74話 軍神魔王・カルナバル6&キミの“色”は変わらない
† † †
「――見つけた、けど……なんだ、これは?」
吾妻静は膨大な配信の中からそれを見つけ、言葉を失った。
自分が公式配信ごしにけしかけた相手は何者か、静は正しく理解していた。無駄に行動力があり、過剰に自信家。良くも悪くも、自己顕示欲の強い人物――そんな人物が、ただ乗り込むだろうか? 答えは否だ。
全員はないにせよ、何割かは生配信をしながら突っ込んでいく。そう睨んでいたのだ。そんなPCの配信で魔王の情報が読み取れれば御の字、最悪居場所の情報さえ握れれば――と思ったのだが……。
「ありましたか? 送ってもらえますか?」
「いや、多分これだと思うのだが……」
静はディアナ・フォーチュンへジークというPCの配信の映像を送るが、それを見たディアナと視聴者が言葉を失った。
■……なんぞ? これ
■チャイナドレス風カンフー服の美女と騎士っぽいのの戦いなんだろうけど……どっちが魔王よ?
■いや、女の方だろ? 他のイクスプロイット・エネミーと特徴似てるし
■んだなぁ、攻撃当たってるのに、ダメージ判定出てないし
■この騎士の人、まだチュートリアルクリアしてないんじゃね? クロちゃんの“妖獣王・影”戦の時と一緒じゃん
■……なに? ゴっさんかヴィクトリア・マッケンジーでも混じってん?
魔王と騎士の戦う姿は、それほどに衝撃的だった。攻める魔王と受け切り反撃する騎士、その騎士の驚異的な動きに世界一と全米NO1VR格闘ゲーマーの姿を見てしまっても仕方がなかった。
だが、その正体は意外な場所から判明する――ディアナの秘匿回線だ。エレイン・ロセッティの慌てた声が届いたのだ。
“金兎”『わわわわわ!? なにやってるの、お爺様!?』
“銀魔”『え? エレちゃんのお爺様ってロジャー・ブランソンさん!?』
“金兎”『……現役時代のVRアーマーバトルで愛用してた鎧だもん。動きも間違いないし』
そのエレインの秘匿回線に、驚きの声を上げたのは壬生黒百合だ。
“黒狼”『その動画、後でデータくんない!? 超貴重だぞ、それ!?』
“白狼”『兄貴、演技演技。クロの声でその口調はまずいって』
壬生白百合、否坂野真百合の制止に坂野九郎は咳払い。改めて口調を改める。
“黒狼”『んんっ! ……サー・ロジャーの正体は伏せとこう。絶対に騒ぎになる。ただ、チュートリアルを受けてないならダメージが通らない、そこまで時間はない。最初に予定通り渾敦から対処する――』
黒百合の指示に、ディアナは呼吸を整えて周囲へ伝えた。
「魔王は、この騎士の人にもうしばらく頼みましょう。先に、渾敦から対処します」
「確か、壬生黒百合が戦っているというイクスプロイット・エネミーか。その×印に関係あるんだろう?」
静の指摘の通り、セント・アンジェリーナ教会前の人集りの中心にそれはある。一本の線が二メートルほど、かなり大きな×が石畳にチョークで描かれていたのだ。
「はい。作戦を皆さんにお伝えします。どうか、ご協力お願いします――」
† † †
■向こうの準備、完了したってよ!
■でも、あんな作戦マジでやれんの……?
■いや、クロちゃんならやれちゃうかもだけどさ
SDモナルダ越しのコメントに、コクリと黒百合は頷きを返す。セント・アンジェリーナ上空、眼前に迫るイクスプロイット・エネミー“尸解兵・渾敦”と漆黒の打刀小狐丸弐式で鎬を削った。
「――ッ!」
アーツ《地摺り狐月》――本来ならば切っ先が地を擦るほど低く構えた状態から切り上げる斬撃で、渾敦の足を執拗に狙う。変幻自在に大気を踏むアビリティ《空を笑う凶獣》への対処法は、簡単だ。
「渾敦の足、その靴底が接する場所がどこでも地面になると想定して動けば問題ない。対処は簡単」
■クロちゃんクロちゃん、どっかのゲーマー星人みたいなこと言っとる!
■できれば簡単だけど、やるまでのハードル高すぎぃ!
