迎えに来たよ
それは、僕が入院した時の出来事だった。
「この病院、車椅子に乗った女の子が出るんだってよ! かわいいのかな?」
相部屋で隣になった、同世代くらいの男が話しかけてきた。
「女の子? 入院してるのか?」
「随分と昔にな。今は亡くなったって」
「え!?」
「真夜中になると、この廊下を車椅子で通るらしい。自分のもとまで来るとあの世へ連れてかれるんだってさ」
気味が悪かったが、病院には、こんなうわさくらいあるものだろうと、僕は聞き流した。
入院して数日が経った頃だ。
真夜中にふと目が覚めた。時計を見ると丑三つ時だった。
なんとなく嫌だなと思いつつ、もう一度寝ようと試みる。しかし、なかなか寝つけなかった。
「キキキ……キキキ……」
廊下から妙な音が聞こえてきた。
感覚としては、タイヤが軋むような音だ。
それは、次第に近づいて来る。
「キキキ……キキキ……」
僕は布団を頭まで被って、耳を塞いだ。
しばらくすると、音は離れていった。
僕はいつの間にか眠りに落ちていたようで、次に目が覚めるといつも通りの朝だった。
あれは夢だったのかもと思った。
しかし、その日の夜。
また、真夜中に目が覚めた。時計を見ると丑三つ時だった。
「キキキ……キキキ……」
まただ。
あの軋む音が聞こえてきた。
音の正体を確かめたい僕もいる。でも、そんな勇気はなかった。
「キキキ……キキキ……」
音は、こちらへと近づいて来る。
僕は頭まで布団を被った。
「キキキ……キキキ……」
音は、僕の部屋の前で止まった。
間違いない。何かが部屋の前まで来ている。
心臓がバクバクして、この鼓動が相手に聞こえてしまわないかと思うほどだった。
「キキキ……キキキ……」
少しすると、軋む音は部屋を離れていった。
疲れ果てるように眠りに落ちた僕は、またいつも通りの朝を迎えた。
僕は、あのうわさを思い出していた。
車椅子に乗った女の子の話だ。
あの音が、もしタイヤの音だとしたら……。
僕は怖くなり、考えることをやめた。
その夜、また丑三つ時に目が覚めた。
「キキキ……キキキ……」
やはり、何かが廊下を通っている。
そして、音はこちらへと近づいて来る。
僕は頭まで布団を被った。
「キキキ……キキキ……」
音は、僕の部屋の前で止まった。
早く通り過ぎてくれと願った。
「キキキ……キキキ……」
えっ!?
ついに、軋むその音は、部屋の中まで入ってきた。
僕は震えが止まらなかった。
そのあと、どうなったのか、正直記憶がない……。
ただ、一つ言えることは、いつも通りの朝はやって来なかったということだ。
隣で入院していた彼が亡くなった。
もしかしたら、あれは、お迎えだったのかもしれない……。