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8話 英雄の誕生、そして――

序章に相当する「〇.〇〇〇〇1%の必然」、このお話で終了です。


この後もさまざまなお話が続きますので、お付き合いいただければ幸いです。


 ――英雄の誕生から、一晩が過ぎた。


 エクシード・サーガ・オンラインの公式バーチャルアイドルのプレイ動画配信は、翌日には一〇〇万回の視聴を超えていた。


 戦闘シーンのみを切り取った、量産されるミラー動画。世界中に拡散されたその戦闘はゲーマーたちに新たなゲームの到来を告げ、多くの喝采と一部のなぜこんなゲームを見逃していたのかという後悔を生み出した。


「――本当、ありがとうございます!」

「あ、いえ……はぁ」


 株式会社ネクストライブステージのVRオフィスへアクセスした坂野九郎(さかの・くろう)は、いきなり代表取締役兼マネージャーの牧村(まきむら)ゆかりに両手を握られ詰め寄られた。


「黒百合ちゃんのプレイ動画、クライアントから大絶賛を受けまして。あんな逸材、よく見つけて来てくれた、と大変感謝されました」

「ああ、そうですか。お役に立ててよかったです」

「反応薄いなぁ、兄貴」


 応接用のソファ、その隣に座る妹の坂野真百合(さかの・まゆり)は呆れたように言う。いくら公式とはいえ、まだ発売されていないオープンβテスト中のゲームのプレイ動画が一夜にして一〇〇万再生されたのだ、VRエンターテインメント全盛のこの時代でも偉業を達成したと言ってもよかった。


「ま、アレはちゃんと倒せるように調整されてたし。(エイリアス)ってことは倒しても本体は痛くも痒くもないだろうさ……実際戦えば、本体はアレ以上だろうからな」


 だから、別に……とゲーマー視点から九郎は語る。

 おそらくは“八体の獣王”や同等の存在である“五柱の魔王”もレイドエネミー――多人数による攻略を念頭に置かれたボスのはずだ。いわば、獣王の影とはその決戦の前における『顔見せ』程度の意味しかないはずだ。


 それでも、倒せたというあの達成感は何ものにも代えがたいものがあったが。


「なんにせよ、楽しかったですからね。こっちが感謝したいくらいです」

「すごかったですものねー、黒百合ちゃん!」

「アア、デスネ」


 自分のプレイを美少女狼娘の活躍として第三者視点として見ると、少し複雑な気分だけれど。


「で! 今後のことなんですけど――」


 ウキウキと語り始めるゆかりに、九郎は引きつった笑みを隠しきれない。なにせ、ここには表情表現の制限はないのだから。


 そんな兄の姿に、真百合は嬉しそうな笑みを浮かべてぽふぽふと肩を叩いて慰めた。


   †  †  †


 とあるゲーマー少年が、美少女バーチャルアイドルとしての今後に胃を痛めていた頃。

 同じ世界の、とあるVR会議室では緊急会議が開かれていた。参加者たちはエクシード・サーガ・オンライン各部門の責任者ばかりだ。

 ほとんどの者が「忙しい」を理由に、定例会議でもサボるのが頻発するというのに、今回は緊急だというのに一人の欠席者も遅刻者もなかった。


 それだけ、今回の緊急会議の議題が彼らにとって興味や価値があるということだ。


『いやぁ、出だしとしちゃ最高ですよ! 営業部門としては文句のつけようもないです』


 VR会議室に浮かぶ無数の球体――人型さえ面倒になった彼らが姿形を省略していった結果だ――の中で、営業部門の責任者の声は弾んでいた。

 なにせ、クローズドからオープンへと移行するβテストの初公式プレイ動画とすれば、異例の大成功を収めたのだ。これを喜ばずして、なにを喜べというのか?

 営業部門はそのまま、宣伝部門と言っても過言ではない。彼らからすれば、今回のプレイ動画の爆発的拡散はまさに瓢箪から駒、嬉しい大誤算だ。


『……ゲーム作成部門も、今回ばっかりは営業部には感謝してるよ。あんな腕前の持ち主、eスポーツのプロプレイヤーでも引っ張って来たのかい?』


 ゲーム作成部門のプロデューサー――いつも不機嫌な響きしかない女の声は、心なしか棘が少なく聞こえた。営業部門の責任者も、それには上機嫌に答える。


『ネクストライブステージが、直接連れてきたアイドルなので。そこはわからないのですが……そんなにすごいプレイヤーなんですか?』

『ウチのαテストのテストプレイヤー連中が「自分たちと対等クラスのプロでも驚かない」って大絶賛してたからねえ』


 ゲーム作成部門、アルゲバル・ゲームスのテストプレイヤーチームと言えば、eスポーツのプロプレイヤー揃いで有名だ。その彼らが手放しで絶賛したとなれば、文句のつけようがない。


