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02盗賊娘、鼻っ柱をへし折られる

サブタイトルの通りです。

   02


 同じ場所で、複数の人間が盗みをやっていたら、何かと都合が悪い────。

 他人の罪で捕まるかもしれないし、仕事をしようとした場所が荒らされているかもしれない。


 同じ場所にスリが2人居れば、まず揉め事が起こる。

 3人いたのなら、派閥が生まれる。

 誰かが警邏に密告し始めた日にはめちゃくちゃだ。


 そこで、いくつかの〝盗賊〟という組織が、小悪党どもを管理していた。

 ここはお前の縄張りで、あそこはお前の縄張りだと振り分ける。

 小さな揉め事も、組織ぐるみで解決する。


 決まり破ったものがいれば、すぐに追い出される。


 これは、小悪党側からしても、有り難いものだった。

 自分がどこかの組織に所属していれば、その威を借りて身を守れる。


 盗賊組織は、その見返りに上納金を支払わせていた。

 これも払えなければ追い出される。


 少女は焦っていた────。


 先日、騎士にひどい目に合わされてから、仕事をしていない。

 盗みをしようと思うだけで、利き手が震えて、動けなくなってしまうのだ。


 あの男の顔が、脳裏に焼き付いていた。

 これでは、何もできない。


(上納金が払えない……っ!)


 これは死活問題だった────。

 元より、スリなど稼ぎが出るかは運次第なところがある。

 金を持っているか、人通りはどうか、すべてその時次第だ。


 だから、ノルマはそれほど厳しくない。

 払える時に、多く払えばいい。


 狭い業界なので、どれだけ稼いだかなど、仲間内ではわかるもの。

 大金を手にしておいて、〝最近は稼ぎがありません〟なんてほざこうものなら、たちまち身包みを剥がされる。


 少女には、たった一度だけ、一切の稼ぎを出せなかったことがある。

 雨が続いて、出歩いている人間自体がいなかった。

 それが理由になって、見逃してもらえた。


 しかし、今回は……。


(〝騎士に捕まりました〟……と正直に言っていいものか……)


 末端のメンバーである少女は、直接幹部に会えることはない。

 自分の上に先輩がいて、先輩の上にそれをまとめる人がいて……

 組織の構造は、これ位の事しかわからない。


 迷った末、少女は自分の先輩に正直に話すことにした。

 すると────。


「お前もか……」


「〝も〟……というのは……」


「お前、その騎士に何て脅された?」


「……き、利き腕を全部へし折るって……」


 右手を抑えながら、絞るように答える。

 思い出すだけで冷や汗が出た。

 仲間に嵌め直してもらった左肩だって、まだ違和感が残っている。


「そうか。実はな、最近この辺りの区域に新任でやってきた騎士が、あちこちで同じ脅しをかけているらしい。きっと、同じ奴なんだろうな。一昨日、それでも盗みをやった奴が、利き腕をズタズタにされた状態で見つかった」


「ひッ……」


 少女は自分のことのように怯える。


「だが、上だって黙っちゃいねぇはずだ。騎士が相手とはいえ、こうも縄張りを荒らされちゃあ、示しがつかねぇ」


「では────」


「〝騎士狩り〟を雇うらしい」


「……っ!」


 〝騎士狩り〟というのは、少女らの組織とはまた別の組織の集団で、その名の通り騎士を襲撃する武闘派だ。


 とはいえ、あまりおおやけに騎士を襲えば、国が本気で動いてしまう。

 なので、そうならない程度に脅しをかけ、目立たないように痛めつける……そういうことを、金で請け負う危険な者達だった。


「あ、あいつらをっ……」


「幹部が金で雇うらしい。もうしばらくしたら、そいつらが騎士をわからせてくれる。すぐに、仕事が再開できるだろう」


 〝騎士狩り〟は、コソ泥でしかない少女からすれば、騎士と同じくらい恐ろしい存在だ。

 しかし、このときばかりは頼もしい。

 この時は、これで一件落着だと思った。


   ◆


 例の騎士が、いつもの見回りで市街地を歩いていると、路地にいる気配に気づく。


「んっ……あいつ……」


 それは例の盗賊の少女だった────。

 何かを物色するように、路地の影から店を覗いている。

 しばらく観察していると、目が合った。


「あ……っ!」


 少女はいきなり背を向けて走って逃げた。


「懲りない奴だな」


 騎士はそれを追いかけた。

 少女は品定めをしていたのだろうと、考えた。

 盗みをする直前だ。取り調べをするには十分な理由である。


 体力の差は歴然。

 騎士は皮の鎧と剣を腰に掛けているが、とてつもなく身軽だった。

 すぐに路地に入って、少女の姿を見つける。


 それがが曲がり角に入る姿を見逃さない。


 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 少女は、いくつも角を曲がる。

 それでも騎士は距離を詰めてしまう。


「ひぃっ……ひぃっ……」


 息を切らした少女は、ある建物に逃げ込んだ。


 繁華街の通りの裏側────。

 何かの店の裏側だ。

 見たところ、倉庫らしい。


 家々は、長屋のように並んでいるため表側を確認することはできない。

 何の店かはわからないが、ここに少女は逃げ込んだ。


(何か……企んでやがるな……)


