76話 軍神魔王・カルナバル8
† † †
中央広場でイクスプロイット・エネミー“尸解兵・饕餮”と対峙していたアカネは、思い知っていた。
「ははぁん、なるほどねぇ。ボク、わかっちゃった」
魔王とやらが、どうして饕餮を中央広場へと配置したのか――アカネは絶叫した。
「リスポーンキル狙いはないだろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
――そう、リスポーンポイントを変更していない限り最初にログインして現れる場所、この中央広場にリスポーンするようになっているのである。
まさか街中でこんな騒動に襲われると思ってもみなかった初心者が、リスポーンポイントの変更など行っているはずもなく。饕餮の攻撃に巻き込まれる、倒されてリスポーンする、リスポーンした途端に饕餮の攻撃に再び巻き込まれるのループが完成していたのである。
(うおおおおおおおおおおおお!? 今はリスポーンしないでとか言えないぃい!?)
あくまで個々人が判断することだ、一プレイヤーであるアカネがどうこう言えたことではない。そういうプレイヤー心理までトラップにするのは止めていただきたいのですがぁ、運営!?
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「濡れ衣なんだよなぁ……」
「感情を解脱したはずの尸解仙が、悪徳をなす魔王になるとこうなるって好例っすよね」
「魔王部分で人の心理を理解して、普通躊躇う部分のブレーキ尸解仙部分でぶっ壊すのってずるくありません……?」
「都合のいいとこどりしやがって!」
† † †
再び、光の柱が立ち昇る。新たな犠牲者が、そうアカネが思った時だ。
「ジャスト二〇分! 間に合っ――」
ズガン! と赤いハーフプレイト姿のバーチャルアイドルが、饕餮のアーツ《糧として貪る》によって食い潰されかけた。
「――ってぇ、なになに!? エクシード・サーガ・オンライン、ちょっとバイオレンスが過ぎない!?」
モナルダが、地面を転がって距離を取る。
■おー、すごい! 今の、直撃は避けてね?
■ログインとかリスポーンって出現時に硬直時間なかったっけ?
■エクシード・サーガ・オンラインは一秒あるかないかだからすっげえ優秀なんだけど、戦闘中だと致命的なんだよな、さすがモナ
「あんたたち、忠告くらいくれてもよくないぃ!?」
コメント欄の平常運転に、ガバっと立ち上がるモナルダ。その時、アカネとハタと視線があった。
「あれ? モナルダ。キミ、エクシード・サーガ・オンライン始めたの?」
「その声……あー、こっちではどの名前?」
「あ、うん。アカネ使ってる」
顔見知りだったモナルダとアカネが、そんな軽口を交わす。モナルダとアカネ、ふたりとも日本の女性eスポーツプロとして対戦経験もあれば対談体験もある知己だった。
『カ、ア!!』
そこへ饕餮が迫る。アカネとモナルダは同時に反応、モナルダがズン……! と一抱えある真紅の戦斧を地面に構え右足の爪先で蹴り上げた。ヒュガ! と饕餮の視界を一瞬だけ真紅の戦斧が塞ぐ――それが通り過ぎた刹那、アカネの直突きが饕餮の顔面を捉えた。
「アーツ《震脚》――《寸勁》!」
ドン! と顔面を拳で打ち抜かれ、饕餮が吹き飛ばされる! のけぞりながら宙を舞った饕餮はバク宙しながら態勢を立て直し、身構えた。
クルリと宙を舞う戦斧の柄頭を掴み、肩で受け止めたモナルダが呆れたように言う。
「ちょっと。エクシード・サーガ・オンラインってPKないんじゃなかった?」
「今、正式サービス初日に突発レイドバトルってイカした状況なんだよねー」
「うっわ、アルゲバル・ゲームス殺意高過ぎ」
そんな言葉の小突きあいをしながらもアカネとモナルダの視線は饕餮から外れない。共にプロだ、例えプライベートやアイドル活動中であろうとゲームとあらば手は抜かない――遊びで本気のスイッチを入れられない者が、本番でスイッチが入れられるはずもないのだ。常にその気になれば本気で挑める、そんな精神性はプロの基本装備と言えた。
「モナルダ、チュートリアルは?」
「ア、アタシはちょっと今日は日が悪いって言うか……」
「つっかえなーい」
「んだとぉ!?」
その間隙に、饕餮が左手をかざす。それを見た瞬間、モナルダが前へ。その後ろに身を低く沈めたアカネが続いた。
『ォオオ!』
グッ! と饕餮が左手を握り、アーツ《糧として貪る》を発動。それを盾のように戦斧を構えてモナルダが受け止めた。
「アーツ《ウエポンガード》!」
戦斧に重圧がかかる、それを地面を踏みしめて耐えたモナルダの両肩に手を乗せ、アカネが跳躍。クルリとモナルダを飛び越え空中で前転、右の踵を饕餮の頭へ落とす。グラリと体勢を崩した饕餮、そのバランスを取ろうとした足をモナルダが水平蹴りで払った。
《――イクスプロイット・エネミーには、称号《英雄候補》並びに《英雄》を所持していないPC・NPCはダメージを与えられません》
ダメージはない、だが足を払われ完全に饕餮の身体が宙に浮く――そこへ着地したアカネが即座に落とした饕餮の顎を蹴り上げて吹き飛ばした。
「ナイスパス、です」
空中を舞う饕餮を待ち受けていたのは、青いハーフプレイトメイルの女性サイネリアだ。野球のバッティングフォームのように振りかぶった戦鎚を豪快にスイング、饕餮を吹き飛ばした。
