8・・王宮って広いのですね
翌日、テオと一緒に王宮に足を踏み入れた彩綾は、建物のスケールの壮大さに圧倒された。
テレビで見たことがあるヨーロッパの宮殿のイメージそのままだ。
歴史映画や舞台で見るような、煌びやかな貴族の世界が広がっているようで、こんなところに自分が入っていいのだろうかと場違いに感じてしまう。
今日はステラのお店で買った、淡いグリーンのワンピースを選んだ。
グリーンに背中に流れる黒髪が映えると、ステラが絶賛してくれたものだ。
カラフルな色味の服を着ることがなかったから、派手すぎたかと思っていたけれど、皆もっと派手な色味のドレスを着ているおかげで目立つこともなく、浮くこともない服を選べたことに少し安心する。
「おい。前を見ないと転ぶぞ」
初めてみる建物や風景に心奪われていた彩綾に、何度もテオの呆れたような視線が刺さる。
「こんなに広いなんて……建物も素敵だし、お庭も整備されていて素敵ですね」
王族が住むところ、政務をする建物、騎士団の練習場や当直の宿舎があるようで、とにかく広い。
「ここで迷ったら二度と帰れなさそう」
テオの後ろに着いていく彩綾の独り言が聞こえたのだろう。
「もし迷ったら……騎士団のテオを探しているといえば、誰かが騎士団の事務所まで連れて行ってくれるはずだ」
呆れたようなぶっきらぼうな言い方だったけれど、相変わらずテオの気遣いは抜群だった。
「テオさんは毎日ここに来ていらっしゃるんですよね?」
「ああ」
「何されるんですか?演習……とか?」
騎士って何をするんだろう。
「ああ……鍛錬もするし、事務仕事もある」
「テオさんの鍛錬を見学することはできますか?」
「……見たいのか?」
「はい!テオさんさえよければ是非!」
騎士団なんて向こうにはないから演習を見てみたい。
「来ても……ただ剣を振ったりしているだけだぞ?」
「はい、それでも見たいです」
格闘技好きのエイミの影響で、スポーツ格闘技の試合を見るのが好きになった。
そんなイメージで言ってみたんだけど違うのかな。
テオの強さも知りたい気持ちも少なからずある。
振り返ったテオが呆れたような困ったような顔をしている。
彩綾は微笑みで返した。
いくつもの建物を通り過ぎ、覚えきれないほどの廊下の角を曲がった先に目当ての人物が待っていた。
「君が迷い人ですか!!ようこそ、アースナル国へ!」
テオと一緒に部屋へ入った彩綾への第一声だった。笑顔の男性が両手を広げている。
やはり、この世界はイケメンが標準レベルなんだろうか。
精悍で整った容姿のテオとはまた違った、優しげな印象の大きな目元をもつ男性だった。
「迷い人は美しいと言われているけれど……本当に美しいんですね!しかも黒髪ですか!素晴らしい。まるで、女神のようだ」
矢継ぎ早に褒めてくるライリーの言葉にどう反応すればいいかわからない彩綾は、困って横のテオを見上げた。
「ライリー、落ち着けよ」
「落ち着いていられるわけないだろう!僕がこの役職に着いてから初めての迷い人だぞ!むしろ、なんでテオはそんなにテンションが変わらないんだ?」
お前の方がおかしいと言わんばかりにテオへ言い放つと、ライリーと呼ばれた男性が彩綾に向き直った。
「改めて自己紹介を。ライリーです。アースナル国の迷い人の担当をしています。テオとは学園の同級生でした。学生の頃から迷い人のことを研究しています。本当に迷い人に出会えるなんて……感激です」
「彩綾と申します。よろしくお願いいたします」
「サアヤさんはこの国の言葉を理解して話すことができるのですね」
「文字は読めませんが、話す言葉はわかります」
なるほどというように頷いたライリーは、彩綾達にソファに座るよう促した。
興奮冷めやらぬ様子のライリーは頬を紅潮させている。
学生の頃から迷い人を研究していたと言うことは、研究できるほど件数があると言うことだろうか。
「まずは、どのようにサアヤさんがこの世界に来たのか、教えていただけますか?」
仕事帰りに家の近くの角を曲がった途端、突風が足元から吹いて気がついたらこの世界にいたこと。
