閑話 個人的なリザルトと胃の痛い状況
次の章へと続く閑話でございます。
「おう、直ったぜ。嬢ちゃん」
「ありがとう」
壬生黒百合は武器屋の店主から手渡された刀を受け取った。新品の刀ではない、武器破壊を受けて壊れていた無銘の刀を修理したのだ。
刀身は溶け、粉々に砕けてもきちんと武器屋で修理さえすれば元に戻るのはゲームとしてありがたいところだ。ゲームによっては壊れたら終わり、というゲームもあるから、エクシード・サーガ・オンラインはかなり有情なシステムだ。
「購入や強化とか希望があったら、言ってくんなぁ」
「ん」
店主の親切な申し出に、黒百合は頷きだけを返す。エクシード・サーガ・オンラインに、MMORPGによくある生産職は存在しない。
より正確には、クラスやジョブというものが存在しない。レベルさえ存在しないので、純然なるプレイヤースキルとハック&スラッシュでドロップしたアイテムや素材で作成する武具の効果のみで差別化を図っているからだ。
(ようはNPCに必ずお世話になるってこったよなぁ)
店売りの武器や防具は、そこまで優秀ではない。むしろ、フィールドやダンジョンなどに行ってエネミーの素材を加工したり、ドロップしたり宝箱から入手したアイテム、クエストの報酬品などの方が性能が高くなる。
ましてや、始まりの街であるセント・アンジェリーナとなれば店売りのそれなど初期装備と同等か毛が生えた程度だ。
(基本的に強化や生産に使う場所だよな、街の武器防具屋なんて)
ハック&スラッシュ系RPGあるあるである。それよりも――そう、黒百合は自分の小さな手に収まる四角い黒い箱を取り出した。
あの戦いで“妖獣王・影”がドロップしたアイテムだ。
・ブラックボックス:呪詛
“五柱の魔王”ないし“八体の獣王”からしかドロップしない、真正の正体不明の箱。
その中でも呪詛を極めた妖獣王の力が宿ったもの。アビリティ《鑑定IV》によって鑑定を行なうことによって開封するか、呪われることでしか開かない。
「…………」
文字通り呪詛、呪いのアイテムであった。アビリティ《鑑定》は、教会の高位の神官にしか行えないらしく――教会に奉仕することによってアビリティ《鑑定》の効果を宿す装飾品を入手する方法はある、らしいのだが――。
――申し訳ございません、《鑑定IV》となると聖女様でもありませんと……。
先に向かった教会で見た、女性神官のすまなそうな表情を黒百合は思い出す。セント・アンジェリーナの教会で行える《鑑定》は最大で《鑑定II》、《鑑定IV》となると教会が抱える聖女に頼むしかないらしい。少なくとも、始まりの街では手の打ちようがないのがわかっただけで収穫か。
(明らかに“妖獣王・影”は始まりの街で倒すのを想定してなかったろうしな)
ちょっとしたゲーマー思考というヤツだ。黒百合は自分の黒い箱を手の中で弄ぶ。
(ようはゲームバランスの問題か。呪われても余りあるほどのメリットがある、強力なアビリティかアーツが宿った武器か防具、装飾品が入ってる可能性がある、と)
実際、開けるだけなら簡単だ。呪われるのを覚悟で開ければいいだけなのだから。とはいえ、呪いの内容がわからないのに開けて取り返しがつかないことになるのは正直、困る。
(いやぁ、これがオレのキャラだったら開けるんだけどな)
一か八かとか、博打とか。坂野九郎としての自分は嫌いではないのだ。だが、この壬生黒百合というキャラはバーチャルアイドルであり、有り体に言ってしまえば商品だ。
例えば、呪われて性別が反転してしまったとかしたら大問題――――。
「……悪くない?」
不可抗力ということで許されないだろうか? などと真面目に考え込んでしまった。いやいや、そんな自分に都合のいい呪いとは限らないし! それこそ見た目が大きく変わる系の呪いだと、困ったことになりかねない。
(ま、急ぐほどのことじゃない。気長にやるさ)
ヒュン、と黒百合は、ブラックボックスをアイテムボックスに仕舞う。ゲームは始まったばかりだ、急がずコツコツと攻略していけばいいだけだ。
「あ、時間」
ふと、黒百合はウィンドゥに記された時間を確認する。今、黒百合がひとりで行動しているのはブラックボックスの件で教会に寄ったり武器の修理の必要があったためだ。
(……気が重いなぁ)
すん……と瞳から光が消える。表情設定九割カットでも隠しきれない。胃の痛い状況がこれから待っているのだ。
† † †
「兄貴。今日の夕方、エクサガ内で時間空いてる?」
「ん? ああ」
朝食時、現実世界の妹であるところの坂野真百合にそう切り出されて九郎は正直に頷いた。
「武器破壊食らった武器の修理と、ちょっと教会に野暮用があるんだがその後でいいか?」
「ん、いいよ。実は紹介したい子たちがいるんだ」
「紹介したい子?」
その言葉の意味を正確に理解する前に、真百合はすかさず切り込んだ。
「ディアナさんとエレちゃん。ふたりとも、あたしたちと同じバーチャルアイドルで一緒に公式配信する仲なんだけど――」
「あー……」
「ふたりとも、クロのこと中身も女の子だと思ってる節があるんだよねー」
真百合の笑みは、いっそ優しい。だが、時として優しさの方が痛い時もあるのだ。
「どうする? 先に中身は男でーすって白状しちゃう?」
「う、ぐ……」
九郎は、思わず頭を抱える。なんというか、これからバーチャルアイドルを続けていく上で、男として羞恥心に負けそうな時もある気がするのだ。そんな時に自分を男だと知っている異性を前に美少女バーチャルアイドルを自分は本当にやり切れるだろうか? そう懸念してしまうのだ――真百合? 妹はノーカウントである、思うところはあるけれど――。
バラすにせよ、黙っておくにせよ、そのあたりの性格が生真面目な九郎にとっては、どっちにせよ胃の痛い状況に変わりはない訳で――。
「ほ、保留で……」
「ん、わかった」
† † †
あー、と思い出して漏れそうになる声を飲み込んで、黒百合はユラユラと力なく動き出す。すげぇ、これが足が重いってことか……と黒百合は、まるでゾンビのような足取りで待ち合わせ場所へと歩き出した。
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