■空間認識能力がバグっとる……
実際、黒百合クラスのプレイヤースキルがでなければ不可能だ。元々は渾敦は弓や魔法という遠距離での飽和攻撃で対処することを念頭に置かれているはずである――だが、黒百合が“黒面蒼毛九尾の魔狼”という飛行手段があったからこそ、単騎で対処できているに過ぎない。
(より、確実にその状況に持ち込む――)
『おってきてるぞ、クロ!』
「ん、しっかりと掴まってて」
四本の大太刀を次々と足場にして、黒百合は移動する。それを渾敦は逃さない――その動きこそ、黒百合の作戦の肝だ。
(多分、本当の渾敦は窮奇と一緒に運用されるのが正しい配置のはず)
窮奇のアビリティ《広莫風》で敵の射撃攻撃を封じた上で、暴風を足場に戦う――それが本来の戦闘方法なのだろう。おそらく、それと同じように檮杌と饕餮も檮杌が前衛に、饕餮が中衛から後衛に立って併用するはずだ。
(あまり考えたくないけど、これ。兵団運用を念頭にしてる?)
ロボットゲーで言えば、目の前のイクスプロイット・エネミーは量産型の中から選りすぐったカスタム機と言うべきか……ただ、その想像が正しいかどうか知る機会が来るのは未来の話だ――今は、目の前に集中する。
「――行く」
ゴォ!! と一気に黒百合が前に出た。それに対して、低く身構えた渾敦は鋭い肘打ちをカウンターで放ち――。
『ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!』
SDモナルダが、歓声を上げる。渾敦の眼前、黒百合が大太刀を足場に大きく上へ跳んだのだ。高い位置で一瞬の浮遊感、黒百合に足場はない――エクスード・サーガ・オンライン内の物理演算エンジンは、その結果を重力に捕まって落下するという結果を導き出す。
ヴォン! と三本の尾が黒百合を大鎧の胴部と両脚部で覆う。肘打ちを躱された渾敦は、即座にその場から退こうとして――ガクン、と大きく身体を震わせた。
『――!?』
一本の尾が大鎧の左腕となって、渾敦を背後から捕まえたのだ。渾敦は全力で振り払うが――もう、遅い。思考入力で、黒百合はひとり呟いた。
『技、借りるよ? 大嶽丸』
ドォ! と大鎧の両足が、渾敦を全体重を乗せて踏みつける――黒百合もくらった、あの大嶽丸のダブルフットスタンプの模倣だ。そのままズドン! と踏みしめた両足が射出される。渾敦は踏ん張ろうとするが、角度が悪い。大気を踏みしめる能力では、ブレーキにならない程の勢いで吹き飛ばされていった。
† † †
「みなさん、来ます! 準備してください!」
ディアナの声と共に、――ィィイイイイイイイイイイイイイイン! と上空から何かが落下してくる音がした。それは黒百合が射出した両足に踏みつけられた敵、渾敦だ。渾敦はそのまま、教会前の×印の中心へと叩き落される!
「グング――」
ギュオ! と二本の尾を絡めてその切っ先に小狐丸を仕込んだ巨大な槍へ変え、黒百合は大鎧の右腕で渾身の力で投擲した。
「――ニル!」
ズガン! と渾敦の腹部を巨大な槍が貫き、その場へ縫い止めた。轟音と巻き起きる突風、その中でディアナのよく通る声が叫んだ。
「今です!」
ディアナの合図と同時、周囲に控えていたPCたちの《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を込めた攻撃が殺到した。突き刺さった槍を抜く暇も与えられず、渾敦は次々と迫る攻撃を前に打ち砕かれた。
† † †
《――リザルト》
《――イクスプロイット・エネミー“尸解兵・渾敦”討伐》
《――レイドバトル参加者、偉業ポイントを一〇獲得》
《――アイテムドロップ判定。四凶の欠片✕4、魂魄:渾敦を取得》
《――リザルト、終了》
† † †
――ドッ! とその場に歓声が上がる。イクスプロイット・エネミーでも力を合わせば勝てない相手ではない、今、新規参加者の間にもその実感と共通認識が生まれたのだ。そんな大騒ぎの中、上空から胴部に使用していた尾を小舟に変えた黒百合が降りて来た。
「お疲れ様、クロちゃん」
『ふふん、アタシがそうじゅうするクロならこのぐらいとうぜんなのだー!』
「されてない、されてない」
頭の上で胸を張って無意味に威張るSDモナルダに、黒百合がそうツッコミを入れたその時だ。
「――へぇ、キミが壬生黒百合か」
その声に、黒百合がゆっくりと振り返る。そこには、妙な凄味を醸し出す笑みを浮かべた白拍子の姿があった。
「ハジメマシテ、壬生黒百合。私は吾妻静という」
「は、はぁ……」
しまった、と黒百合は思い出す。この人はまずい。演技がどうとか、外見がどうとかそういう問題ではないのだ! 薄っすらとした笑みで右手を差し出す静に、黒百合はおずおずと握手に応じた。ミシミシ……と音がしてきそうなほど強く握りしめられ、黒百合は冷や汗が止まらなくなる。
「キミからも、後で色々と話が聞いてみたいな。いいだろう?」
「あ、はい……」
黒百合の瞳から、光が消える。これはもう、確定である――間違いなく、バレた。
(ぐっわああああああああああああああああ! そうだったああああああああああああ! この人、共感覚だったああああああああああ!?)
