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78話 軍神魔王・カルナバル10&《六〇分の一秒の■■■》

   †  †  †


 “序列第二位魔王尸解仙蚩尤(しかいせん・しゆう)(エイリアス)”が左右に二本の矛を手に、魔王の姿で一歩前に出る。

 壬生黒百合(みぶ・くろゆり)が五本の尾を使い蒼黒い狼頭を胸部にした全長五メートルの首のない大鎧姿に変わって、一歩前に出る。


『――シィ!』


 先に攻撃を繰り出したのは、蚩尤だ。右手の矛による刺突、それを黒百合は大鎧の右手を変形。小狐丸を取り込むと、《受け流し(パリィ)》した。


(――温い!)


 蚩尤は弾かれた矛の切っ先で、円を描く。弾く動きに逆らわず、最小の回転で元の軌道へ戻すとそのまま突き出した。だが、そこに既に大鎧はない――ギ、ギギギギギギギン! と火花を散らし鎧の脇腹を滑り、黒百合はその場で横回転。右手の小狐丸の切っ先を裏拳の要領で薙ぎ払った。


『クハッ!』


 それを蚩尤は笑い、左手の矛で小狐丸を受け止めた。蚩尤はアーツ《軽身功》を発動、足場からわずかに足を浮かせ、そのまま黒百合の一撃に吹き飛ばされる!


(か、る――!?)


 まるで手にまとわりついた紙を振り払ったような手応えだ。蚩尤は城壁の壁に着“地”すると、そのまま駆け出した。それを黒百合は大鎧を疾走させて追う――。


 ――この間の攻防、実に五秒の出来事である。


大嶽丸(おおたけまる)の身体能力には遠く及ばない。でも、ひたすら()()()


 大嶽丸の神通力によって生み出された護法の言葉を思い出す。物理最強の大嶽丸に匹敵する戦闘技巧、それは伊達ではないということだ。本体ではなく“影”ということもあり、身体能力はただ高い程度だ。だが、技術というのは厄介だ。基本的な動きは、本体とさほど変わらないはずだ。


(考えられるのはアーツやアビリティ、戦闘モーションの制限だろうけど――)


 これを相手に単騎で一分保つのは至難の業だ。実際、騎士(サー・ロジャー)の時と違い、今の蚩尤は魔王としての形態だ。その分の身体能力の上昇は、あまりに大きい――。


『――!!』


 蚩尤の左の矛がしなりながら、連続で突き出される。ただの直線ではなく、しなりを上手く組み込んでタイミングをずらすのが厄介だ。謂わば、これはボクシングにおけるジャブのようなものだ。左の連続突きで蚩尤は黒百合との距離を測り、ボッ! とためにためた右の一閃を解き放った。

 バキン! と脇腹に矛が突き刺さり、ひび割れる。その瞬間、大鎧の胸部になっていた狼頭が吼えた。


『GA、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』


 咆哮と共に放たれた衝撃が、蚩尤を襲う。だが、その衝撃に蚩尤は逆らわなかった。風に舞う木の葉のように、そのまま後方へと飛び――。

 ガギン! と蚩尤が二本の矛から手を離し、胸の前で両の拳をぶつけた。その瞬間、二本の矛からジャガガガガガガガガガガガガガガ! と無数の矛へ分身、不規則な軌道で黒百合へと襲いかかった。それを黒百合は二本の尾を門のように展開、受け止める!


『九尾よりも器用に使いこなしやがる!』


 蚩尤の思考入力による感嘆は、以前の大嶽丸と同じものだ。ただ振り回すだけですべてを圧し潰せる妖獣王(ようじゅうおう)とは違うのだ、そう黒百合は無言を貫く。


   †  †  †


 ここまでで、一〇秒。この攻防を追えていた者は、極々少数。騎士、エレイン、外で見ている世界一、配信を見ていた全米NO1etc、かろうじて追えているのがサイゾウ、アーロン、アカネ、又左、カラドック、モナルダ、サイネリアetcetc――万を超える視聴者、接続者の中でもプロクラスでなければただ残像が動いているようにしか見えない。

 そして、なおその中の一握りだけが()()を見抜いていた。


(フゥン、ソウ――)

(まだもう一段――)

(ギアがあるっすか――)


 世界最強、その領域に至った者だけが、彼女たちがもう一段上の領域を隠していることに気づいていた。


   †  †  †


 高速で放った矛の豪雨に、刹那で蚩尤は追いつく。蹴り、殴り、矛の柄や柄頭を殴って強引に軌道を変え、加速させた。ゴォ! と砕かれる二尾分の壁――待ち受けていたように、大鎧が拳を繰り出す体勢を取っていた。


(違う)


 大鎧の直前で、蚩尤は急停止。強引に振り返り、空中の矛を一本掴み薙ぎ払う。その薙ぎ払いを、黒百合が頭を下げてかい潜った。


(囮か!)


