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1・・異世界転移って夢じゃないの?

数ある作品の中、立ち寄ってくださってありがとうございます。



疲れた……。

新年度を迎えた今月は残業続きで、彩綾(さあや)は身も心もくたくたに疲れていた。

何度目かのため息をマスクの下でひっそりと吐き出しながら、漸くホームに現れた終電近くの電車に乗り込む。


『ため息をつくと幸せが逃げる!』と親友のエイミにいつも怒られていることをふと思い出した。


─エイミ、これは違うのよ。

ため息じゃなくて深呼吸みたいなものなの。

心の澱を吐き出しているの。


同じ車両の、楽しそうにほろ酔い気分で喋っている人たちを横目で見ながら、心の中でエイミに言い訳をする。


そういえば最近飲みに行っていないなぁ。


仕事が忙しいのもあるけれど、彩綾には飲みに行く相手がいない。

親友のエイミは新婚で妊娠中。

彩綾に恋人はいない。

仲の良い友人や同僚達は、大抵それぞれの恋人と週末を過ごすのに忙しくてタイミングが合わない。


─いいんだ。おひとり様も最高だし。


待ちに待った週末。ずいぶん溜まってしまっている、見たいドラマを片付けるのもいいし、積読もたくさんある。


とりあえず、今夜はダラダラゴロゴロしよう。

一人暮らしの特権は、好きなだけだらけて過ごすことができることだと思う。

奮発してコンビニで高額スイーツを買って帰ろうと思い付くと、少しだけ気持ちが軽くなった。



地元の駅で降りた彩綾は、家の近くのコンビニでどんなご褒美スイーツを買おうかなぁとぼんやりと考えながら家までの道を歩いていた。


信号待ちで、ふと頭上を見上げると煌々と輝く満月が目に入る。


「綺麗な月」


月の神秘的な輝きが彩綾は好きだ。

ご利益があるのかないのかわからないけれど、美しく輝く月を見ると願い事をしてしまうのは小さな頃からの密かな癖。


『どうか、幸せな人生が送れますように』


恋人はいない。

出会いもない。

欲しいと焦ってもいない。

仕事は忙しくて大変だけれど、嫌いではない。

だから、一人でも自分が幸せだと思う人生が送れたら、それでいい。


信号の色が変わり、歩き始めた彩綾はカバンからピコンと鳴ったメールの着信音に気がついた。

表示を見ると、親友のエイミからだ。


『お疲れ様。今夜の月は見たかな?綺麗だよ』

『うん、願いごともバッチリした』

『私もお願いごとしたよ。彩綾のことも願った!』


エイミも彩綾と同じように、月に願いごとをする派だった。

エイミは彩綾の何を願ったのだろう。


『今夜、そっち行ってもいい?』

『いいけど、何かあったの?』

『ううん、聖那(せな)が出張でいなくて寂しいからさ』

『わかった、待ってる』

『実はもう近くにいるの』

『こっちももうすぐ家に着くところ。気をつけて来てね』


エイミは聖那を運命の人だと言って憚らない。高校の時から付き合っていた二人は少し前に籍を入れたばかりだ。


─『運命の人』ねぇ。


彩綾は何人かと付き合ったことは経験はあるけれど、長続きもしないし、恋焦がれる気持ちを持ったこともない。

エイミや他の人の話を聞いていると、誰かに心を奪われるような想いを持つ自分が想像できない。


「もし本当に私にも『運命の人』がいるのなら会わせてください」


何気無しに月を見上げて呟いたあと、自分の行動が思春期すぎて苦笑する。


携帯をカバンに戻し、コンビニとアパートがある路地の角を曲がった瞬間、足元からゴォッと旋風のような突風が吹き上がった。

彩綾の長い髪の毛が風で舞い上がる。


「きゃっ!」


突風に煽られた彩綾は肩から下げていたカバンを抱え体をすくめた。

「彩綾!」とエイミの声が聞こえた気がしたけれど、目が開けられない。