「お、さすが。いいとこにいるね、サイネリアちゃん」
「お久し振りです、アカネさん」
ペコリと頭を下げてくる長身の礼儀正しい『妹』に、アカネは好意的に笑う。だが、ふとおかしいとモナルダは気づいた。
「あれ? サイネリア、あんたなんでダメージ与えられんの?」
「え? 黒百合さんのアドバイスで速攻でチュートリアル終わらせて来ただけですけど?」
満面の笑顔で言ってのけるサイネリアに、モナルダが声を上げる。
「ずっこ! 一緒にやろうって言ったじゃん!?」
『ちこくしたおまえがわるいんだろー、ほんたいー』
■残念だが当然
■こればっかはなー、三時間遅刻はまずいって……
■今回はフォローのしようがないわ、すまんな
SDにもコメント欄にも味方はいない。四面楚歌と辞書を引いてみるといい、項羽に並んでモナルダの名前も乗っていることだろう。
「ま、今回姉さんはサポートということで」
「ぐぬぬ……!」
「しっかりと目立っちゃおうね、サイネリアちゃん」
「ですねー、アカネさん」
そのかしましい三人へ、饕餮が襲いかかる。ひとりでは無理でも、この三人ならリスポーン狩りは防げる――前に出てタンクに徹するモナルダの動きに合わせ、アカネとサイネリアは左右へ散った。
† † †
その頃の南門、そこにひとりの“修羅”の姿があった。
「――来るでござるよ」
イクスプロイット・エネミー“尸解兵・檮杌”が、サイゾウへ襲いかかる。そこに技などない、ただ身体能力を振り回すだけの連続攻撃。左の回し蹴りから、尾の薙ぎ払い。右の裏拳と横一回転の連鎖から、左の殴りから右肘の打ち上げ――そのすべてをサイゾウは紙一重で見切り、躱していく。紙一重、これは比喩ではない。檮杌の攻撃を薄皮一枚の差で見切っているのだ。
「あれ? サイゾウ、あんな強かった?」
エレイン・ロセッティがそんな疑問を抱くのも仕方がない。実際に檮杌の攻撃を受けたからこそわかる、サイゾウの動きの鋭さに驚くばかりだった。周囲も忍者が檮杌を抑えてくれている間に、ポーションや魔法で回復に集中。体勢を立て直している最中だった。
「いや、なんでも一から鍛え直したらしいぜ?」
そう教えてくれたのは、アーロンだ。その顔には、呆れ返った苦笑が浮かんでいた。
「仕事でノンプロに一方的にボコられたんだと。それでこりゃいかんってな」
「……そ、そうなんだ」
エレインが声の震えを押し殺し損ねた。なにせ、その現場にいて一部始終を目撃していたのだ。
『あ、あの最後の大天狗。サイゾウさんな』
『え!?』
そう教えられてはいたのだけれど……まさか、そこまで精神ダメージを受けていたとは。
「……あれ?」
だが、エレインはそこでおかしいと思う。なにせ、一週間も経っていないのだから。どんな特訓をしたか知らないが、あまりにも変わりすぎて――。
「なんでも後藤プロに連絡取って、焼き肉奢った代わりに五〇本組み手やったらしくてさ」
「うわぁ……」
――前言撤回。それはもう、地獄の特訓だ。生き延びるためには死にものぐるいで強くなるしかなかったろう。
「しかも、呼んでもないのに褐色美人がついてきて奢らされたらしい。ついでに、その全米NO1とも五〇本やったらしいぞ」
――後藤礼二とヴィクトリア・マッケンジー。二一世紀最強と呼ばれた二強相手と合計一〇〇本も格闘対戦をしたのだ。それはもう、一方的に蹂躙されただけでも、相応の効果はあって当然だ。
だが、それだけではないとアーロンは言い切った。
「――ま、半分以上プラシーボ効果だろうけどな」
「え? そうなの?」
「相棒は元々、素質はあったのさ。ただ、スイッチの入れ方が下手なだけでな」
どんなゲームでも忍者ロールにこだわるという縛りプレイ。それが知らず知らず、サイゾウの中の人である加藤段蔵というプロゲーマーに、リミッターを着けていたのだ、自分の実力ってこんぐらいでござるよね、と。
「ま、ノンプロに負けたってのがいい切っ掛けになったんだろうな……自分は忍者として、まだまだ未熟だって」
「あ、そっちに吹っ切るんだ」
そう、縛りプレイをしたまま一段上へ駆け上がったのだ。なにせ忍者ロールは、もっともサイゾウのテンションを引き上げる手段だ。それを捨ててしまえば、逆に性能が落ちかねない――重要なのは、忍者のまま本来の性能を引き出す手段だ。
「そう、拙者は忘れていたでござる……」
檮杌の拳打、それを廻し受けで軌道を逸らしながらサイゾウは胸を張って言ってのけた。
「頭に忍法ってつけたら、なんでも忍法になるって外国人の反応で改めて悟ったでござるよ!」
『そっちかよ!?』
思わず、周囲の人間全員からツッコミが入った。
† † †
「最後の方、段蔵さんが「忍法空手パンチ!」とかやけっくそに叫んでもヴィクトリア、喜んでたっすからねぇ……」
「ずるいです、ゴっさん! 私も呼んでくださいよぉ、対戦するだけで焼き肉って美味しくないですか!? 二重の意味で」
「無駄話してんなぁ、お前らぁ! 奢らすぞぉ!」
† † †
「レイジレイジ! ヤッパ、忍者ッテイルノネ、コノ国!」
「ソウッスネー」
この時代でも、まだ侍と忍者は外国受けがいいでのです。
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