84話 居場所を探して、えんやこら5
† † †
包み隠さず説明すると、エリザは机に突っ伏すように頭を抱えた。
「ちょっと待ちなさい、どういうことですの!? 約条関連……だとしたら、かなり順番がおかしなことに……どうしてこの段階で……英雄回廊は開放済み? だとしても……いえ、まさか……? でも、この状況だと……」
「……どうされました? 女伯爵」
なにやら不穏な単語がいくつか聞こえたが、エレイン・ロセッティの問いかけにエリザは咳払いをひとつ、佇まいを直す。
「コホン、いえ。あなたたちが正統な対価としてここを得たというのなら、ワタクシが出ることもやぶさかでは有りませんわ。むしろ、話のわかる者たちにここを託せるのは良いことだと思いますもの」
そういうと立ち上がり、エリザは部屋の中心にある青いクリスタルへと歩み寄る。そこに現れるホログラフィの円、その中心にエリザが振れるとガシャン! と床が展開しコンソールらしきものが現れた。
「あなた方ももうご存知でしょう? これは」
コンソールに刺さっていた真鍮でできた試験管のようなアイテムを引き抜き、エリザは振り返る。確かに見覚えがあった――つい昨日の発表だ。壬生白百合が、それに答えた。
「装飾品“契約の壺”、ですよね」
「そうですの。元は序列第四位魔王“魔神王”ベリアルの秘宝をワタクシがマイナーダウンさせて普及させたものですわ」
「……はい?」
ちょっと待って、本当に重要NPCなのでは? 壬生黒百合は訝しんだ。
「このクリスタルとコンソールは“契約の壺”に封印されたエネミーやファミリア専用ビーストをダンジョンの中に生成するシステムですの」
「ぶはっ!?」
黒百合がむせた。久し振りに表情表現九割カットを貫くほどの衝撃だった。思わず咳き込む黒百合の背中をディアナ・フォーチュンが撫でて心配そうに覗き込む。
「ど、どうしたんですか? 急に」
「ふふふ、いいですわね。ことの重大さをきちんと結果だけで把握している……その察しの良さ、褒めてあげますわ」
「ど、どうも……」
“黒狼”『まずいまずいまずい! そりゃあ配信禁止エリアになるわ、ここ!』
“銀魔”『えっと、どういうこと、ですか? ちょっと理解が追いつかなくて……』
とてもエリザには聞かせられない、秘匿回線で三人に向かって黒百合はぶち撒けた。
“黒狼”『多分、特定のファミリアが無限に増殖できるんだ、このダンジョン!』
――通常、RPGにおいてエネミーの出現は場所によって決まっている。その種類から出現確率、その他諸々に至るまでだ。
“金兎”『えっと……もしかして、それって普通なら滅多に出現しないレアエネミーとかすごく強いファミリア用ビーストも出し放題?』
“黒狼”『そうなる。このダンジョンひとつで、全部のファミリアテイムシステムのバランスがひっくり返る……ひいては、全体のゲームバランスまで波及しかねない』
“白狼”『……どうしてそんなシステムが、始まりの街周辺にあるの?』
“黒狼”『こんなの、オフラインゲークリア後特典でもおかしくないって!』
まだだ、まだ聞かなくてはいけないことがある――深呼吸し、覚悟を決めて黒百合は口を開いた。
「女伯爵、聞きたいことがある」
「ええ、質問を許しますわ」
「……あなたはおそらく、このダンジョンに出現するエネミーをスケルトンやグール、レッサーレイスに限定した」
「そうですわね、あくまで実験の成果。その確認のためですもの」
「そのエネミーはダンジョンから出ることは可能?」
その問いこそ、この問題の本質。エリザはできの良い生徒を見る教授のような笑みで、答えた。
「半分はNO、半分はYESですわ。ダンジョンで生成された存在はダンジョンから出ることはできない。これは“雷獣王アステリオス”を封印する“ラビリントス”が基本になっているからこその縛り、そこを解除すればダンジョンたりえませんもの」
ただし、とエリザは区切る。手の中の“契約の壺”を弄びながら、エリザは決定的なことを告げた。
「もしも、エネミーをダンジョンから特殊な手段で外へ呼び出すことができれば――その限りではありませんわ。合せ技、というヤツですわね」
「……まさか、ここにセットした“契約の壺”の持ち主の命令に――」
「従う仕様ですわねぇ。一応、“契約の壺”による契約の上書きは可能ですけど」
駄目だ、黒百合は目の前が真っ暗になる気分だった。それでも、おそるおそる訊ねる。
