72話 軍神魔王・カルナバル4
※昨日諸々あって更新が二回だけだったので、ちょっと長目ですよ?
† † †
アカネのライフワークは人間観察である。エクシード・サーガ・オンライン正式サービス初日、彼女にとってチュートリアルを目的に新規PCが集まるそこは、まさにそのライフワークを行なう絶好の機会だった。
「うふふ、ふふふふ……あ、あの子かぁいいなぁ……うんうん。大きな武器とちっこい子の組み合わせはロマンだねぇ。あ。ゴスとちっこさのコラボレーション! いいなぁ、エクシード・サーガ・オンラインのキャラメイクは美少女の宝石箱やでぇ……」
……いや、どう見ても美少女ウォッチングである。ありがとうございました。人間観察、と言うと知的で哲学的に聞こえるからそう言っているだけで、中身は欲望塗れのスレスレ行為である。
「ん?」
そんな時だった――イクスプロイット・エネミー“尸解兵・饕餮”が中央広場に降り立ったのは。
† † †
イクスプロイット・エネミー“尸解兵・饕餮”はシステムメッセージの通り、文字通り英雄たちを貪り喰らっていた。
『――クハッ』
饕餮は、自身の周囲から人気が消えた空白地帯で腰を落として身構えた。それを見て、アカネが他のPCへと叫ぶ。
「来るよ! みんな、備えて!」
「そ、備えてって言ったって……!」
初心者のPCが、戸惑う。刹那、饕餮が突き出した開いた右手をグっと握りしめ――ガゴン! 見えない巨大な獣に喰われれたように一部の地面が抉られた。
「ひゃう!?」
「大丈夫、落ち着いてみて!」
紙一重、食いちぎられる寸前で革鎧姿の女の子を抱きかかえて跳んだアカネが、饕餮から視線を外さずに言う。
「距離は大体、直線距離で五メートル。あいつが手を掌を向けて、握りしめた瞬間。その方向だけにアレは起きるの。握りしめる動作の前に、一秒はかざしている。だから、あいつの両手に注目して! 握りしめた時に直線距離五メートルにいなければただの攻撃ポイントだから!」
「は、はい!」
「うしゃあ! とにかく手を見ればいいんだな!?」
初心者たちも、アカネの言葉に光明を見たように意気が揚がった。モーションさえわかってしまえば、それに対応することは不可能ではない。ゲーマーとは、そういう生き物を言うのだ。
ああ、今、ボクすっごく上級者っぽい! 先輩風が最大瞬間風速だよ!? などと心の中で思っていることさえ悟られなければ、今のアカネは凛々しい拳法使いの美人であった。
(とはいえ、みんなが完全に回避し切るの無理だろうなぁ)
アカネは饕餮のHPバーを見る。あの見えない噛みつき、アーツ《糧として貪る》はアビリティ《価値ある者を貪る》と合わせることで与えたダメージ分から割合で回復――するらしい。
らしい、というのは回復は確認したものの、目分量でざっとしかわからないからである。アカネはあんまり、計算は得意ではないのだ。微分積分とかアレは催眠効果のある紋様である、いやホント。
(おっかしいんだよなぁ、なんか回復度合いにバラつきあって……)
――とにかく、目の前の饕餮というイクスプロイット・エネミーは近接戦闘能力に長けて、時折中距離回復攻撃を使って来るだけである……いや、充分か。密集地帯だと、極悪極まりない能力の組み合わせである。
饕餮が前に出る。それをアカネが前へ踏み出し、立ち塞がった。肘と肘、互いにぶつけあって動きが止まる――!
