葉遣いとかだけじゃなく、さっきも言ったとおり表情に感情を出さないからだ。楽しいという感情を表に出さないから笑わない。怒っていてもそれすら表に出さない。つまり、だれにも感情が分からないただの氷の仮面のようだからって言う意味含まれている。

 名前の『麗』と冷血の『冷』をかけたあだ名らしい。

 俺はというと、確かに葉山の外見は魅力的だと思う。けど、それで感じたのは、テレビで女優さんを見る感覚と同じというか、好きっていう感情が、憧れの好きであって、恋愛感情ではなかった。

 ただそんな俺にも心境の変化があった。まぁ、それは冒頭で語っているので割合させてもらう。ここ1ヶ月葉山を見ていて気づいたことがある。それは、葉山は人と話すのが苦手なだけで本当はこんなきつい言い方をするつもりなんて無いんだってこと。そして、自分の感情を表に出すのが苦手だってこと。それに、今も全然普通を装っているけど、内心はかなり焦っているはずだ。これは予想っていうような不確かなものじゃなくて、確信を持って言える。

「たしかに、葉山の外見は俺の好みのタイプにジャストミートで結構魅力的だよ。けどな、そこまで言わなくても良いだろと思うくらいに言葉で攻め立てるところとか、内面的には全然好きじゃなかった。1ヶ月前までは、むしろ嫌いだったんだよ。」 

 葉山は俺の言葉を予想していなかったみたいで、その瞳を大きくして驚いていた。瞳を大きくって言ったけど、俺以外の奴が見ればいつもどおりの無表情にも見えるだろうけど、俺にはちゃんと瞳を大きくのしたのがわかった。なぜかって?そんの簡単だよ。愛の力だ……イタイ、石を投げないで。

「その嫌いだったボクを何で好きになったのよ?意味が分からないわ。さっさと理由をゆってくれないかしら」

 葉山は本当に分からないといった表情で、こちらを向いている。

 俺だって良く分からない。葉山の言葉がきついのは確かだし、使う言葉を間違ってるって言うのも全然変わってない。ただ、ずっと見ていたから知ってることもある。女子の会話に混ざろうとして参加できなかったり、きつい言葉を言ってしまった後に落ち込んでいるもの知っているし。ほんとはもっともっと友達を作りたいと思ってるのも知ってる。がんばって話しかけても、いつもどおりのきつい口調でしか話せないことや、無表情のせいでそっけなく相手に受け取られて思っても無いことを感じさせてしまったりとか、ほんとにがんばってるのに報われないこととか。そんなのを見てきて俺は、もっと葉山を知りたいと思った。がんばっているなら報われないといけないと思った。だからこそ好きになった。そのがんばってる姿に心を討たれた。辛いことがあるなら支えてあげたい。楽しいことがあるなら笑顔にしてあげたい。気がついたら、今までの想い全部をひっくるめてそばにいたいと思った。だから今日俺はここにいるんだと思う。

 まぁ、こんなこと口にしたって、俺は人に自分のことを話すの苦手だから伝わらないと思う。だから、きっかけだけでも話そうかな?

「そうだな、とりあえず好きになるきっかけは1ヶ月前の昼休みなんだけど。いつもつるんでる奴らがみんな食堂行って暇だったんだ。そんで、あまりの暇さに外の菜園を見てたらさ、葉山が植木鉢に話しかけながら花を並べてるところだったんだよ。なに言ってんのか全然聞こえなかったんだけど、教室じゃみたこともない笑顔を浮かべながら楽しそうにしてるのを見て、気になりだしたんだと思う。んでから、は「ちょっと待って!!」

 俺が言葉を続けようとしていたのを遮るように葉山が大きな声を上げていた。

 しかも、うつむき加減で今も無表情なんだけど、雰囲気は困惑から焦りに変わっていて、表情と雰囲気が全くかみ合っていないのがおかしくて仕方が無い。

「そのさ、ボクが花に話しかけてたの…見たの?」

「まぁ、なんていうか、…ばっちりと見た感じがするんだけど」

 俺の言葉を聞いた葉山は、ボンっと音が立ったと錯覚するほどの勢いで真っ赤になっていた。顔は真っ赤なのに無表情、行動と表情のギャップでとても、可愛く見える……言っておくが惚気ては無いつもりだからな。

 葉山は右手を真っ赤な顔に当ててうつむいてしまった。というか、半泣きだ。教室ではここまで感情を表に出すことなんて無かったし、ここまで動揺されるのも予想外でこっちまで焦ってしまう。こっちもパニックになっていたら葉山が口を開いていた。

「花に話しかけるなんて変な奴だとか思ったでしょ?」

「いや?そんな風には全く感じなかったけどな。そうだな、俺は見た目で人を好きになったことは今まで無いんだけど、あ、さっきも言ったと思うけど始めてお前見たときも、恋愛感情なんて抱いてないぞ?ただな、いつも無表情な奴の笑顔って言うのは、なんだか胸を思いっきりコンクリートで殴られたような衝撃だったよ」

 真っ赤な顔でうつむいていたのが、すこし上目遣い名感じでこちらを見ていた。これで、無表情じゃなかったらもっと良かったのにとか思った俺は鬼畜でしょうか?

