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79話 “坂野九郎”


   †  †  †


「――ロ、クロ!」

「ん、あ……?」


 ふと気づくと、そこには泣き顔の見知った少女たちがいた。薄っすらと目を開けた坂野九郎(さかの・くろう)に、坂野真百合(さかの・まゆり)はようやく安堵の表情を見せた。


「良かった……! 大丈夫、お兄ちゃん!」

「あ、ああ……大丈夫、ちょっと意識が落ちてただけだって」


 見知った自室、そのベッドの上で九郎は上半身を起こす。ぎゅう、と抱きついてくるエステル・ブランソンの頭を自然な動きで撫でて、九郎は真百合に問いかけた。


「……配信の方は、どうなった?」

「ディアナさんがひとりで請け負ってくれてるよ、だから大丈夫」

「お、そうか……後でお礼を言わないと――」


 そう九郎が言おうとしたその時、ぽふんと胸を打つ小さな手があった――エステルだ。


「なんであんな無茶したの!?」

「あ、いや……悪い」


 理由は色々とある。が、今、エステルが聞きたいのはそんな言い訳ではないはずだ。だから、素直に九郎は頭を下げた。それに真百合も改めて九郎の頬をつねって半眼する。


「おひ!」

「兄貴はもう、アレ使っちゃ駄目だかんね! 使う度に倒れるようなの、おかしいでしょ!?」

「ん、あー……ああ」


 九郎自身、極限まで『ゾーン』を使用するのには慣れているのだ。一〇年前、源平退魔伝に挑戦していた頃には、よく倒れていたのだが――そこは黙っておくことにした。


「む~……」

「そういえば、サー・ロジャーは?」


 ポンポン、と宥めてくる九郎の問いにエステルは、ため息と共に答える。


「んー、実はお爺様(グランパ)もメアリー……ウチのメイドなんだけど、その人に怒られたっぽくてログアウトしちゃったんだ。もう、まだそこまで回復してないって言ってたのに張り切っちゃうんだから」

「……回復してないであれなのか、おっかないな」


 あれを見て、その一部をやっただけで理解できる。アレは確かに最強としてVR界に名前を残していて当然だ、あらゆる意味で常識外れで桁外れな人だった。


「……ん?」

「どうしたの? 兄貴」


 一瞬、怪訝な表情をした九郎に、真百合が訊ねる。それに九郎は携帯端末を手に取った。


「なにか、プライベートのメッセージがな、ん……件、か……」


   †  †  †


『城ヶ崎さん』:大丈夫? 急に動かなくなったみたいだけど……。

『城ヶ崎さん』:キミはどうしてそうなんだろうな! 本当に無茶ばかりして!

『城ヶ崎さん』:キミのお友達も心配していたぞ、特にディアナさんにはきちんと連絡を取ってあげること! ひどく狼狽えていたからね。

『城ヶ崎さん』:……で、全員にちゃんと無事なところを見せてあげた後でいい。気が向いたら連絡がほしい。

『城ヶ崎さん』:私だってそれなりに……心配しているのだからね。

『城ヶ崎さん』:…………。

『城ヶ崎さん』:……本当に、大丈夫だよね? 坂野くん……。


   †  †  †


 やっばい、と思いつつ、大丈夫な旨と後で通話するとメッセージを手短に送っておいた。その後、視線を感じてふと見ると、エステルと真百合が不機嫌そうな表情をしていた。

 代表するように、エステルがむくれながら言う。


「……女の人?」

「大学の同級生だよ。今日、エクシード・サーガ・オンラインにいてさ」

「ん? 兄貴。黒百合やってるって教えたの? その人に」

「あー……こう、一発でバレたっていうか……特殊な能力の持ち主っていうか……」


 そこのところも後で説明するわ、と改めて九郎は倒れ込むようにベッドに寝転んだ。身体が芯からだるい、不安げに顔を覗き込んでくるふたりに九郎は力なく微笑んだ。


「大丈夫、もうちょい休めば問題ないから。悪いけどさ――」

「任せて。社長にも連絡入れて、こっちで諸々対処しとくから。今はきちんと休んでね」


 じゃ、と真百合は自然な動きで添い寝しようとするエステルの首根っこを掴んで、九郎の部屋を出た。わたわたと手足を動かすエステルに手を振って、自分以外誰もいなくなった部屋で、九郎はため息をこぼす。


「……遠いな、おい」


 今日、後藤礼二(ごとう・れいじ)以外に初めて触れたトッププロ、世界の頂を思い出し九郎は苦笑する。()()()()もそろそろ限界だ、改めて九郎は眠りの中に落ちていった。


   †  †  †


「まったく、無事が確認できてよかったよ」


 城ヶ崎菜摘(じょうがさき・なつみ)は生身のアバターでVR喫茶店でソファに身を沈めながら、安堵の笑みをこぼす。そして、目の前に浮かぶVR名刺を改めて確認した。 そのVR名刺は、モナルダというバーチャルアイドルのものだ。あの騒動の後、チュートリアルを受けにやって来たモナルダと遭遇、急に声をかけられたのだ。


『あなたのそれ、どこのCGのプロが作ったの?』

『いや、自作なんだが私自身CGデザイナーの卵でね』

『ふうん。ならさ、連絡先くれない?』

『……はい?』


 モナルダは迷うことなく、VR名刺をこちらに送ってきた。その意味がわからず戸惑っていると、モナルダは迷わずに言う。


『アタシたちはもう専属のCGデザイナーがいるから無理だけど、あんたのそのクオリティならこれからデビューしたいってバーチャルアイドルの子たちのCGデザイン任せられそうだからさ。そういう子に、紹介させてよ。それだけの腕があるなら、充分イケるわ』


 モナルダの提案に、とりあえず了承だけはしておいた。どうやらモナルダというバーチャルアイドルはそれなりに世話焼きらしく、今後エクシード・サーガ・オンラインで配信者デビューしたいという知り合いが、何人もいるのでそういう相手を紹介してくれる、とのことだ。


『ほんたいのわるいくせがでたぞ~』

『姉はどうにも強引ですから……無理しない範囲で良いので』


 SDのツッコミと妹のサイネリアのフォローは、良くも悪くも印象に残っている。少なくともそんな本体や姉を嫌ってはいないらしい……愛されキャラなのだろう、モナルダというバーチャルアイドルは。


『もし良かったらいくつか発表済みのでいいからサンプル送ってよ。待ってるわ』


 菜摘は、ふとひとつのフォルダを呼び出す。九郎のために用意していた、あの九郎判官義経をイメージしたCGだ。サンプルとしては今使用している静同様最新のものだから最適だが――菜摘は苦笑し、改めてフォルダをしまい直した。


「これは……大事に死蔵しておこうかな」


 彼のために用意したものだ、それを彼以外に――とはとても思えなかったから。菜摘は改めて、サンプルを過去の作品の中から選別し始めた。


   †  †  †

……最近、エステルの甘え方がだんだんと猫とかのそれに似てきた件について。



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― 新着の感想 ―
[一言] 上品な感じのお嬢様が親友とか限られた相手にだけ見せるゆるゆるな感じとか甘える感じとかっていいですよね・・・ 何はともあれクロちゃんもとい九郎くんが無事でよかったです
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