 視界を塞ぎ、その間に大鎧から抜け出しこれ見よがしに大鎧をその場に残して囮に、身を隠していたのだ。妖獣王や大嶽丸よりも、技や戦術の組み立ては自分に近い。それを知って、魔王形態の中で武人が笑う。


『アーツ《地摺り狐月》』


 ギギギギギギギギン! と石板を切っ先で削りながら疾走した黒百合の切り上げの斬撃が、蚩尤の右足を捉える。蚩尤が、右足を一歩退く――次の瞬間、繰り出された左回し蹴りが黒百合へ放たれた。

 サイズ的に丸太のような足だ。それを黒百合は跳躍で、回避。大鎧を解いて五本の尾と狼頭へと戻した。


『来い』


 まるで忠犬、あるいは愛しい者の胸に飛び込むように妖獣王(ようじゅうおう)黒面(こくめん)が黒百合の胸元へ。即座に引き戻した五本の尾で大鎧を再び作り出した黒百合の高空ドロップキックが蚩尤の巨体を吹き飛ばした。


(どういう、思考回路を、して、やがる!?)


 あの九本の尾は、はっきり言えば“五柱の魔王”や“八体の獣王”が英雄へと委ねるブラックボックスの中で、とびきりのハズレに分類されるはずだ。なぜなら、自由自在の変形も機動も併用も、すべてフルマニュアルで行っているからだ。普通なら、尻尾を武器に変形させて単純な軌道で動かすのがせいぜいだろう。

 かつて、自動車がギアチェンジを手動で行っていた時代がある。マニュアル車、そう呼ばれた自動車だ。二一世紀後半ではすっかり趣味人のためだけになったマニュアル車でも、ここまでひどくない。

 例えるなら自動車のエンジンの機動のひとつひとつ、ギアの歯車のひとつひとつ、自動車が走るのに必要なすべての動きを同時並行で手動で行なっているようなものなのだ。


(『ゾーン』による高速思考があったとしても、異常だろうが!)


 これはああするときにはこうする、そうなるときにはこうする、という思考実験と実践の果てに成り立った戦闘方法だ。なるほど、本体にして物理最強の大嶽丸と殴り合えるはずだ――。


『だったら、その想定を覆す』


 不意に、蚩尤の巨体が崩れ落ちた。膝から力が抜けて、その場に倒れる――その動きに、黒百合は息を飲む。


   †  †  †


『ぶっつけ本番でやってのけるか! お嬢さん(レディ)!』


   †  †  †


(こ、れは――!?)


 騎士が見せた、あの古流の歩法だ。崩れ落ちる動きを利用した、予備動作を極限まで消した歩法。その踏み込みは、一〇メートルの距離を一フレームで詰め――零距離で押し付けた拳が、ガゴン! と黒百合を覆っていた大鎧を一撃で破壊した。

 黒百合の小さな身体が、吹き飛ばされる。一回、二回、三回とバウンドした黒百合がかろうじて体勢を立て直した。


『カ、ハ……』


 呼吸が、わずかに乱れた。だから、黒百合は大きく吸って息を止める。強引に呼吸の乱れを抑えた黒百合は一本の尾に長柄に百合花を切っ先にひとつの武器を完成させた。


(槍、か?)


 正確には大太刀に長い柄を拵えた長巻と言うのが、正解だ。それを打刀の百合花で代用しているため、確かに刃の長い槍に見えなくともない。

 事実、左足を前へ。腰の位置に長巻を構える黒百合の動きは槍のそれを想定していた。その上で、城壁の石板に突き刺さっていた矛を払い、蚩尤の元へ吹き飛ばした。


『あ?』


 それを蚩尤は、軽く受け止める。それを見届けた黒百合は、蚩尤を挑発するように指招きした。


 ――来いよ、魔王。


 その意図は明白だ。()()()()()()()()()()()()()――そう言っているのだ。

 それを理解して、蚩尤は魔王形態のまま一本の矛を構えた。


『その挑発――乗ったぁ!!』


 蚩尤が、滑るような踏み込みで黒百合へと間合いを詰める――。


   †  †  †


 ――黒百合の左目から、一粒の涙がこぼれた。


   †  †  †


 ガチリ、と頭の片隅で、歯車が噛み合ったような音を聞いた気がした。

 蚩尤の動きが、ひどくゆっくりとしたものになる。それを迎え撃つ黒百合も前へ。だが、まるで深海にでも立っているかのように身体が重く、速度がまったく出なかった。


(違う、()()があるからだ)


 極限の極限、自身の限界まで高めた集中力。『ゾーン』の加速する世界で、蚩尤はもちろん自分でさえ遅い。この領域で通常の速度に感じられるのなど大嶽丸の本気になった機動力と……先程見た()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぐらいなものだ。


