67話 バーチャルアイドルの“お約束”
※新章、正式サービス開始編にございます。
† † †
その日、セント・アンジェリーナは文字通り祭りの中にあった。
「……すごいことになってる?」
お祭りモードのセント・アンジェリーナの中央広場は、さまざまな屋台や露店で溢れている。その光景に、壬生黒百合は小さく呟いた。それに隣で壬生白百合もしみじみと答える。
「正式サービス開始日だもん。人でごった返すのは普通だと思うよ」
「そこに聖女誕生祭を重ねた、と」
大勢人が賑わい、街が祭りというイベントを行なっていても不自然ではない理由を用意したということだろう。それこそ数十万、数百万規模で人が増えても賄えなくてはいけないのだが――。
「“中央大陸”、結構広かった……」
黒百合は新発表され、PCに無料配布された“中央大陸”のマップを見て、普通に驚いた。
バーラム大森林を超えた先に、なにせセント・アンジェリーナと同等以上の都市がまだ九つもあったのだ。黒百合が広げたマップを横合いから覗き込み、白百合もしみじみ呟く。
「これに英雄回廊で他に八つも行ける場所があると考えると、エクシード・サーガ・オンラインってとんでもなく広いね……」
「最近のVRMMORPGでは、あるあるだけど」
あまりにもなんでもできるようになったVRMMORPGには、一本のメインストーリーというものがなくなった、と言っても過言ではない。誰もが自分の行きたい場所に行き、したい冒険をしていい――自由度が高い、と言えば聞こえはいいが初心者はまずなにをしていいのかわからなくなる要因にもなっていた。
「正式サービススタートの人たちには、まずはこの“中央大陸”に散って目的を探してもらうつもりだろうけど……」
「なるほどなるほど。これは配信者を多数用意したくなる訳だね」
「ん、だと思う」
黒百合の肩に自然とよりかかりながら、白百合はマップを確認する。黎明期、VRのないMMORPGの時代から実際にプレイヤーが得た知識を非公式に広める、ということ形式はよくあったのだという。
それがテキストや情報サイトと掲示板への書き込み、一部配信者による動画配信など時代によって形は変わっていった。ただ、その動画配信を公式が推奨、管理を行なう形式というのはエクシード・サーガ・オンラインが初めて行なう形式だった。
「本当、実験的な要素が多い。アルゲバル・ゲームスは、確かに新しいのに挑戦するのは好きだけど……」
ただ、昔からの生粋なファンである黒百合的には、違和感も感じる。オフライン専門からオンラインへの転向、挑戦の仕方にアルゲバル・ゲームス以外の意志も混ざっているように感じたのだ。
「……そういえば、エレインとディアナは?」
「エレちゃんは人と会う約束があるんだって。ディアナさんは大学で外せない用事があるからって。ふたりとも夕方に合流予定」
「なるほど、どうする?」
今の時間は昼、ならば数時間は時間を潰す必要がある――白百合は黒百合の肩に顎を乗せて「んー」と考え込んでいると、ふと呼ばれる声に気づいた。
「黒百合さん! 白百合さん!」
「あ、サイネリアさん」
もたれかかっていた黒百合から身体を起こし、白百合が振り返る。そこにいたのは青を基調としたハーフプレートアーマーに身を包んだバーチャルアイドル、サイネリアだ。
サイネリアの周囲に、無数のコメントが浮かんでは流れていく。
■おー、本物のクロちゃんシロちゃんだ!
■こんにちわー!
