断章 スカー・レッド
※今回はとても短くなっております。その上で、“覚悟”を決めてお読みください。
† † †
セント・アンジェリーナ、北の城壁での死闘はついに幕を閉じた。
「ハハハハハ! 見事! これは私の負けだ、お嬢さん」
いっそ快なり、と言いたげに十三番目の騎士が大の字になって倒れていた。その胸には背まで切っ先が届くほど、深々と戟が突き刺さっている。ゲームだからこそ、そこにあるのは死という終わりではなく、敗北という決着だけだった。
だが、勝ったはずの“序列第二位魔王尸解仙蚩尤・影”の表情は晴れていない。だからこそ、強く強く言い捨てた。
「よく言う。お前を一度殺すために、我は何回斬撃を受けたと思う?」
「二七回だね」
「……これが勝ちと言えるほど、恥知らずではない」
蚩尤はそう吐き捨てながら、深呼吸をひとつ敢えて告げる。敗北を認めた騎士の潔さを汚さぬために、武人の矜持を持って――。
「が、最後の最後。確かに武勇で届かせたぞ、騎士」
「ああ、見届けたとも。ゆえに私の負けだ」
ヘルムの下で闊達に笑う騎士へ、蚩尤が近づいた。騎士の胸に刺さる戟を手に、消えていく騎士へ問いかける。
「お前、戟は扱えるか?」
「そのポールウエポンのことかね? 剣ほどではないが、VRアーマーバトルではポールウエポンの部門でも世界一だったとも」
当然のように言う騎士に、はん、と笑うと蚩尤は戟を引き抜く。するとその形状は三日月状の月牙を持つ単戟とも呼ばれる方天戟へと変わった。蚩尤はそれをブラックボックス:エピックに収めると、消えていく騎士の胸元へ落とした。
「持っていけ、駄賃だ」
「返す釣りはないのだが」
「それは今度にしておこう。それまでには《英雄候補》ぐらいになっておけ」
完全に騎士が光の粒子となって消えていく――それを見届け、ふと蚩尤は視線を上に向けた。
「今、余韻に浸りたい気分でな。四凶を倒したお前らに免じて、退いてやっても構わないが……どうする?」
「被害がこれ以上出ない、というならそれはそれでいい」
蚩尤の視界、その先――“黒面蒼毛九尾の魔狼”を展開し、一本の大太刀の上に立つ壬生黒百合の姿がそこにあった。
(あ、れは……確か、公式配信のバーチャルアイドル……?)
音もなく、黒百合がその場に降り立つ――物陰にいたジークは、いまだに配信を続けていた。いや、配信していたことも忘れていたのだ。
だから騎士の戦いの一部始終、そして蚩尤と黒百合の遭遇。既に自分の配信が三〇〇〇〇〇人を超える視聴者が見ていることを、彼は知らない。
「それは妖獣王の……か。なるほど、お前が大嶽丸ともやったという」
「確かに、それは自分」
「いいだろう、なら我が“影”であることも考慮して――少し、遊ぶか」
蚩尤の身体を、銅の甲冑が覆っていく。否、甲冑と呼んでもいいものか? それは明確に異形の体躯であり、鎧ではなく蚩尤の身体そのものだからだ。そして、顔の刻まれた一文字の傷から溢れ出した鉄が、牛の顔を生み出した。
『武勇は示した。次は魔王としての我を示そう。一分、生き延びろ』
† † †
ジークがただ垂れ流す配信をディアナ・フォーチュンは見続けていた。その隣では、ベンチに腰を下ろした吾妻静が、俯きながらひとりこぼし続けていた。
「まさ、か……あんな……キミは、一体、何回……っ……」
「……大丈夫ですか?」
体調が悪いのか、そう心配してくるディアナの問いに、静は顔を上げる。驚いたようなディアナの表情に、今の自分がそれだけひどい表情をしているのだと静は気づいた。
「大丈夫だよ、私はね……」
そうだ、大丈夫ではないのは黒百合――坂野九郎のはずだ。
つい先程、北の城壁へ向かう前に黒百合はディアナへと頼んでいた。
『ディアナ、《あなたの英雄譚》を使ってもらっていい?』
『はい、それは構いませんが……』
ん、と黒百合は頷くと、ジークが現在行っている配信のシークバーを戻す。そして、騎士と蚩尤の戦いが始まった時間から、一〇倍速で再生を始めた。
『一分、集中させて』
黒百合が、じっと配信動画に集中する。その時、静は――城ヶ崎菜摘はソレを見てしまったのだ。
† † †
『……あ?』
二本の矛を構えた蚩尤は、ふと怪訝な表情を見せた。『01:00:00』を動かす直前、黒百合が左目の端から一滴の涙をこぼしたのを見たからだ。
「――始めて構わない」
黒百合はその涙を親指で拭う。すると、なにごともなかったように渇いた赤い瞳と頬がそこに残るだけだった。
もしもこの時、菜摘がこの場にいたら違う光景が見えていただろう。そして、自分の憶測が正しいことを知ったはずだ。
一滴の涙、それが菜摘になら血のように赤く見えただろう。そして、その血の色はすぐに濁り――錆色となって彼女……否、彼の心に積み重なったのだ、と。
そして、かつて坂野真百合が牧村ゆかりへ語った話を知っていれば、その理由も理解できたはずだ。
† † †
九郎の『ゾーン』という才能は両親の最期、その一部始終を細部まで脳裏に刻ませた――と。
† † †
九郎自身、明確には自覚はしていない。だから、菜摘に自分の色が錆色だと言われても、そんなものかで流してしまった。
本気で『ゾーン』を使用した時、その過去の傷が開くのだと、九郎は知らない。
『行くぞ、英雄』
『いいよ、魔王』
カウンターが、動き出す。ゲーム開始――残り、六〇秒。
† † †
共感覚でその人の色が見えてしまう菜摘だからこその、視点のお話です。
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! よろしくお願いします。