 修正しろ、修正しろ、修正しろ――。


 無駄があるから、遅く感じるのだ。それを修正しろ。まだ削れる。削って、削って、削って、最適化しろ。()()()()()()()! このエクシード・サーガ・オンラインのPCプレイヤーキャラクターにパラメーターの差などないのだ、ならば騎士に行けたなら自分も行けるはずだ。


 1フレーム――《六〇分の一秒》の到達者を()()()


『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


   †  †  †


 その刹那、世界の速度を黒百合が()()()()()


   †  †  †


『――ッ!?』


 蚩尤が、息を飲む。繰り出したはずの攻撃が、放てなかったのだ。黒百合がただ、長巻で自身の左足首を抑えた、それだけで。

 その感覚に蚩尤は、身に覚えがあった。幾度となく味わった、()()()()()()()()だ。


   †  †  †


 0と1の境界線、《六〇分の一秒》の()()()への到達。


   †  †  †


『な、んだ、と――!?』


 モーションキャンセル、かのサー・ロジャーの神業。それを再現され、蚩尤は次の動作へ移ろうとする。しかし、その動作の出がかりが抑えられる。それを抜けようとする。それを抑えられる。


 抑えられる、抑えられる、抑えられる、抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる抑えられる――。


 通常では、不可能だったろう。なにせ、文字通りそんな連続で抑え込むには手足の数が圧倒的に足りない、そのはずだった。


(こ、いつ――九尾、で――!?)


 そう、足りない手足を九尾の尾を腕に変形させて縦横無尽に操作し、補ったのだ。ただの模倣ではない、エクシード・サーガ・オンラインPC壬生黒百合だからこそできる、黒百合にしかできない――もはやオリジナルと言っても過言ではないはない戦術だ。


(頼む、()()()()!)


 この異常事態に、蚩尤は気づいていない。もしも構えている矛を手放し、抜けようとすれば簡単に抜けられるという事実に。なぜなら、武器を用いない蚩尤のモーションのバリエーションをそこまで把握していないからだ。


 黒百合では、()()知っているモーションしかキャンセルできない。蚩尤はサー・ロジャーとの武勇での戦いにこだわり、戟一本で戦った。だから、一本の長柄武器を使用する時の蚩尤のモーションの情報だけは山程あったのだ。

 そう大前提として、このモーションキャンセルの膠着状態に持ち込むには蚩尤に長柄武器を使わせる必要があった。わざと挑発し、一本の矛での戦闘に持ち込んだ――あの時点から、黒百合の戦術は始まっていたのである。


「――ジャスト、一分」


 不意に、黒百合の動きが止まった。蚩尤もカウントが『00:00:00』となっているのに気づく。約一五秒、自分が完全に動きを止められたのだと蚩尤が歯軋りした。


「お、まえ、最初、から、このつ、もりで――」

「当然。まともに、一分も、耐えられる、はず……」


 ない、と続くはずだった言葉が吐息に解れて消えていく。黒百合というPCの限界ではなく、坂野九郎(さかの・くろう)というプレイヤーの限界が来たのだ。立ったまま、黒百合が動かなくなった。プレイヤーの意識が極度の精神の消耗で、途切れたのだ。


 妖獣王の黒面が、黒百合の定位置に戻る。だが、その面の視線が語っていた。


 ――今、こやつに手を出せばわかっておるな?


「はん。舐めるな、女狐」


 蚩尤が魔王形態を解き、降り立つ。その口元に浮かぶのは、面白いという武人の笑みだ。


「お前の勝ちだ。だが、次もこう上手く行くと思うなよ」


 タン、と蚩尤が足場を蹴った瞬間、かき消えた。アーツ《縮地》、ほんの一歩で転移するかのような長距離移動を可能とするその動きで、蚩尤はセント・アンジェリーナから姿を消した。


   †  †  †


《――イクスプロイット・エネミー“序列第二位魔王尸解仙蚩尤・影”の撤退を確認》

《――リザルト》

《――突発偉業(イクスプロイット)ミッション『軍神魔王・カルナバル』クリア》

《――ミッションをクリアしたPCプレイヤーキャラクターは称号《四凶討伐者》を獲得》

《――偉業ポイントを五〇獲得》

《――今後、英雄回廊:仙界崑崙への挑戦が行えます》

《――クリア報酬二五〇〇〇サディールを獲得》

《――リザルト、終了》

《――引き続きリザルト》

《――アイテムドロップ特殊処理。PC十三番目の騎士サーティーンス・ナイトはブラックボックス:エピックを取得》

《――リザルト、終了》


   †  †  †

ただ、指を届かせる。それでさえ、九郎には死力を振り絞らなくてはならない。

それこそが、超越者の領域である――。


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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王の中の武人に助けられた感じやな もし武人がなかったら、魔王としての蚩尤が武人としての蚩尤を完全に無視したらフィジカルと経験の差で押し切られてそうやな まぁそうなったらソレは本当に蚩尤って…
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