突風は、彩綾の全身を包み込むかのように下から上へと移動すると消えていった。


「今のはなんだったんだろう。びっくりした」

顔をあげた彩綾の目に広がっていたのは……。


「え?ここどこ?」


あるはずの、見慣れたコンビニの看板が見当たらない。彩綾の住むアパートはどこにもない。

まるで昔のヨーロッパの街並みを思わせる平家が道沿いにぽつぽつと並んでいる。


「やだ、私、道を間違えた?」

一歩後ろに下がった瞬間、いつもとは違う感触が靴の底から伝わってきた。


「?」

足元を見ると、アスファルトで舗装された道路ではなく、砂利や小石が敷き詰められている。


慌てて彩綾は辺りを見渡した。

駅に続く比較的交通量の多い道がすぐそこにあるはずなのに。

目の前に広がるのは、平家が並び遠くに草原が見える、牧歌的な景色。


「どこなの?ここ……」


キョロキョロと辺りを見回しても、見慣れた景色は見つからない。

頭の中で、何かおかしいと警報が鳴っている。

心臓がバクバクと音を立て、冷や汗が背中を流れ落ちていく。


「街灯がないのに……明るい?」


もう真夜中に近い時間だというのに、街灯が無い中で建っている家の輪郭がよく見えることに違和感があった。

流石に遠くまでは見えないが、まるで街灯が灯されているような明るさだ。


何気なく目線を上に向けると、輝く光を放つ大きな月が目に入った。


「月が大きい!!」


あれ?今夜ってスーパームーンだっけ?

違う!!!そんなスーパームーンとかの大きさじゃない。

もっともっと大きい!


まるで陽が昇っているかのような角度で、横から家々を煌々と照らしている。


えっと……これは現実なんだろうか。

もしかしたら、電車の中でうたた寝してしまったせいで、変な夢でも見ているのだろうか。


「夢なら覚めて!早く!」


ほっぺをつねってみても、ほっぺをパチパチと叩いてみても……一向に夢から覚める様子がない。


「まさか……現実?……な訳ないよね。夢だよね。だって・・私、もう少しで家に着くはずだったのに。なんで?」


夢じゃないとすると、ここはどこだろう。

不安と恐怖で胸が押しつぶされそうに苦しくなる。


不意に、彩綾の体がブルっと震えた。

─肌寒い。


彩綾は一度目を瞑って深呼吸を何度か繰り返した後に、ゆっくりと目を開く。


……残念ながら、それで状況が変わることはなく、目に映る景色は同じ。


「よし!まずは今夜の宿探しだ!」

どうにかして、落ち着ける場所を探さなきゃ。


考えても答えが出ないことにぶち当たると、人はどうやら深く考えることを放棄できるようだ。

まずは差し迫っている寒さ問題を解決しなくては。

状況が不可思議すぎて、ちょっと脳内のメーターが振り切れたみたいだった。


とりあえず、温かい場所に行きたい。

最終手段にせよ、外で寝るのはできれば回避したい。


まずは……誰かいないかな。

ここがどこなのかも聞きたい。

ついでに今夜の宿もお願いできないだろうか。


─突撃あるのみ!


覚悟を決める。

突撃先を見定める為にキョロキョロと周りの家を観察すると、遅い時間のせいか立ち並ぶ家のほとんどは灯りがついていなくて真っ暗だ。

明かりがついている家は一軒しかなかった。


あの家を訪ねてみよう。


近づいてみると、路地に面した窓辺に優しい小さな光を見つける。

蝋燭の炎のようだ。

他の窓からは光が漏れている。

きっと家に誰かいるはず。


唯一灯りがついている家の扉の前で彩綾は何回か深呼吸をして気持ちを整える。


そういえば、窓辺に置く光は『あなたを待っています』って意味だと聞いたことがある。

ここの家の人は誰かの帰りを待っているのかな。


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