「チュートリアルが終わってる子は《超過英雄譚》をガンガン当ててこう! チュートリアルがまだの子も、ダメージは通らなくても牽制になる! 大丈夫、このゲームは難易度は高くでも理不尽じゃない! 自分ができることをやれば、必ず敵は倒せるよ!」
アカネの声に、英雄たちが活気づく。中にはエクシード・サーガ・オンラインの配信動画を見て、こんな戦いを求めてやって来た者も多いのだ――どうせ死んでも初期リスポーンポイントはここだ。英雄たちが、ゾンビアタックで饕餮へと突撃した。
† † †
南門――猪の牙を生やす怒りの形相の人の面、イクスプロイット・エネミー“尸解兵・檮杌”の最大の特徴は至極単純である
『カア!!』
「タンク隊、前に出ろ! 頼む、止めてくれ!」
「おう!」
檮杌が行なったことは、ただ力のままに虚空をぶん殴った――それだけである。だが、その強大すぎる膂力から放たれた一撃は大気を打ち、破裂させる。結果、ただなにもない場所をぶん殴っただけで衝撃波が撒き散らされ、周囲を薙ぎ払った。
『アーツ《シールドガード》!』
ズン! とタンク四人がかりが盾で構え受け止め、踏ん張る。タンクたちの厚い防御力を超えるほどのダメージ――ただのアタッカーでは、そのまま一撃死もあり得ただろう。
『ガハァ!』
憤怒の呻きを漏らし、檮杌が一歩一歩無造作に歩いていく。アビリティ《退かずの凶獣》は、ただ単純に基礎能力を跳ね上げるというものだった。他の四凶と違い、技など一切ない――あるのはただ、力任せに手足と生えた尾を振り回すだけ。だが、その一撃一撃がまさに必殺と呼べる威力を秘めていた。
「よし、回復飛ばせ回復!」
「姐さんはいないが、スコルに比べりゃ軽いぜ!」
この南門は、オープンβ経験者が多く集まる場所だった。さまざまな強敵との戦いを経て、なおも折れなければ倒せるのだという成功経験を持つ――それは、このエクシード・サーガ・オンラインにおいて大きな財産となっていた。
「おっ待たせ! みんな!」
「お、エレちゃん! エレちゃん来た!」
「メインダメージリソース来た! これで勝つる!」
建物の屋根を金色の兎がごとく跳んで降り立ったエレイン・ロセッティに、その場が盛り上がる。これに経験者・未経験者はなかった。あのレイドバトルで、もっとも多くのイクスプロイット・エネミーに対してフィニッシャーとなった者、そのインパクトは裏で抑え役に回っていた壬生黒百合より強く参加者や視聴者に植え付けられていた。
「――誓う。我が騎士道は武勇によって立ち、勇気を持って貫き――慈愛をもって、弱者の剣たらんことを」
ガシャンとエレインの獅子の顔を模した金色のガントレッド“百獣の心臓”が分解されていく。配信動画で見た、男の子心をくすぐるギミックに周囲が湧いた。
《――汝が騎士道に誉れのあらんことを》
「――“百獣騎士剣獅子王・双尾”」
エレインは変形を終えた百獣騎士剣を手に、檮杌と対峙する――ここに来るまで、東の住宅街上空で敵と戦う黒百合の姿を見た。そっちは大丈夫だろう、という信頼がエレインにはある。
だが、エレインにはもうひとつの心配事が残っていた。
(……ちゃんと、ログインできたかなぁ)
† † †
「あー、つまらん! つーまーらーんーぞー!」
北の城壁の上、辟易したようにセント・アンジェリーナの街を見下ろしながら“序列第二位魔王尸解仙蚩尤・影”は吐き捨てていた。
(な、なんだよ、アレ……!?)
それを物陰から見て、ジークは息を潜めていた。チュートリアルが終わり、気が大きくなっていたのもあるだろう。配信動画でバーチャルアイドルたちが戦っているのを見て、自分だってあれぐらいできる、そう思い込んでいたのもある。
(むり、むりむりむりむりむり!?)