「ここと同じ形式のダンジョンは……」
「ないですわよ? このシステムを知っている“貴族”はいますけど。ああ、ご心配なく。ワタクシ、一度完成したものに興味はないですから、量産なんてしませんわ」
“黒狼”『セーフ! アウト寄りのセーフ!! どっちかっていうとセウト!』
“白狼”『うんうん。アウトだけどギリギリセーフにしたいんだね……』
“金兎”『これ、まずくない? プレイヤーが気づいたら、合せ技ですごく強いファミリアを無限に呼び出せるんでしょ? ゲームバランスもクソもなくない?』
“銀魔”『エクシード・サーガ・オンラインの運営が、こんな真似するものでしょうか……?』
ディアナの疑問はもっともだ。ここまで徹底的に協力プレイを前提にしたシステムを組みながら、突然プレイヤーにゲームバランスの舵取りを任せる、というのはしっくりと来ない。
だとすれば、強力なメリットに正比例するデメリットがあるはずだ――そして、それに黒百合は大体の想像がつく。
「これを知ったら、魔王や獣王が放置しないのでは?」
「ええ、間違いなく抹殺対象ですわね。ワタクシも悪用しないことを条件に目こぼしをもらっただけですもの」
魔王連中と獣王連中が“影”とはいえゾクゾク押し寄せてくる光景を想像して、あまりのひどさに頭を抱えたくなった。なるほど、最初にエリザが頭を抱えた理由がこれか、と黒百合は納得する――これはこのシステムを委ねたエリザの責任問題にも発展しかねない。
「……わかった、提案がある」
「なんですの?」
ここが分水嶺だ。黒百合は慎重に言葉を考え、提案した。
「――エリザ、ここに残らない?」
† † †
黒百合の提案に、エリザは考え込む。そこへ黒百合は畳み掛けた。
「上の建物をクランハウスとして私たちが買い取る。事情を知っている私たちのクランのものになれば、少なくとも他の英雄はやって来なくなる」
「……意味、わかってますの? ワタクシは――」
「黙ってればバレない」
サラっと黒百合は言ってのける。その言いぐさに、エリザは小さく吹き出した。
「ふふっ、英雄様は随分と都合のいいことを言いますのね」
「正直、私たちに背負わされても困る。だからこそ、逃さない」
「……ですわよねー。壊す、というのも少々勿体ないですし」
そもそも、エリザは放置して去ろうとしていたのだ。さっきの爆弾ゲームではないが、特大の不発弾を埋めたまま唯一対処できるだろう当事者に逃げられてはたまらない。
「それに、このシステムも正しい使い方をするならきっと有用になる」
「ふうん、提案があるんですのね。聞いてあげますわ」
「最初にファミリアとして入手すると有用なエネミーを出現するファミリアテイムシステムのチュートリアルになるダンジョンとして、開放すればいいと思う。これなら、みんなの役に立つしバランスも崩さない」
――少なくとも、そこが落とし所だろうと思う。その答えを聞いて、エリザは呆れたように笑った。
「……あなたたちはいいんですの?」
黒百合の意志は硬そうだ、と思い三人へエリザは確認を取る。それにエレインは、ようやく猫を被るのを止めて返した。
「んー、エリちゃん悪い人じゃないっぽいし?」
「エ、エリちゃ……!? いきなりなんですの!?」
「一緒に住むなら、疲れる会話するのアレだし?」
エリザは、助けを求めるようにディアナを見る。この中では一番まともだと思っての振りだが、ディアナも笑顔で答えた。
「クロちゃんがこういうってことは、考えた上ででしょうから」
「ごめんね、最初からそこは問題視してないんだよね……」
白百合は察していた、ようはエリザは『高位吸血鬼と同じ場所に住むのはいいのか?』と訊ねているのだ、と。あなたはわかってますのね、と疲れた笑みをこぼし、黒百合を改めて見た。
「そもそも、この提案ができない相手を『はい、さようなら』と送り出せない」
「……それもそうですわね」
違う意味で面倒な相手に見つかりましたわね、とエリザは苦笑い。それでも不愉快ではないのだろう。エリザは決断した。
「いいでしょう、あなた方が上の屋敷に住むことを許しますわ」
† † †
多分、ここで普通のチート物ならガンガン行こうぜ! だったんだと思いますが……ジャンル違いでしたね。
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! よろしくお願いします。




