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2・・怪しい者ではありません


トントン


扉を叩いたけれど、人が出てくる気配はない。


辺りは寝静まったようにシーンとしている。

もしかしたら、ここの家人ももう寝ているのかもしれない。


そう思った時、家の中からバタバタと駆けてくる足音が聞こえた。


「エミリーか?」


エミリーと呼ばれる人を待っていたのだろうか。

勢いよく開いた扉の向こうに現れた背の高い男性は、彩綾を見ると驚いたように目を見開いた。


その家の家人だろうか。体格が良く、見目が整っている若い青年だった。年は彩綾と同い年くらいか、少し上くらいか。

短めの髪の毛はグレーがかったブロンド、少し吊り目のアーモンド型で榛色の瞳を持つ凛々しい顔立ちの青年が、眉を顰めながら口を開く。


「誰だ?」

「あ……ごめんなさい。通りすがりの者です……」

鋭い口調に、はっとしながらも慌てて彩綾も声を出した。


「えっと……通りすがり?何か用?」


整った顔立ちの中に精悍さがあり、彩綾を鋭い視線で観察している。


確かにこんな夜中に見知らぬ人が訪ねてきたら、怖いわよね。

青年から向けられる鋭い視線を咎めることはできない。


それでも、折角開いた扉を無下にするわけにはいかない。


「あ……あの……実は迷ってしまって……ここはどこですか?」

「は?」


彩綾の言葉に男性が目を見開いた。


「あの、ここはどこですか?……日本ですか?」

「……」


不審者丸出しの質問でごめんなさい。

私だって人生でこんなセリフを言う日がくるなんて思わなかったよ。


「あ!……私の言葉わかります……よね?」

「……わかる」


青年が固まったように動かないから、通じていないかと思った。

言葉が通じるってことは……ここは日本だよね?


「ここはどの辺りですか?……実は、恥ずかしながら道に迷ってしまったようで家に帰りたいんですが……〇〇通りにはどうやって出ればいいですか?」


さっきまで鋭い目つきだった青年が、ポカンとしたように彩綾を見つめた。


「ここはアースナル国だ。あんたが言っている地名を俺は知らない」

「え?あーすなるこく?……でも、お兄さん、日本語話していらっしゃいますよね?日本ですよね?」

「……アースナル語だ。俺もあんたもな」


目の前の青年の言葉を頭の中で何度も反芻する。


「あ!そういう設定ですか?わかりました。……で、申し訳ないですが、駅まではどういけばいいでしょうか」


この格好いいお兄さんは独自の世界観を持っているのかもしれない。

とにかく、日本語は通じている。

早く家に戻りたい。

エイミも家に来るって言ってたし。


「は?えき?えきってなんだ?」

「……電車の駅……デス」

「……」


お兄さんの顔は嘘を言っているようには見えない。

本当にわからないようだった。


「……ここって……」

「アースナル国だ」


もう一度お兄さんが言ってくれた。


「あーすなるこく……」


頭の中に世界地図を思い浮かべた。

聞いたことがない知らない国だ。


「やっぱり夢?」


彩綾が呟いた言葉が聞こえたのか、お兄さんが口の端をあげた。


「いや、現実だよ」


現実?


お兄さんの綺麗な榛色の瞳を見つめながら自分の頬を思いっきりつねってみた。


「……痛い」

「あんた何やってんの?」


お兄さんが呆れたような声を出した。


「夢なら覚めないかと思って……」

「……」

「あの!!日本って国を知っていますか?アースナル国は地球上の国ですか?あ、もしかしたら宇宙の他の惑星とか?え、でも言葉通じていますよね?この場所も映画のセットとかじゃなくて?そもそも……私が曲がる路地を間違えたとか?この家の前の道を戻ればおうちに帰れる……」


彩綾は不安の波に飲み込まれまいと、思いつくまま言葉を紡いだ。


「おい!……おい!落ち着けって!!」


思わず項垂れた彩綾の焦る心情を嘲笑うかのように、お腹がクゥーと鳴る。


なんて緊張感のないお腹!

恥ずかしい!