九郎は黒百合の中で、そうのたうち回った。
† † †
共感覚――それはあるひとつの刺激を受けた時、ひとつの感覚で複数の異なる知覚を得たり、本来なら五感のひとつで知覚する感覚を二種類以上の感覚で知覚できる知覚現象を指す。
例えば数字や文字を見た時、特定の色で見えたり、音を聞くと聴覚で音を聴くだけではなく色として視覚で認識できたり、同じ共感覚でもさまざまな感覚の受け方がある。
『――私はね、人の“色”が見えるんだ』
例の日本大会の決勝の後、城ヶ崎菜摘はそう切り出した。それに九郎は、ピンと来ずに問い返す。
『“色”、ですか?』
『そう、その人間の性格とかが“色”で見えるみたいだね。いや、うん。共感覚というのだがね?』
例えば、彼女の叔父はまったくの“無色”らしい。まるで世界にぽっかりと穴が開いたような、空虚な人だと笑って言った……笑い事なのかな、とも思ったが。
『さっきのセンパイは、アレだよ。“ひどく濁った赤色”だった。なにか、よっぽど鬱積していたのかもしれないね』
『はぁ……』
『ああ、ちなみにキミの色は“錆色”だよ、坂野くん』
その時のあまりにも綺麗な菜摘の笑顔に、九郎は黙り込むしかできなかった。“錆色”、少なくともそんな笑顔で言われるほど、いい色とも思えなかったから……。
『よほど、キミの過去になにかあったんだろうけど……そこは訊かないとも。誰だって口にしたくない過去のひとつやふたつはあるものだろうから』
でもね、と菜摘が九郎を見上げた。そう言えば、あの日以来か。菜摘が色々と絡んできて、様々な表情を見せるようになったのは――。
『キミは、時々“色”が変わるんだ。そっちの“色”は……うん、ちょっと見ないね』
『何色なんです?』
興味本位で訊ねた九郎に、やはりいい笑顔で菜摘は悪戯っぽく答えた。
『内緒、ということにさせてくれよ。言わぬが華だよ』
† † †
(まったく、言ってくれればいいものを……)
お姉さんは悲しいよ、と半眼しつつ瞳の色を失った黒百合を静越しに菜摘は見下ろす。複数の機械を通すと“色”は見えないが、ひとつのVR機器ごしぐらいならしっかりと“色”は見えてしまうのだ。
(ああ、もう……変わらないなぁ)
最初はゲームをしている時に変わると思っていた。その色があまりに綺麗で、つい興味を惹かれてちょっかいをかけてしまったのだけれど。
――違ったのだ。九郎の“色”が変わる条件は、ゲームではなかった。
『この人の友人だよ』
そう言った時の九郎が、その“色”を見せたから理解した。彼の“色”が変わる条件は、誰かのために真剣になった時――だった。
(……まったく)
その“錆色”の内側から覗くのは、闇夜の月光を受けて輝く刀の刀身のような“鈍い鋼色”だ。あの日本大会の時は菜摘のために――そして、今は誰かのために。彼は真剣に戦っているのだ、と静の中で菜摘は自嘲気味に笑った。
† † †
もうダメだぁ……(身バレの意味で)
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