04盗賊娘、投げ落とされる
サブタイトルの通りです。
04
貧民街のその広場には、かつて小さな池があったそうだ。
いまとなっては水はとっくに枯れ、大きなくぼみが残っているだけ。
ちらほら人が見られる程度の、静かな場所だった。
騒然としていた────。
長い棒を持った盗賊が25人、それに対抗して警邏の兵が30人以上。
右から左、左から右へと駆け回る大乱闘。
少女は、離れた建物の影からその様子を見ていた。
「えらい事になっている……」
盗賊共は武器を持っているから、警邏は一切容赦しない。
馬乗りになって殴るわ、蹴るわ。
棒を奪って、囲んで叩くわ。
広場が赤く染まり、戦場そのものだった。
少女は先輩の作戦通りに、騎士を広場に連れてきた。
その流れで離れた所に逃げたわけだが、振り返った途端この惨事だ。
(これは……逃げないと……っ!)
早く離れなければ、自分も巻き込まれてしまう。
そう考えた少女は足早にその広場を去った。
◆
古い2階建ての家屋の屋上────。
枝と端材の屋根で囲まれた空間。
少女の住処だ。
少女はそこで横になっていた。
こういう時は、とにかくほとぼりが冷めるのを待つ。
数日の間、残党がいないか見回りがされるはずだ。
だから、外に出ないのが得策だと知っていた。
しかし、大勢の悪党が捕まっているのに、その中にいた自分だけが無事だというのも、これは怪しい。
盗賊組織の幹部は、警戒心が強い。
怪しまれたら、徹底的に絞られる。
狭い業界だ。
噂が回って、騎士と繋がっていたことがバレることもあり得る。
(……今晩だ……今晩、どこかに逃げよう……2区画も離れれば、別の盗賊の縄張りだし……追って来ないはずだ……)
それまでは、余計な体力を使わないために横になる。
目を閉じて、震えながら眠った。
────ふと、目を覚ました。
外の明るさを見るに、1、2時間経過したようだ。
コツ、コツ……と、足音が聞こえる。
キィィ……と、ドアが開く。
「誰……?」
少女は目をこすった。
まさか、家主が家賃の催促に来たのだろうか。
仕方なく起き上がり、顔を上げてみる。
そして、足音の主の姿を見て、頭が真っ白になった。
あの騎士だ────。
何度も何度も顔を会わせ、痛い目に遭わされは騎士がそこにいた。
「見つけたぞ。小娘」
「えっ……あ、えっ……な、なんでっ……なんでっ!?」
何が何だかわからない。
どうしてこの住処を知っているのだろう。
パニックだ。
「あっ……へ、あ、ひゃっ……」
声に鳴らない声で呻く。
「お前が逃げていく姿が見えたから追ってきた」
「そんな、なっ……だ、誰もいなかったのに……」
「浮浪者にいくらか小銭をやったんだよ。すぐに見つけてくれた」
「ぐっ……」
「どうせ夜逃げでも考えてたんだろ。まぁ、あとで捨てるつもりだったからそれは構わないが……あの場から勝手に逃げ出したのは良くないな」
騎士が鋭い眼光を向ける。
少女は溜まったものではない。
「ひぃッ!」
反射的に立ち上がり、騎士に背を向けて逃げた。
屋上なので、どの方向に走ったって柵がある。
少女はそこを飛び降りようと考えた。
しかし、実際に越えようと柵の前まで来ると、足がすくむ。
2階の屋上だ。
ハシゴもローブも無い。
生身で飛び降りるのは、かなり勇気がいる。
「うぐっ……」
無理だ────。
柵に手をかけ乗り越えようというところで、少女はそんな風に思ってしまった。
とても、動けない。
乾いた風が、やけに冷たく感じる。
後ろから声がかけられた。
「そこから逃げるつもりだったのか」
「ひっ……」
振り返ると、手を伸ばせば届く距離に騎士が立っている。
背後は軒の手前で逃げ場が無い。
「くっ……くそぉっ!」
少女は屋根を支えている木の棒をひとつ取った。
「ただでやられると思うなよっ……く、来るなぁっ……」
ブンブンと棒を振り、威嚇した。
しかし、騎士は全く意に介さない。
少女に、本当に殴って刃向かう勇気など無いとわかっていたからだ。
「ひッ……うわぁ! このぉっ!」
少女は目をとじて、大ぶりで棒を振り下ろす。
騎士は頭部を反らし、それを革鎧の胸の辺りで受けた。
ベチンっ……と間の抜けた音。
まるで効いていない。
同時に騎士は、少女からその棒を奪った。
そして、素早く鞭のように振った。
パシンっ、パシンっ、と風を切りながら少女の肌を叩く。
「えっ……あっ────ひぃっ! 痛いぃいい!」
腕、脚、頬に大きな赤い跡ができた。
ほんの4,5回打たれただけで、少女はダンゴムシのように丸くなって、音を上げた。
「やめてぇええっ! ごめんなさいっ! もう、刃向かいませんっ! 許してぇええっ!」
「逃げたいなら手伝ってやるよ」
「なにを────うぁあああっ!」
少女は、騎士に体を持ち上げられた。
重力が消えたかのように身が軽くなる。
そのまま、体が柵を越えていた。
「嘘っ……きゃぁああああっ!」
落ちる────。
そう思った直前で、止まった。
騎士が少女の腕を掴んでいた。
足の先が、ギリギリで屋根の軒先に引っかかっていた。
数メートル下は地面。
騎士に手を離された瞬間、落ちてしまう。
これでは暴れることもできない。
少女は硬直してしまった。
「あっ……ああっ……」
「さて、どうしようか」
「ひっ……やだっ……離さないでっ!」
「自分で降りようとしたんだろ。なぁ?」
「無理、無理っ! ねぇ、騎士様、降参しますっ……おとなしくしますからっ……助けてくださいぃ……」
「そういう台詞、何回聞いたっけな」
「ひぃい~っ! 何でもするっ! 何でもしますからっ!」
「お前に何ができるんだよ」
「えっ、何って……えっと、その……」
金だとか、体だとか口にすれば、逆に怒らせるだろう。
だからといって、対等に取引する情報も持っていない。
少女は絶句してしまった。
「じゃあ、落とすしかないな」
「待って……っ! 助けっ……助けて……お願い────」
「その台詞も聞き飽きた。まぁ、下は砂だ。足から落ちればたぶん無事だろ」
騎士は腕を揺らした。
すると、それによって支えられていた少女の体も不安定になる。
「ひぃあああっ……やめてっ! やめてっ! うわッ────」
軒に引っかかっていた足が滑った。
ガクンッと少女の体は落ち、騎士の腕にぶら下がっている状態だ。
「ああっ……ひぃいいいっ! 助けてぇええっ!」
少女は必死に騎士の腕にしがみつこうとする。
騎士はそれを振り払った。
「じゃあな」
「あっ────」
悲鳴を上げる暇も無かった。
少女は数メートル落下し、足から地面にぶつかった。
膝から腰、腰から上半身へと、体を順々に地面にぶつける。
ドサッ────と、うつ伏せに倒れた。
「……っ……がっ……」
どうやら、意識は残っていたらしい。
指先が震えている。
浅い呼吸をしていた。
足首が腫れ上がっていたのは、捻挫したのだろう。
逆に言えば、それだけで済んだのだ。
動けないことには変わりないのだが。
「ほら、無事だった」
騎士はそれを確認し、その場を去った。