頬に熱が集まる。彩綾はお腹を抑えて下を向いた。

間違いなくお兄さんにも聞こえているだろう。


でも、おかげでパニック状態から我に返った。


「不躾に突然申し訳ないのですが……家に入らせてもらえませんか?」

「は?」

「寒くて……」


お兄さんがジロジロと、スーツ姿の私を上から下まで見た。


「私……彩綾って言います。家に帰る途中だったのに、突然この場所に来てしまって……。帰りたいのは山々なのですが、帰り道が全然わからなくて……。せめて……せめて玄関先でいいので、明け方まで置いていただけませんでしょうか」


胡乱げな視線を受けながら、必死に言葉を紡ぐ。


どう見ても、今の彩綾は不審者だ。

自分だって、夜中に突然家を訪ねてきた見知らぬ人から、ここはどこかなんて聞いてこられたら速攻警察に通報する案件だ。


どうしよう……どうすればいいんだろう。

初めて出会った青年を頼るしかない状況に心細さが募ってきた。

ぎゅっとスカートの裾を握りしめる。


しばらく沈黙していたお兄さんが、気が抜けたように呟いた。


「あんた……迷い人……か?」

「え?」

「……まぁいい、入れ」

「いいんですか?」

「……あんたが入りたいって言ったんだろう?」

「はい!ありがとうございます!!」


ため息まじりの声を出したお兄さんが、扉を開けてくれる。


ペコリと頭を下げ「お邪魔します」と言いながら中へ入ると、玄関から入ってすぐに広いリビングが広がっている。

整理整頓が行き届いた居心地の良さそうな家だった。



「適当に座ってて」


リビングを見渡すと、壁沿いに置かれているソファーが目に入ったので、そっと端に座る。

程なくして、お兄さんが湯気が立つカップとパンが一つ載ったトレーを持ってきてくれた。


「今すぐ出せるのはこれしかないんだ。口に合うかわからないが」


お腹が鳴ったから気にかけてくれたんだ。

優しい人なのかもしれない。


「ありがとうございます。いただきます」


お礼を言ってパンに手を伸ばす。

美味しい……。

柔らかくて優しい味がする。


「お前はどこから来たんだ?」

「……日本という国です。仕事帰りに家に帰ろうと思っていつもの角を曲がったら、この家の前の道路にいました」


きっと信じてもらえないだろうな……。

どうしよう、追い出されてしまうのだろうか。



「……その格好といい、その状況といい、あんたは迷い人なんだろうな」」


迷い人?

さっきもそんな言葉を言っていたよね。


「迷い人? 確かに迷子ですけど……」

「こことは違う世界から来た人っていうことだよ」


違う世界……。

確かに、そのほうがしっくりくる。

って、いやいや……あれは物語の話で、現実に起こるはずがない。


でも……どことなく気がついていた。

そろそろ……ずっと感じている違和感を認めなきゃいけないかも。

ここは私がいた世界とは違うって。


お兄さんの榛色の瞳が戸惑いながら彩綾を見つめる。


「……今夜はここに泊まるか?」

「……」


思わずお兄さんの顔を見つめ返す。


外で寝るなんてことをしたことがないから、どこか温かい場所を求めてこの家の扉を叩いたのは彩綾自身だ。

多分彼は一人暮らしだろう。他に人がいる気配がない。


きっと……彼は大丈夫だろう。

男性の一人暮らしと言う状況に警戒心が働いてしまうけれど、背に腹は変えられなくて、彩綾は都合良く考えてしまう。


「……よろしくお願いします」

「この家には俺一人しかいない。案内する部屋には鍵がついている。もちろん、あんたに何かするつもりは毛頭ないが心配なら鍵をかけておけ」


彩綾の心の葛藤を見抜いたかのように、お兄さんが事もなげに言い放った。


「……はい。お気遣いありがとうございます」


無愛想だけど、優しい人なのだろう。

最初にこの人に出会えてよかった、のかもしれない。




「しばらく使っていないから埃っぽいかもしれないが、今夜は我慢してくれ」


案内された部屋は、女の子の部屋と一眼でわかる内装だった。


棚からブランケットを取り出しベットの上に置き、部屋を去ろうとするお兄さんを彩綾は慌てて呼び止める。


「あの……お名前を伺ってもいいですか?」

「……テオ」


相変わらず表情が読めない顔でぼそっと呟く。


「テオさん……。私は彩綾です」

「……さっき聞いた」


覚えていてくれたんだ。


「今夜はお世話になります。ありがとうございます」

「……ああ」

「……あの!」

「なんだ?」

「おやすみなさい」


彩綾の呼び止めに驚いたようにテオが目を見開いた。


「……おやすみ」


言い捨てたような言い方だったけれど、思いがけず優しい声音だった。



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