「ていうか、コンクリートで思いっきり殴られたら死ぬわよ」

 身も蓋もないツッコミを返されてしまった。

「まぁ、それがきっかけだよ。その後の一ヶ月間、ずっと葉山のことを目で追ってた。どこの中学生だよっていうくらい、見つめてたぞ?」

「たまに視線を感じてたんだけど、それは渡瀬のだったのね。てっきり、ボクにうらみのあるバカ野郎の視線とばかり思ってたんだけど。それで、一ヶ月間ボクを見続けて好きになってしまったってこと?」

 すこし落ち着いてきたのか、真っ赤だった顔がだんだんほんのり赤いくらいまで戻ってきていた。

「そうだな、「好きになった」というよりももっと知りたいと思うようになったよ。もっと葉山のいろんな表情が見てみたい。というか、葉山の笑顔が花にしか見せないのはちょっともったいない気がするしな。今まで見た笑顔は全部花に向かってしかしてないし」

「学校で植木鉢をうごかしたのって、ボクの記憶じゃあ渡瀬が見た日だけだったんだけど…あとは、家でしか花のお世話してないのに…もしかして渡瀬は盗撮とかしちゃってる残念ないけない人なの?」

「違うよ!なんでそう俺を悪い方面に持っていこうとするんだよ!?話を戻すけど、葉山ってさ、森の花屋さんっていう店で花を買ってるよな?」

「そうだけど、まさか盗撮ではあきたらず、ストーカーとかもやっていたの!?」

 葉山は両腕で体をかばうようにクロスして、この世の穢れを見るような眼で俺を睨んでいた。

「やってねぇよ!!誰にも言ってないけど、森の花屋さんって俺の家!!ストーカーとじゃないから!たまたま、品だしの手伝いしてる時に葉山が来て、おかんと花の話しててそのときに花で話する練習をするっていうのを聞いちゃったんだよ」

 俺の実家は花屋なのだ。しかも葉山は常連さん。おかんとはいつも仲良くしゃべってる。っていっても、学校で見るいつもの無表情でぶっきらぼうな言葉遣いなんだけど、がんばって感情を表に出そうとしているのがわかるんだ。たぶん、花で練習しているのが聞いてるんだと思うけど、そのがんばってる姿が愛らしいというのは俺だけの秘密だ。

 そんなことを考えていたら、葉山の雰囲気がさっきとは全く違っていた。どこか険悪で、しかも一番の違いが、不機嫌な表情が表に出ていたということ。つまり、怒ってるってこと?

「なにそれ、盗み聞きじゃない。そんなんでボクのことわかったような顔なんてしないでよ!ただの知ったかぶりなのに、何でも知ってるような態度とられるのが一番腹が立つのよ!」

「何でも知ってるなんて、あつかましいことは思ってないよ。ただ、がんばってる葉山を応援したいと思っただけなんだけど…」

 この反応はさすがに困った。なぜ怒られたのかわからない。というか、学校でも実家の花屋でも怒った表情を見るのは初めてだ。

「明日香さんとの話を聞いてたんだったら知ってるんでしょ?ボクが小学校中学校といじめられてたのとか。どうしても”私”って言えなくて、そのことを馬鹿にされてどんどん人と話が出来なくなっていって、最終的には孤立してずっと一人ぼっちだった。そんなんでも高校からは楽しい生活を送りたくてしゃべろうとがんばってんの!!同情なんていらない!!同情で相手してやるだなんて何様よ!ふざけるな!」

 肩で息をしながら叫んでいた。両手をぎゅっと力いっぱい握り締めていてなにかを我慢してるみたいに。うつむき加減だから表情はよく見れないけれどたぶん怒った顔をしてると思う。

 いじめられてたなんて初耳だ。というか、おかんとしゃべっているのを聞いたのは、思っていることと違うことを言ってしまうこととか、思っているよりもきつい口調になってしまうこと、感情を表に出せないことくらいだったのに。その原因なんて知らなかった。というか、なんかいろいろ勘違いされているし。