夜遅く灯がついている家がテオの家だけだったから、訪問したことを伝えた。
「まさかテオが迷い人を保護するとは。連絡をすぐもらえて助かったよ。すぐにフィールドワークから戻ってこれたからな」
ニヤニヤとしながらテオを見たライリーが、真顔になって再度彩綾に向き合う。
「突風が吹く前にどんなことをしていましたか?」
確か、エイミとメールをした。
月が綺麗だったから願いごとをしたんだ。
「友人とメールをやりとりしていました」
「メール?」
「あ、はい……ここでいう手紙みたいなものです」
「……またそのことはあとで詳しく教えてください!……聞いてよろしければ、どんなことを手紙でやりとりしていたんですか?」
「月が綺麗だねって」
「月?!」
ライリーが目を見開いた。
「はい、ちょうど月が綺麗な夜だったので」
「どんな月でしたか?」
気圧されながらも言葉を紡ぐ。
「えっと満月でした」
「!!!」
それこそ、ライリーの大きな瞳が落っこちそうな位見開いたあと、「月、満月……」ぶつぶつと口の中で呟き始めた。
「あ、ちなみに向こうの世界では月は一つです」
昨夜、テオから聞いて知ったばかりの違いを伝える。
しばらく考え込んでいたライリーが顔をあげた。
「こちらの世界の月は二つあって、その二つが重なる夜、異世界と繋がると言われているのです。迷い人のことを調べていた先輩達が残した記録を読むと、二つの月が重なる夜に異世界から迷い人がきています」
ライリーは自分の考えをまとめるかのように考えながら言葉を続ける。
「迷い人が複数人、同時期にこの世界にいたことがないので、これもまた確実ではないのですが、ここへ来る人たちの皆が同じ世界の人達でもないようです。どうやら、たくさんの世界があるようで……」
「そんなにたくさん世界があるんですか?」
思わず口を挟んでしまった。
「はい。こちらへ来た迷い人達から聞き取った元の世界についての話が記録されているのですが、主要な箇所で被るところがほとんどないことからそう判断しています」
「主要な箇所?」
「……そうですね、例えば国々の名前、言語や慣習。また人種だったり、魔力の有無だったり……。迷い人の国だけでなく、知っている国についても全て聞き取るようにしていますので、この視点からの判断は間違っていないと思います」
たくさんの世界があって、それぞれの世界からここにやってくるということね。
頭が痛くなってくる。
話が壮大すぎるわ。
「何か質問ありますか?」
ライリーが呆然としている彩綾に尋ねた。
「今までの迷い人たちは……元の世界に戻れたのですか?」
「元の世界に戻った人もいれば、ここで一生を終えた人もいるようです」
「帰る方法があるってことですか?」
何かしら希望が見えた気がして、被せるように聞き返す。
「……実際、元の世界に戻ったかはこちらではわかりません。先ほど言ったように様々な世界からきている人がいる以上、別の世界に行くことだってあるからです」
なるほど……それは確かに考えられる。
別の世界に飛ばされるリスクがあるってことね。
一瞬期待してしまった分、元の世界に帰れるか確証がないと言われると何となく裏切られた気がして血の気が引いた。
ぎゅっと膝の上に置いていた手を握りしめる。
「それでも……帰りたいです」
弱々しくなってしまった彩綾の言葉に頷いたライリーが戻る方法を教えてくれた。
「文献から見ると、次の二つの月が重なった夜に元の世界に戻れるようです」
「……どうやってですか?」
「魔力を纏わせて飛ぶイメージです」
全くイメージすらわからない方法に言葉が詰まる。
「基本的に迷い人が持つ魔力量は私たちと比較にならないくらい多いと聞いています。ご自身が持っている魔力で元の世界に自分を飛ばす……というイメージです」
よくわからないけれど、とりあえず帰ることができる方法があることがわかって少しだけほっとする。
「僕も文献を読んだだけなので、詳しくその夜までに調べ直す必要はあります」
「……次の月が重なる夜はいつですか?」
「八ヶ月後です」
「八ヶ月……」
長い……。
長いけれど、戻る希望があるからきっと頑張れるはず。