 騎士はゆっくりとドアを開け、中に入った。


 中は薄暗い────。

 いくつもの木箱から、食べ物の匂いがする。

 問屋であろうか……。


(何の店だろうが、裏口の鍵を開けておくなんてことはあり得ない。あの小娘のグルか、それとも……)


 騎士が、ゆっくり中に入ると……。


 バタンッ────と、急に扉が閉められた。

 扉の向こうから、ガタリ、ガタリと音がするのは、カンヌキでもされているのだろう。

 確認するまでもない。

 閉じ込められた。


「…………。」


 騎士がじっとしていると、物陰から男達が現れた。

 右から3人、左から3人。

 正面にも、リーダー格らしき男が1人。


 どれも、騎士にも負けない大男。 

 加えて角材を手にしている。


 騎士は腰に剣を掛けていたが、それに手をやらなかった。

 抜かないのは〝恥〟という概念があるため。

 下賎なものに剣を使うのは、警邏とはいえそうできない行為だった。


「やれっ!」


 リーダー格の〝騎士狩り〟が叫んだ。

 右から3人、左から3人が襲いかかる。


 少女は、倉庫の奥からその声を聞いていた。

 騎士をおびき出すのが彼女の役目。

 あとは、リンチが完了するのを待つだけだった。


 息をひそめていると、叫びが聞こえる。


────ぐわぁあああっ!

────いでぇええっ! やめてくれっ!

────悪かった……悪かったぁ……っ!


「ざっ、ざまあみろ……っ!」


 少女はほくそ笑んでいた。

 思わず口角が上がり、踊りだしそうになる。

 自分を痛めつけた人間が、酷い目に合っているというのは、なんと楽しいことだろう。


 あの騎士が、いま一体どんな情けない面をしているのだろう。

 気になった少女は、物陰からスッと顔をのぞかせた。


「ぐげぇ……ぐへっ……」


 リーダー格の男が、一方的に殴られていた。

 騎士に馬乗りにされて、血まみれになっている。


(えっ……)


 床には、すでにやられた6人の〝騎士狩り〟が転がっている。

 白目を剥いていたり、泡を吹いていたり。

 おそらく、どれも一撃でやられたのだろう。


(う、嘘っ……7人の大男を、一方的にっ……)


 少女の視線に気づいたのか、騎士はバッと顔を向けた。


「ひッ……」


 少女はすぐさま物陰に隠れた。

 一瞬であるが、確実に目が合った。


(────やばい……やばい、やばい、やばいっ!)


 四つん這いで、倉庫の奥を目指す。

 しかし、その先に逃げ口は無い。

 店内へと続く通路は反対側だし、裏口の方には騎士がいる。


「あっ……ああっ……」


 パニックになった少女は、必死に窓を探した。

 それか、床下でもないかと床板を探る。

 真後ろに、足音が迫った。


「なんだ、逃げ道も用意してなかったのか」


「ひぃッ……」


 振り向くと、騎士がいる。

 少女は後退りした。


「騎士様っ……やっ、待って、違う、違うんですっ……」


 屈強そうな大男達があの有様だ。

 自分など、どうなってしまうだろう。


 背中に壁がついても、足は後ろに下がろうと床を擦った。

 当然、逃げられない。


 騎士がどんどん迫ってくる。

 少女は両手を上げた。


「ひぃいッ! 待ってっ! 降参っ……降参ですっ……お強い騎士様に本気で殴られたら、私なんかぽっきり折れちゃいますっ! 私、戦いませんからっ! ねっ? だ、だから────」


 反抗の意思はないと、必死に首を横に振る。

 その声を無視して、騎士は少女の胸ぐらをつかんだ。

 拳を固めて、振りかぶる。


「がぁっ……いぃいっ……」


 暴れてもがいて逃れようとした。

 だが、大の男と、小柄な女だ。

 抵抗が抵抗になるはずもない。


「やだっ……助けっ────」


 振り下ろされた拳は、少女の頬をかすめた。


 真横にあったのは、壁板を支える太い支柱。

 これに拳が当たったかと思うと、ベキベキッ────。


 普通、柱を殴ったら、〝ドンッ〟とかそういう叩く音がするものだ。


 しかし、少女が目を向けると、折れた木の繊維がむき出しになっていた。

 枯れ木などではなく、建材の丈夫な木材のはずだ。


(化け物っ……ど、どんな馬鹿力してっ……)


