野盗娘のわたしが、勇者王子様のお供となりまして……
――今年、生まれた者の中に勇者あり!
――十五の年に旅立たせれば、必ずや魔王を討ち取り、世界に光をもたらすであろう!
十五年前、大予言者ソーマ様が残したありがた~い予言である。
この予言に対し、最もツッコミたいのは、そこまで分かったならもっと範囲を絞れよ! といううことだ。
いやまあ、この予言を残すために全生命力を使って立ち往生したというのだから、責めるのも酷な話なのだが。
とはいえ、王国でその年に生まれた大多数にとっては、迷惑極まりない話であることに変わりはない。
何しろ、親愛なる我らが王様は、わたしたちが十五歳となるこの年……国中から該当する少年少女を集め、魔王退治の旅に出すという暴挙へ打って出たのだから。
誰が勇者か分からないなら、可能性のある者全てを勇者として旅立たせる!
……確実といえば確実だが、大ざっぱといえば、この上ないくらいに大ざっぱな施策だ。
それだけ、魔王による脅威がひっ迫しているともいう。
まあ、そんなわけで……。
牢に入っていた野盗であるこのわたしも、その条件に該当してしまったため、勇者候補の一人として送り出されたわけである。
で、今、わたしは、魔王軍勢力圏内のとある丘から、古ぼけた砦を見下ろしていた。
「あー……。
うじゃうじゃいますね。
大半はゴブリンみたいだけど、中にはホブゴブリンとか、シャーマンの姿も見えます。
典型的なゴブリン部隊かな」
砦の様子をひとしきり観察したわたしは、そう結論付ける。
元々は、野盗や魔物への対策として建築されたのだろう砦が、今は魔物の拠点となっているのは、なんとも皮肉な話だった。
「ふん!
たかがゴブリン共の部隊か!
初陣の相手としては、物足りないな!」
わたしの隣で、砦の観察もせず剣を磨いていたおバカさんが、自信満々に言い切る。
ハッキリといってしまえば――美少年。
黄金の髪は美しく整えられており、気品のある顔立ちは、わたしごとき野盗の娘では、まぶしさで消滅してしまいそうなほどだ。
さらに、白銀の鎧と業物の剣を装備しており、十五という若年ながら、いっぱしの戦士といった風格をかもし出していた。
見るからに、高貴な生まれの少年……。
悪い言い方しちゃうと、おバカなボンボン。
それが、この少年――第一王子アレル殿下である。
そう、国王は平等だった。
国を継ぐべき第一王子だろうと、予言された年に生まれたからには、勇者候補として旅立たせた。
もちろん、入念な修行を課した上での話だ。
彼が相当な実力者であることくらい、旅慣れたわたしには分かる。
同時に、実践経験皆無なアホであることも……。
「いやいや、たかがゴブリンではありますけど、ちゃんと見て下さい。
ここから判別できるだけでも、軽く三十匹はいますよ?」
「三十回切り捨てればいいだけだろう?
楽勝じゃないか」
訳もないことのように、バカ王子が言い放つ。
そりゃ、リンゴやイモを三十個切るんだったら、楽勝でしょうけどね。
相手は意思があり、知恵があるのだということを、分かっているのだろうか?
いや、分かってないから、そんなこと言うんだろうけど。
「とにかく、こうしてはいられない!
道中で通った村も、いつ襲われるのかと気が気じゃないようだったからな。
一刻も早く成敗して、安心させてやらなければ!」
そう言った王子が、張り切って剣を鞘に収める。
あー……。
そうだろうなとは思ってたけど、やっぱりか。
「正面から行くつもりなら、わたしは嫌ですよ」
「その通りだが、安心しろ。
君に期待している役割は、行く先々での情報収集や斥候だ。
そもそも、そんな軽装の人間を戦場に立たせるわけにはいかないだろう」
このバカが言う通り……。
わたしの装備は、軽装を極めている。
貧相な革の胸当てと、腰には小剣。
それから、短剣を五本ばかり吊るしていた。
いかにゴブリンといえど、この数を正面から相手取れる武装じゃないのは明らかだ。
「じゃあ、わたしは行かないとして、どうするつもりですか?」
返ってくる言葉を半ば予想しながらも、わたしは尋ねる。
すると、王子の返答は、やはり予想通りのものだったのだ。
「決まっている!