「いじめられたのがなに?いじめられたから、人と関わるのが苦手だからってなんで俺が同情しなくちゃいけないんだ?」

 はっと顔を上げた葉山の表情は、どこかハトが豆鉄砲を食らったように驚きの色を見せていた。

「勘違いしてるようだから言うけど、俺は簡単には同情なんてしてあげないことにしてるんだ。どんな状況でもそれがその人が作ってしまったものだったら自業自得。人と関わるのが苦手とかいって、諦めるほうが悪い。何かをしたいなら待ってるだけじゃなくて自分から行動するべきだと思うんだ。待ってるだけで自分が被害者みたいな思い込みをしてる人間が俺は嫌いだ。」 

 俺の言葉を聞いた葉山は再び叫んでいた。

「別にボクは、被害者面なんてしてない!」

 葉山は必死に訴えていた。自分は負けていない。自分は諦めてない。そのことを分かってもらおうと必死になって。けどそんなこと俺にしても意味ないんだよ。だって、もう知ってるから。この一ヶ月間ずっと見てきて知ってしまってるから。

「分かってるよ。だから葉山を好きになったんだよ。」

 のどの奥からするりとこぼれた言葉。そう、だから俺は葉山を好きになった。今までの前振りなんて必要なかったのかもしれない。ただこの言葉を言いたくて今日ここに来てもらったんだから。

 葉山が花に話しかけていたのを見た日の夕方に、葉山がうちの花屋に来ておかんとしゃべっているのを聞いた。どうしたら人とうまく話せるようになれるとか、もっと感情を表に出したいんだけどどうすれば良いのかとか、今まで無意識のうちに自分がやっていることを出来ない人もいるんだと思った。

 そして、その前向きな姿勢に興味を持った。それから今日までずっと毎日葉山を観察してきたんだ。ずっと見てると人と関わろうとがんばっているのが手に取るようにわかる。女子に話しかけられてもきつい言い方しか出来ない自分にいらいらしていたり、掃除などを手伝ってもらったときに素直に感謝の気持ちを伝えられないとか。

 そのがんばってる姿に俺の心は奪われてしまった。俺は葉山の持ってる花になりたくなった。花じゃなくて俺でその練習をしてもらいたくなった。というか、花にしか見せない笑顔を俺にも見せてもらいたくなったんだ。いろんな感情が、だんだん重なってきて、気がついたら葉山という女の子に恋をしていた。

 友達にそのことを言ったら、葉山はやめとけだの、あんなひどい奴はだめだとか、そんなことを言われた。けど、周りがどう思おうが関係ない。俺が葉山のそばにいたいんだから。

「あ、あのさ。そんな事堂々と言ってはずかしくないの?それとも、その恥ずかしさが快感に変わってしまう変態さんなの?」

 葉山の言葉は鋭い切れ味の包丁のように俺の心を斬り刻んでくるんだけれども、今の葉山の様子を見るとそんなこと全然考えてないみたいで。

 顔を真っ赤にしながら、顔はそっぽを向いているのに目だけをこっちに向けて恥ずかしそうにはにかんでる。それを見た俺はというと、言葉よりもその様子でノックアウトされそうです。

「そのさ、渡瀬がボクのこと…す…す、好きだってことはよくわかったんだけどさ、ボクは渡瀬のことよく知らないし、はじめに言ったように好きでもない人と付き合うつもりもないんだ。だから、その今は付き合えない。ごめんね。」

 何を言い出すかと思ったら、そんなことか。全然気にしなくて良いのに。

 さっきから、すこしだけだけど葉山の顔に表情というものが表れてきてる気がする。たぶん、動揺していつもの無表情がどっかいってしまったからだと思うけど、ちょっとだけでも俺に心を開いてくれているってことならうれしいな。

「葉山も俺の子と好きになってくれてからで良いよ。付き合ってくれるのは。それにやっぱり両方がそう思ってないと俺もうれしくないしね。」

「なんかそれ少女漫画っぽいよ?もしかして、読んでるとか?」

「うるさいな、姉貴の影響だよ。無理やり読ませてくるから」

 それを聞いてくすくすと口に手を当てて声を殺して笑っている葉山。やっぱり葉山は無表情なんかよりも笑顔のほうが何十倍も似合ってる。みんなにも知ってもらいたいと思う反面、その笑顔を独占したいと思うのは独占欲かな?