だから魔王とやらを倒して一躍有名人になってやろう、そう動画を撮っていた。しかし、撮れたのは自分と同じ功名心を持った連中が魔王に一方的に蹂躙される姿だけだった。
まさに鎧袖一触、まるで物語のモブのように蹴散らされた同類の姿にジークの心が完全に戦意を喪失していた……その結果、ただ物陰に隠れて蹂躙動画を垂れ流すだけの配信者となり下がったのだ。
「あー、すまない。そこのお嬢さん」
「あん?」
そんな内に、また新しい犠牲者がのこのことやって来た。蚩尤は振り返らずに、吐き捨てた。
「《英雄候補》でもないヤツが、なにをしに来た? あぁ?」
「いや、実は孫娘と待ち合わせをしていたのだが道に迷ってしまってね。良かったら、道を聞かせてほしいのだが……」
この状況で呑気なことを言う相手に、蚩尤は視線だけで振り返る。
そこに立っていたのは、白銀色のフルプレートメイルに身を包んだ長身の騎士だった。一九〇は優にあるだろう、その見事な白銀の鎧を纏うに足る立派な体躯だ。その背には赤く豪奢なマント。蚩尤からは見えないが、そこには白い円に黒字で『XIII』と書かれた刺繍が施されていた。
「……どこに行きたい?」
「ああ、セント・アンジェリーナ教会と言うのだが――」
その瞬間、蚩尤はパチンと指を鳴らす。その瞬間、一〇を数える戟が生み出され、騎士へ向かって殺到した。
「なら、死んで広場に戻れ。そっからの方が近い」
ガガガガガガガガガガガガガガ! と街へ視線を戻した蚩尤の背後で、破壊音が鳴り響く。城壁の石を軽々と砕き、上がる噴煙。もうジークが幾度となく見た虐殺風景だった。
また、蚩尤が街の状況観察に戻る――のが、いつもの流れだったのだが。
「――あ?」
「いや、そこはもう一回行ったのだよ。しかし、どうも道に迷ったらしくそこからの行き方が知りたくてね」
蚩尤が、振り返る。噴煙は風に散らされ、騎士が何事もなかったかのようにそこに立って話を続けていたのだ。騎士の周囲は、完全に破壊されている。ただ、その足元だけはまるで傘でもあったかのように無傷だった。
「お前、今――いや、いい。どうやったかはわからんが、なにをやったかはわかる。こいつで見極める」
「あー、私は道がだね?」
蚩尤は構わない、先程の一〇倍である一〇〇の戟を生み出すと同時に射出。騎士へと撃ち放った。
「――ッ!!」
ジークは悲鳴を必死に押し殺す。もはや、地震だ。耳が音を聴くことを拒むほどの大音量で城壁自体が悲鳴を上げる、馬鹿げた怒涛――それは城壁の一部を完全に粉砕した。
「――――」
蚩尤は、動かない。先程までの退屈や辟易とした表情など、どこにも残っていない。轟音の余韻が途切れ、噴煙が消えた頃――種明かしが始まった。
「……こうね、私には線が見えるのだよ」
右手に自らのバスタードソードを、左手に一本の戟を持った騎士が無傷で前に出る。
「攻撃する側の意識、あるいは殺気。それがうっすらと線になって攻撃の軌道が見えるんだ。後はその線から身をかわしておけば、銃弾だって躱せる――」
物陰でそれを聞いていたジークは、その言葉の意味をまったく理解できなかった。いや、理解できたとしても納得など、できようはずもない馬鹿げた内容だった。
「だから、当たる線だけ見切って対処すればいいだけだった。ね、簡単だろう? お嬢さん。もしもあの手品で当てたくば、あの一〇倍は持ってきたまえよ」
ぽいっと騎士は左手の戟を放る。それを蚩尤は受け取った。それを見て、騎士はマントを翻して言ってのける。
「使うといい。あんな手品ではなく、一本にその武を込める方が本来のキミの戦い方だろう?」
――その言葉が、スイッチとなった。ニィ、と蚩尤の広角が上がる。美しいはずの女の顔が、極上の獲物を前にした獣に変わった。
「我は“序列第二位魔王尸解仙蚩尤・影”――名前を聞いておこう」
「名乗られて答えないのは、私の騎士道にも反するね。いいとも」
ガチャリ、と騎士は剣を眼前に掲げる。そして、誇りを持って答えた。
「私、このPCの名は十三番目の騎士という」
「……言いにくい名前だな」
「なら、騎士と呼べばいい。それが私だ」
言い捨て、十三番目の騎士が歩き出す。構えはない、一歩一歩――騎士は言い放つ。
「まだ《英雄》でない身だが、私はどこであろうと王家に忠誠を誓う騎士である。英雄ではない、騎士の戦い方を手解きしてあげよう――挑んできたまえよ、“魔王”」
「ハハッ! なら、一手ご教授願おうか! 騎士!」
笑い、蚩尤は戟を構え騎士へと文字通り挑みかかった。
† † †
――どっちがラスボスか、わかったものではない。
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