01盗賊娘、左肩関節を外される。
タイトルとサブタイトルの通りです。
01
ある王政国家────。
緑の山々に囲まれたその土地は、広く開拓されたのだろう。
城壁の内側、民の住まう城下は、黄色い砂地を露わにしている。
外門から、丘の上の城塞まで続く広い道路。
繁華街として栄え、多くの町民が暮らしていた。
しかし、ひとたび路地に入ろうものなら、入り組んだ貧民街に迷い込むこととなる。
その奥には、警邏ですら容易に入り込めない。
暗い路地裏────。
一人の少女が金勘定をしていた。
滑らかな布でできた巾着のようなもの、すなわち財布から、金や銀の貨幣、さらには宝石を取り出す。
その輝きに、少女はよだれを垂らしていた。
「こっ、こんな物までっ……へへ、へっ……」
彼女の服は煤けていて、小さな穴まで開いている。
貧民街の人間だ。
だから、そんな高級な財布を持っていることはおかしい。
誰がどう見たって、財布を盗んだあとだった。
路地裏から顔をのぞかせて、スキがある者に手を伸ばす。
そんなやり口で生活をしている。
盗賊の中でも下っ端の、上納金を支払って縄張りで仕事をするコソ泥だった。
少女は、ポケットに金目の物を突っ込んで、残った布袋を眺めた。
「あ~あ……もったいないなあ……」
自分の服より輝いている生地。
刺繍による装飾。
ただの布でも、彼女にとっては高級品だ。
しかし、こんな物を持っていては、自分が盗みをしたと証明しているようなもの。
少女はその布袋を適当に投げ捨て、路地の闇へ向かった。
そこで、後ろから声をかけられる。
「────おい、落としたぞ」
男の声だった。
少女は肩をビクリと震わせた。
恐る恐る、振り返る。
「ひッ……」
目にした相手の姿に、背筋を凍りつかせた。
機動性に優れた革の鎧と、丈夫な制服のズボン。
何より、腰にかけた剣。
この国で剣の所持が許されるのは、公務に携わるものだけだ。
(け、警邏の騎士っ……そんなっ……)
城下の秩序を守る警邏隊を束ねる、騎士の格好をしていた。
少女のような身分の者からすれば、目にするだけでも恐ろしい。
いつだったか、パンを盗んだ人間が捕まってたのを見た。
数日後に、その者はズタボロにされて路上に放置された。
そんな人間を、何度も目にしている。
「おい、落としたぞ」
その騎士が、いま自分が捨てたばかりの財布を手にしている。
それを差し出して、歩み寄ってくる。
「お前が落としたんだろ。見てたぞ」
「~~ッ!」
見られていた……もう、知らないフリはできない。
「受け取れ。お前のだろ」
「あ……あ、ありがとうございます……騎士様……」
少女は両手で受け取り、深く頭を下げた。
顔を見られては、動揺している表情が見られてしまう。
すでに、泣きそうだった。
(つ、捕まったら……終わるッ……嫌だ、嫌だ……)
しかし、両手が震えていた。
声が、詰まっていた。
緊張で息が乱れていた。
これを見逃す人間はいない。
「それにしても、ずいぶん立派な財布を持っているな。身分に似つかわしく無いようだが」
「……い、いえ……そんなっ……」
「まさか、盗んだんじゃないだろうな」
「……ッ!」
ここで認めたら、確実に罪に問われる。
少女は必死に考えて、その場に跪いた。
「────お、お許しください、騎士様っ! じ、実はこの財布は拾ったものなのでございますっ……つっ、つい綺麗だったので手に取ったのですが、私のような者がこれを手にしていたら、スリと疑われるものです。そ、それで即座に手放したのでございますっ!」
布袋を差し出しながら、そう叫ぶ。
「ほう。では、お前はスリではないと」
「は、はいっ……わ、私などに、そのようなことはできませんっ……」
「俺はお前がそこの店の前で、男から財布を奪うのを見ていたんだがな」
「……えっ……」
「ポケットの中身、見せてもらうぞ」
見られていた────。
わかっていて、逃さないためにあんな風に声をかけたのだ。
「……ああっ……ひぃッ!」
少女は即座に立ち上がった。
騎士に背を向けて駆け出す。
しかし、そんな事だろうと思っていた騎士は直ぐ様手を伸ばし、少女の腕を掴んだ。
「ひッ……やだっ! は、離せっ!」
少女は暴れるが、もとより男と女。
大柄な鍛えた体躯と、細腕では力の差は明らかだ。
騎士は、もがく少女の首根っこを掴み、そのまま横のレンガ壁に叩きつけた。
ガツンッ────。
遠慮無しに、胸かえあ全身に衝撃が走る。
「がぁっ……」
痺れが広がって、力が抜けた。
その一瞬に、左腕を後ろにひねられた。
さらに体ごと壁に押し付けられて、抑え込まれる。
こうなると、身動きが取れない。
「あっ……かぁっ……」
息が苦しい。
体がのけぞった姿勢のままどうにもならない。
右腕は自由だったが、それで抵抗できるはずもなく。
「……助けっ……助けてっ……」
何度も壁をたたき、降参の意を示した。
騎士は、少女のポケットを弄った。
中にあったのは当然、金銀の貨幣に、宝石。
騎士はそれを、少女の顔の前に突き出す。
「これは何だ」
「いッ……ちっ、違うっ! 違うんですっ! やめてぇっ!」
「何が違うんだ」
「あのっ……その、えっと……」
何も違わないので、反論できない。