 俺がこの青空のように何処まで広くて、何処まで大きくて、なんでも包み込んでしまえるような大きな心の持ち主だったら葉山のこんなにも魅力的なところをもっともっと他の人にも知ってもらって葉山のことを好きな人を増やして、葉山にもっともっと楽しい学校生活を送らせるてあげることが出来るかもしれないけれども、今の俺には無理みたいだ。

 今日直接葉山としゃべったことで、今まで以上に葉山に惹かれてしまったんだから。まぁ、月並みな言い方をすれば、ベタ惚れって奴だ。このあと一緒に昼ごはんでも食べに行こうかとか誘えたら良いんだけど、今の俺にそんな度胸なんて持ち合わせていない。せっかく、しゃべれるような仲になったのにこれじゃはじめと全然変わらないな。

 まぁ、今日は葉山の赤くなった顔と、花にしか見せないような表情を見れただけでも良いとしますか。

 ひとしきり笑い終わった葉山は落ち着いてきていつもの無表情に戻っていた。

「まぁ、俺の用件はこれだけ。葉山に気持ちを伝えたかっただけだから。単なるクラスメイトじゃなくて、好意を寄せるバカ野郎の一人で良いからちょっとでも意識してもらえれば、うれしいです。」

 たぶん、今まで生きてきた中で一番の大舞台を終えた俺は、やりきった感と、もうすこしうまく出来ればよかったという後悔という、微妙な心境になっていた。

 もう少しうまく出来ただろうに、とか、俺はがんばったとか、いろいろな感情で、もう心の中はぐちゃぐちゃになっていた。

「渡瀬の用も終わったことだし、帰ろっか」

 カツカツカツとコンクリートの上を革靴で乾いた足音を発たせながら、葉山は俺の後ろにある屋上の出入り口に向かって歩き始めた。

 俺はというと、もう少しだけこの微妙な感触に浸ろうと思っていたし、屋上から校門を出て行く葉山に向かって手を振ってみたら好感度が上がるかな?なんて馬鹿なことを考えていた。

 ガシっと腕をつかまれるまでは。

「あのさ、ボクも渡瀬のこともっと知りたいんだけど。」

 俺の腕をつかみながら、俺の顔を見上げる葉山は、ほんのりとほほを染めていてとても可愛かった。というか、あまりの予想外の展開で俺は反応に困っていた。

 反応が遅かった俺がおきに召さなかったのか、無表情ながらだんだんと不機嫌なオーラをまとい始める。

「ほら、渡瀬が好きだってさっき告白した女の子がお昼ごはんを一緒に食べようって誘ってんのにその反応は無いんじゃない?」

 じと眼で睨みつけながらも、頬はさっきよりも色を強くしていて、なんというか、あなたでおなかいっぱいです。

「今日は、おかんが昼ごはん用意してるんだけど…」

 ぱっと手を離して、すこし残念そうな眼をしながら

「じゃあ、良いや…、バイバイ」

 とてもわかりやすくガクりと肩を落として、ふりかえりもせずに階段を下りていってしまった。

 はぁ、おかんにはわるいけど今は一番大事なほうを優先したいと思います。

 携帯でぱぱっとメールを打って、俺も階段を駆け下りた。

 葉山は、昇降口で靴を履きかえるところで、走ってきた俺を見てかなり驚いていた。

「で、葉山は何を食べに行きたいんだ?」

 始めは何を言ってるのみたいな顔をしていた葉山だったけど、だんだん言葉の意味を理解したらしく、本日三回目のやわらかい笑顔を見せてくれた。

 その笑顔は、何よりも美しくて、今の俺には何よりも大事なものだ。

「そうねぇ、せっかくだから渡瀬が好きなもので良いよ。渡瀬の好きな食べ物も知りたいし。っていうか、その、あれだ。ボクは渡瀬みたいにMじゃないし、渡瀬と違って繊細なの。だからさっきのはさすがのボクも傷ついた。その慰謝料として、今日のお昼ご飯は渡瀬のおごりね。」

 言葉はまだまだとげとげしいんだけども、まとっている雰囲気は全然とげとげしくなくて、むしろ照れ隠しな感じがしてとてもとても可愛かった。

「はいはい、わかったよ。じゃあとりあえずパスタでも食べに行こうか」

 はにかむ葉山を連れて、校舎を出た。

 今日は快晴。どこまでも広がる青い空。そして、俺の心も晴れ渡っていて、隣を見ると校舎のいたるところに植えられている桜のようなピンク色に頬を染めている葉山がいる。

 これからどうなるかわからないけど、今の俺はとても幸せです。

読んでいただいて有難うございました。楽しいと感じていただけたら幸いです。

感想なども書いていただけたらすごくうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぶっきらぼうな女子のちょっとした変化。ドキドキしますね。 [一言] 一人称「ボク」は新鮮です。 これからも期待しています。 素晴らしい作品をありがとうございます。
[良い点] 作中に漂う甘くて切ない空気感。ぐっときました。 [一言] 甘い。甘くて、痒くは……なりませんでした^^
[一言] 読んでてニヤニヤしてしまいました。 葉山は可愛かったが、それ以上に渡瀬が良い奴で、読んでて楽しかったです。 まぁ何が言いたいかと言うと、面白かったです。
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