――単身突撃、あるのみ!
君は、僕の武勲を目撃する立ち会い人となってくれればいい!
うわーはっはっは!」
うわあ……。
こんな高笑いする人、現実にいるんだ……。
「では、行ってくる!」
ドン引きするわたしをよそに、アホが砦へ向かう下り道を駆け始めた。
「危なくなったら、戻ってくるんですよー」
わたしはその背に向けて、気持ちのこもっていない声でそう呼びかけたのである。
まあ、死にはしない程度の腕前はあるだろう。
死んだら死んだで、その時のことだ。
--
半刻後。
わたしたちが偵察していた丘とは、ほど近い森の中……。
そこには、ギッタンギッタンのズッタズタにされたバカ王子の姿が!
うわあ、ケツに矢が刺さってるよ。
わたし、この国の王子にケツの穴が増えた瞬間へ立ち会っちゃったのか……。
「何がいけなかったのか、お分かりですか?」
とまれ、死んではいないようなので、そう呼びかける。
「そ、それより水をくれないか……」
ぶっ倒れた王子が、わたしの質門に答えることなく要求してきた。
まあ、こんな重装備で、追いかけてくるゴブリンたちを撒くまで全力で走り続けたのだ。
そりゃ、喉も乾くことだろう。
水筒を渡してやると、一気にその中身を飲み干される。
「――ぷはあ!
何がいけなかったかより先に、これだけは言わせてくれ!」
「はいはい、聞きますよー」
「連中の内、三匹までは討ち取った!」
うん、それはわたしも丘の上から見てた。
堂々と名乗りを上げて、ノコノコ出てきたゴブリン三匹相手に見事な三連撃。
あれは、下手しなくても、切られたことすら気づかずに死んでいっただろう。
「ただ、その後がまずかったですねー」
「あれは、連中が卑怯だっただけだ!
まさか、戦士たる者が正々堂々と戰ってるところへ、呪文や矢を打ち込んでくるなんて!」
いや、そりゃ打ち込んでくるだろう。
正面から戦ったら手強いと分かってる相手に、どうして数と射程で勝る側が、遠慮せねばならないのか。
このバカは、訓練場での稽古と実戦の区別がついていないようだ。
「だから、僕は失敗したわけじゃない!
そう……。
上手くいかないやり方を試しただけだ!」
うん、ある意味大物かもしれない。
その前向きな思考だけは、見習うべきかもしれな……いや、やっぱ遠慮しとこう。
「では、今度は上手くいくやり方を試してみましょう」
「――何!?
いい手があるというのか!?」
ケツからスポンと矢を抜きつつ、バカ王子が尋ねてくる。
そんな彼に軟膏を差し出してやりつつ、わたしはこう言ったのだ。
「あります。
それを実行するために、まずは脱いで下さい」
「――ええ!?
ぼ、僕のことをそんな目で見ていたのか!?」
両腕で自分を抱き締めながら、アホがそう言い放ってきた。
……乙女か。
--
――死屍累々。
砦の中は、そう呼ぶしか無い有り様だ。
屍となっているのは、もちろんここを占拠していたゴブリンたち……。
確認して回ったが、生き残っている奴はいない。
――全滅だ。
ただの一匹も残すことなく、魔王軍の尖兵を殺し尽くしたのだ。
「こんなに簡単にいっていいのか……。
こうもコロリと、死んでしまっていいのか……」
「いいに決まっています。
それとも、あなたは苦しく激しい戦いの末に勝ちたいんですか?
そんなこと繰り返してたら、命がいくつあっても足りませんよ」
ちゃんと絶命しているか、一匹、一匹とゴブリンたちの死体を確認しながら告げる。
こいつらは、剣や槍で殺したわけではない。
外傷を負っていないことくらいは、心得のある者が見れば、ひと目で分かるだろう。
そういった外からの傷がない代わり、こいつらには、いずれも吐血の様子があった。
そればかりでなく、いずれの死体も、苦しそうに喉をかきむしった跡がある。
一体、どうやってこいつらを殺したのか?