少女は、涙目で必死に懇願する。
「待ってください……は、半分っ……いえっ、全部差し上げます。だから、見逃し────」
そこまで言ったところで、さらに左腕をひねられた。
「ぎゃぁあああっ!」
ビクンッと体をのけぞらせ、その状態で硬直し、痙攣する。
壁を叩いていた右手も、動かせなくなった。
浅い息をしているだけで、激痛が走るのだ。
「あぎっ……ひっ、ひぃい……助けっ……」
「財布を盗んだな。認めろ」
「……うっ……」
「自白しろ」
どれだけ痛くても、それだけは認められない。
罪を認めると、もっとひどい目に合うとわかっている。
「し、知りません……そんな財布っ……」
そう言うと、またグイッと腕がひねられる。
「ひぃいいいいいいッ!」
「言え」
「……うぐっ……」
「これならどうだ」
ガコッ────。
と、なんだか奇妙な音がして、少女の痛みが軽くなった。
「えっ……? なに……」
「これは痛くないか。結構、個人差あるからな。だが、こいつは痛いぞ」
そう言うと騎士は、少女の肩に手をやり、力を込めた。
「なにをッ……ぎぃいいいッ!?」
ガコンッ────。
焼けるような痛みが、少女の左肩に響く。
外れた肩を、無理やり力で押し込まれたのだ。
神経か、筋肉が変に挟まったのだろう。
嵌ったあとも、痛みが肩に残り続ける。
まるで、火に炙られたかの如くだ。
「いいいッ! 痛いッ! 痛いぃいいッ!」
必死に暴れるが、騎士と壁に挟まれて身動きが取れない。
「もう一回、いくぞ」
と囁かれ、騎士が腕を絡める。
「ひぃッ……やだっ! やめてっ! お願いですっ! もうやめてぇっ!」
「認めるか」
「~~~~ッ……」
少女は青ざめる。
どっちかなんて、決められない。
自白しても、しなくても、痛い目に遭う。
「言わないんだな」
「あっ、待っ────」
ガコッ……と肩が外される。
体がほんのり軽くなる。
だが、それは痛みの予兆だ。
騎士が、肩に力を込める。
「いくぞ。さん、にっ、いちっ……」
反射的だった。
「認めるっ! 認めますっ! 私が盗みましたぁあああっ! だからやめてぇぇええっ!」
自白するつもりはなかった。
だが、耐えきれずに叫んでいた。
「あっ……ああっ……」
それに気づいてから、足がガクガク震える。
涙が溢れた。
「認めたな。お前はスリをした」
「いっ……違っ……」
「違う……?」
そう言うと、騎士が外れた肩に力を込める。
「ひぃッ……ち、違わないですっ……認め……み、認め、め……」
呂律が回らなかった。
仕舞いには、体を震わせて、黙り込んでしまう。
「……ぅう……」
「いまさら言い訳したって遅いがな」
「許して……許してくださいぃ……」
「どうせ、何回もやってんだろ。牢屋の中でじっくりと聞かせてもらうからな」
「牢屋って……」
つまり、拷問にかけられるという事だろうか。
これまでの盗みをすべて洗いざらい吐くことになる。
少女にとっては、スリは生業だった。
自分がした仕事の数など、とてもじゃないが数え切れない。
どんな罰を受けるか、想像もしなくなかった。
パンを盗んだだけでズタボロにされる。
二度と歩けなくなる。
少女は、宝石というものを盗んでいる────。
泣け叫び、懇願した。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! どうか、見逃して下さいっ……もう二度としませんっ!」
必死になって泣きつく。
「もう二度と盗みなんてしませんっ! 約束しますっ! 絶対にしませんっ! 足を洗いますっ! だかたらっ!」
こんな台詞は、どうしようもない人間の常套句だ。
〝二度としない〟なんて、そんなわけがない。
しかし……。
「二度としないんだな?」
「えっ……」
「絶対に、二度としないな?」
騎士は言質を取ろうとした。
少女は息を呑む。
「嘘ついたのか」
「い、いいえっ! 言いましたっ! 二度としませんっ!」
「じゃあ、もしやったら、どうする」
「はい……?」
「お前の利き腕はどっちだ」
その質問にどう答えるか迷ったが、この状況で嘘をつく度胸はなかった。
「……右利き、です……」
「右だな」
そう言うと騎士は、パッと少女の右中指を掴んだ。
そのまま、力を込める。
「えっ────ちょっ、待っ……やだっ、折らないでぇえっ!」
「もし、次……もう一度、盗みをやったら、まず右手の指をぜんぶ折る」
「……うっ……」
「それだけじゃない。手首も外すし、腕もへし折る」
「そ、そのっ……」
「肘も壊して、二の腕も折る。肩を外して、この手を二度と使い物にならなくしてやる。わかったな」
「ひッ……」
「返事はどうした」
「あっ、え、えっとぉ……」
答えあぐねていると、右中指が拗られる。
「あぎゃああぁっ! わかりましたっ! わかりましたからっ、やめてぇっ!」
「約束したぞ。逃げられると思うな」
少女は投げ捨てられた。
盗んだものはすべて没収され、左肩は脱臼したままだ。
しばらく、そこで放心していた。
やっと落ち着いてきてから、自分がいる状況がわかってきた。
少女にとって、スリは生業だ。
生きていく手段だ。
「ど、どうしよう……」
少女は腫れた肩を抱いて、うずくまった。