『アイドルなんてゲームを齧っただけの連中かと思ったが、いいじゃないか。あの『妹』の方も、充分ゲーマーだ。あのエイム力は他のFPSとかでもやっていける』

『後に続く子も期待したいもんですねぇ』


 本来なら、ゲーム作成部門と営業部門は――大変悲しいことだが――不倶戴天の敵だ。ゲーム作成部門こそが「公式バーチャルアイドルに最低限のゲームの腕前」を求めた元凶だからだ……もしも今回納得できる腕前のアイドルがいなければ、どれだけブチ切られていたことか、恐ろしくて考えたくもない。

 しかし、その問題も予想外かつ最高の結果で解決した。死ぬほど頑張った苦労も笑って水に流すのが大人の付き合いである。


 そんな笑い合う二人に、抑揚のない別の声が混じった。


『……NPCノンプレイヤーキャラクターAI担当部門も、今回の結果には満足している』

『彼女の機嫌はどうなんだい?』


 ゲーム作成部門のプロデューサーからのからかいの言葉に、NPCAI担当部門の研究主任は抑揚のない声で答える。


『今までになく上機嫌だ。ここ数百年ホツマ諸島では妖獣王率いる妖怪軍団と魔王天魔波旬(てんま・はじゅん)、幕府との三つ巴の状況が動いていないからな』

『そのあたり、彼女にしわ寄せがいっている自覚はストーリー統括部門にもございます……今回のがよいガス抜きになってくれると良いのですが』


 そう答えたのは、おっとりとした女性の声。ストーリー統括部門のライター兼ディレクターである。


『ホツマ諸島の実装は正式なスタートの後になる予定でございましたから。天魔波旬も合わせ、PCプレイヤーキャラクターと関わるのは随分先になるでしょうし』

『こちらから、ストーリー統括部門に要望がある』


 ディレクターにそう提案したのは、NPCAI担当部門の研究主任だ。緊張した空気が、その場に走る――他ではない、もっともこの場で『権力』を持っているのが彼だからだ。


 要望の内容によっては、この会議が荒れる……そんな緊張を知ってか知らずか、研究主任は言葉を続けた。


『他の獣王や魔王から、“(エイリアス)”使用許可の要望が続出している。当部門は、この状況を歓迎したい……どうだろう?』

『……そうなりますよねぇ』


 ディレクターは、ため息をこぼす。実のところ、各獣王や魔王の“影”は既にランダムでオープンβテストで出現してはいる――だが、それはストーリーの本筋とは関わらない、言わば顔見せ程度のものだ。


 特に妖獣王や天魔波旬――ホツマ諸島の獣王と魔王が現在テスト稼働中の中央大陸セントラル・グラウンドに優先的に“影”を出す権限を有している。だが、他の獣王や魔王たちに同等の頻度で“影”を出したとすると……状況は、かなり混乱することが予想された。


『はっきり言って、今回の“妖獣王・影”討伐は、かなりのイレギュラーって言ってもいいわ。あれと同じ真似をできるユーザーがボコボコいるとは思えないね』

『ですよねぇ。そうなると、倒すのが困難なエネミーが大暴れする不毛の大地になりかねない、と』


 プロデューサーはただ自身の立場からゲームバランスの現実を、営業部門は個人的な感想に述べるに留める。

 お互いに、自分の意見がこの場で求められていないと理解している発言だった。


『もちろん、これはスポンサーからの()()と取っていただいて構わない』


 その抜かれた伝家の宝刀に逆らえる者は、この場にいなかった。


   †  †  †


 現場に置ける、エクシード・サーガ・オンライン責任者四人の思惑はそれぞれ違う。


 営業部門的には、()の最大目的を。


 ゲーム作成部門的には、目的関係なく純粋なゲーム作品としてを。


 NPCAI担当部門には、()の最大目的を。


 ストーリー統括部門には、他の部門同士の折り合いを。


 世界とは誰か一部の者の思惑で編まれる織物だとすれば、間違いなくVRエンターテインメントゲームエクシード・サーガ・オンラインという世界には、彼らの色が編み込まれている。


 ただ、その色が増えれば触れるほど個々の望む色など意味をなさない――それだけで……。


   †  †  †


 故に、(いま)だエクシード・サーガ・オンラインがどんな世界になるか、知る者はいない……。


   †  †  †



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