その答えは……。
「こっそり忍び込んで、井戸に毒を投げ入れて、脱出し様子を見守る……。
こんな戦い方が、あっていいのか?
いや、これは戦い方なのか……?」
そう言いながら、わなわなと震えるアホ王子の格好は、鎧姿じゃない。
さすがに、愛剣だけはそのままだが……。
ピッカピカに光って目立つことこの上なく、金属板同士のこすれ合う音がやかましいあの鎧は、捨てさせてあった。
その甲斐もあって、たった今、こいつが口にした潜入作戦を成功させられたのだ。
え? わたし一人でもいいじゃないかって?
万が一、見つかったりした場合は、この人をけしかけて、誉れ高い死を迎えてもらうつもりだったのだ。
わたしは助かる。彼は名誉ある戦いで死ねる。互いに利のある作戦だな。
「戦い方なんかじゃないですよ。
殺し方です」
最後の一匹……。
ホブゴブリンの死体を検分しながら、わたしは答えた。
うん、ちゃんと全部殺せてる。
こういう時のコツは、遅効性の毒を使うことだ。
効き目の早い毒だと、後の連中が警戒して生き残ってしまうから。
「さて、これでゴブリンたちの全滅は確認しました」
「あ、ああ……。
不本意なやり方ではあるが、脅威は取り除けたわけだ。
となると、後はさっそうと立ち去るだけだな」
「何を言ってるんです?」
バカに白い目を向けながら、わたしはこの後にすべきことを告げる。
「敵を全滅させたからには、砦中を捜索して物資集めです」
「そんなの、盗賊じゃないか!?」
「そうですよ。
わたし、野盗です」
涼しい顔で答えた後、わたしはお楽しみの時間に没頭していった。
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「ほ、本当にいいんですか……?
こんなにたくさん、食料や物資を……!」
ゴブリンたちが占拠していた砦からは、程近い村……。
そこの村長さんが、わなわなと震えながらこう聞いてくる。
「ええ、もちろんです。
わたしたちは、必要な分を確保しましたから。
ここに運び込んだ分は、近隣の皆さんと分け合って下さい。
そもそも、魔王軍がどこからか奪った品々なんですから」
村長さんが目にしているのは――荷車。
正確には、その上へ山と乗せられた食料などの物資類だ。
ちなみに、これを引くという力仕事を担当したのは、バカ王子であり……。
彼は、何かひどく意外なものを見たような顔でいた。
「ありがとうございます!
ゴブリンたちを退治したのみならず、こんなありがたい施しを……!」
「いえ、さっきも言った通り、元はどこかから奪われたものですから。
それじゃあ、わたしたちはこれで。
――さあ、行きましょう」
「あ、ああ……」
バカ王子を引き連れ、村から立ち去る。
去り際、村の子供たちが集まって手を振っていたので、振り返す。
「それにしても、意外だったな」
そうしていると、アホ王子がそんなことを言い出した。
「金目のものを漁るのは分かったが、それを近くの村にほどこしてやるなんて……」
「本当に貴重なものは、しっかりと懐に入れてありますよ。
あれらは、持ちきれない余剰分です」
「それでも、わざわざ届けてやったろう?
いや、荷車を引いたのは僕だけどさ。
どうして、そうしようと思ったんだ?」
どうして? か。
そういえば、どうしてだろう?
ただ、なんとなくそうしようと思ったというのが正解だけど、それは求められてる答えじゃあるまい。
そうだな……。
「……奪われる苦しみを知っているから、でしょうか。
魔王軍のせいで、多くの人が食べ物やら何やらを奪われてますから」
「ふうん……」
隣を歩く王子が、何やら考え込む。
そして、こう言ったのである。
「何か、いいな……。
そういうの」
「……そうですか」
それだけを答えて、後は無言で歩く。
何がいいのかは、知ったことではないが……。
ガシャガシャとやかましい鎧の音が聞こえなくなったのは、少しだけ好ましいと思えた。
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