 少女の全身から力が抜ける。

 掴まれていた胸ぐらが離されると、その場にどっさりとへたり込んでしまった。


 上から、騎士が睨みつける。

 何も命令されていないが、少女は勝手に事情を喋り始めた。


「あのっ……あ、あいつら……〝騎士狩り〟っていうんです。私とは違う組織の奴らで、私の上にいる人が雇ったんです……」


「見ればわかる」


「ひぃ、ごめんなさいっ……」


「で、お前もそれに協力したんだよな」


「違っ……違うんです。事情があるんですっ……」


 このままでは、ひどい目に遭うと思ったのだろう。

 青ざめた少女は、慌てた様子で言い訳する。


「たまたまなんですっ……たまたま、本当に偶然、私がやることになったと言いますか。〝騎士狩り〟を雇う時、偶然その場にいただけなんですっ! 私、女だから目立つだろうって……それで、おびき寄せるように命令されただけで、仕方なく……っ!」


「何も違わないじゃないか」


「あっ……いえっ……だ、だって……」


「だいたい、お前もこのリンチがうまくいって欲しかったんだろう? そうすればコソ泥も再開できるし、何より気分いいもんな」


 指摘された少女は、目を伏せる。

 涙を浮かべながら、今度はへつらうような口調になった。


「ま、まさかぁ~……だ、だってぇ、この前充分に痛い目に遭いましたしぃ……騎士様には逆らいたくなかったに決まっているじゃありませんかぁ……」


「…………。」


「本当は、こんなつもり無かったんですよぉ~……ただ、あんな大男7人に凄まれたら、私みたいな小柄な女じゃ逆らえませんよ……ねっ? お、脅されたんです……そう、私ってむしろ被害者────」


「…………。」


「あっ! いえっ! い、言い過ぎましたっ……ごめんなさいっ、悪気は無いんですっ! 本当です……信じてください……」


「罪は罪だ。右手出せ」


「……へっ?」


「右腕の骨、全部折るって約束しただろ。まさか、盗みじゃないから無しなんて思ってないだろうな」


 ぞわり────。

 少女から、作ったへつらい笑いも失せる。


 歯を震わせて鳴らした。


「いや、でもっ……盗みは……してな……」


 問答無用で、騎士は腕をつかんだ。


「ひッ……いやぁああっ! 待ってっ! 何でもするっ! 何でもしますからっ────」


「お前なんかに何ができるんだ」


「それは、その……えっと……」


 騎士が人差し指に手をかける。

 少女は反対の手を使い抵抗するが、騎士の腕はびくともしない。


「あっ……あっ、うあっ……」


 必死になった少女は、自分に差し出せる最大のものを考えた。

 それが────。


「そ、そうだ……騎士様っ! 私、スパイになりますっ! うちの組織に何かあったら、情報を流しますっ! 私、騎士様に服従しますっ……だ、だから……」


「…………。」


「それに、私なんかを痛めつけるよりも、あの〝騎士狩り〟どもを全員連行した方が、きっといいですよっ! あいつらのこと、拷問とかしたらいい情報を吐くと思いますっ! そうですよねっ!」


「…………。」


「じ、実は、そ、そこに長いロープがあるんです……まとめて縛っちゃいましょうよ……私も手伝いますから……私、騎士様に逆らいません。騎士様のために、働かせてくださいっ!」


「────なら、次に〝騎士狩り〟が雇われた時、俺に教えに来い」


「……へっ……えっ……き、〝騎士狩り〟を……?」


 次に〝騎士狩り〟が雇われた時、それを伝える……。

 それはつまり、自分の組織を裏切るということ。

 密告をしろというのだ。


「できないのか。なら────」


「いえっ! やりますっ……騎士様のためにやりますっ……」


 少女は小刻みに何度もうなずいた。

 この男を敵には回せない。

 いまも、指を掴まれたままだった。


「いいだろう。少しの間、その右腕は預けてやる」


「ありがとうございますっ……へへっ……」


「ただ、そうなるとお前だけ無傷なのもおかしいよな」


「……はいっ?」


 騎士の拳が、目にも留まらぬ速さで、少女の顔面を捉えた。

 鼻が、へし折れた。


「うぎゃっ────」


 そのまま床に転がされる。

 鼻血が床を真っ赤に染めた。


「ああっ……がぁっ……」


 少女が鼻を抑えているうちに、騎士はロープを使って7人の〝騎士狩り〟をひとりずつ縛った。

 そうして、まとめて連行してしまう。

 扉にはカンヌキがあったが、力ずくで壊したらしい。


 顔と両手を血で染めた少女は、数十分後にようやく立ち上がる。


「うぐっ……くそっ、こんなはずじゃ……」


 そして、騎士とした約束を思い返す。

 〝騎士狩り〟が雇われた時、それを密告する……。


 とっさに口走ってしまったが、そんな事できるはずもない。

 ばれたら、自分が制裁を受けるのだ。

 想像するだけで、震えが止まらなかった。


 溢れる涙で、顔の血が洗われた。


「ど、どうしよう……」

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