■うちのモナが迷惑かけたみたいですんません……
■おー、エクシード・サーガ・オンラインの公式配信者じゃん! 普通に歩いてるんだな
「こんにちは。配信中?」
「ええ、そうなんですけど……」
黒百合の問いかけに苦笑するサイネリアの横には、SDモナルダが三回転ジャンプ土下座を繰り返している。それを見て、白百合は事情を察した。
「あー。モナルダさん遅刻中?」
「はい、まだ寝てるのか連絡がつかなくて……」
「あ、これがあの遅刻したら増えていくっていう?」
■お、おう……この文化を知らないのか
■優秀だな、良いことです
■モナは最大四体に増幅したからな……
■あの時はなぜかSDたちが殴り合いバトルを始めるという地獄だった……
■四時間遅刻して現れた本体が、SDたちにタコ殴りにされたオチ付きだもんな
以前聞いた遅刻ネタを実際に目にして、黒百合は興味深げに土下座を続けるSDモナルダを突く。ぷにぷに、と頬を突かれたSDモナルダが眉を逆立てて怒った。
『おぶおぶ。やめてよねっ、けっこうつかれるんだから、ジャンピングどげざっ!』
「あ、邪魔してごめん。気にせず続けて?」
『ふん、きをつけてよねっ。うおー、はやくこいー、ほんたいー。ごめんなさい!』
えらく優秀なAIだなぁ、と黒百合が感心する。サイネリア的には苦笑するしかない。
「冗談で学習するAI積んでみたら、出番が多すぎて賢くなっちゃいまして……」
■もうSDは準レギュ扱いだからな……
■最近、モナよりSDの方に優しくなってるからな、みんな
■これもバーチャルアイドルの功罪よ……
「……闇が深いね」
『ぜーぜー、ちょっとまって、やすませて……』
「ん、どうぞ?」
『あんがとー……』
へちょんと黒百合の肩でバテるSDモナルダ。それをよしよしと黒百合が人差し指で撫でてやると、SDモナルダは猫のようにゴロゴロと喉を鳴らした。
■おお、珍しいSDが初対面の相手に甘えとるぞ
■あそこまでサイネリアちゃん以外に懐くのは珍しいな
■さすがに突発ゲストの手前、サボるなと言えんわなぁ……
「そういえば、サイネリアさんはチュートリアルは?」
「その、姉と一緒に行く予定だったので……」
白百合の確認に、サイネリアは「まだでして……」となんとも言えない微妙な表情を見せる。それに白百合が黒百合を振り返ると、コクリと頷いた。
「なら、少しお話でもします? せっかくこうして会えたんですし」
「いいんですか?」
白百合の提案に、サイネリアは申し訳無さそうに聞き返す。彼女にとっては時間を潰すのに、大助かりだが――黒百合は、それに小さく首を左右に振って答えた。
「こっちも夕方までは時間を潰すだけだったから。それにジャンピング土下座が続くのかと思うと……」
『あんた、いいヤツね……う、うう、ひとのやさしさがみにしみるわ……』
黒百合の肩の上で涙を拭うSDモナルダに、黒百合としては無表情になるしかない。
■おお、これが噂の目の光が消えるという……
■天使じゃ、狼耳の天使がおる……
■ちょっと属性過積載だな、それ>狼耳狼尻尾和風美少女天使
■なんだろう、オレたちもちょっとバーチャルアイドルの闇に触れすぎてたわ。浄化される気分……
† † †
食事処“銀色の牡鹿亭”、その二階のいつもの席に、黒百合と白百合、サイネリアが揃って座っていた。
『『『ぷはー!』』』
三体に増えたSDモナルダは、指定席と言わんばかりに黒百合の頭の上でミルクを飲んでいた。いや、こぼしたりしないから別にいいのだけれど――。
■あそこにいればジャンピング土下座から逃げられることを憶えたか……
■モナより頭いいからな、あいつら……
□うーい……今、起きました……
■ようやく起きおった!
■はよう、もう三体に増えとるで!?
■はよこい! 公式配信者様に迷惑かけてるぞ!
□げー、! クロ、シロ! なんで、クロシロナンデ!?
「おはよう、モナルダ」
「あたしたちもいい時間潰しになったよねー」
「……姉さん、後どのくらいかかります?」
静かに圧が増したサイネリアに、コメント欄のモナルダは即座に答える。
□ひえ! 後、二〇分待って!
■四体目がでなくてよかったな、これ
■ギリギリだけどな、またひとつ駄目モナ伝説が生まれたぞ、これ……
■間違いなく切り抜き動画作られるでぇ、これ
『はよこいー、ほんたいー』
『さーびすしょにちにどげざさせるとかなにかんがえとんじゃー! こらー』
□おま!? なに、クロの頭に乗って寛いでんだ、ボケナスどもぉ! 今すぐ降りて土下座してろぉ!
モナルダのコメントに、黒百合の頭の上で寝転んだ三体のSDモナルダたちは、勝ち誇った表情で言い返す。
『へへーん、おとといきやがれー』
『いっそこなくてもいいぞー!』
『アタシらクロんちのこになっからなー!』
□ぐぬぬぬぬ! 賢くなりすぎだよ、こいつらぁ!
「……身から出た錆。チュートリアルの教会までは一緒に行く予定だから、慌てず騒がず二〇分で来たらいいよ?」
こら、とSDモナルダたちに黒百合が言うと三体は大人しく頭の上で正座する。その姿に感じ入るものがあったのか、コメント欄のモナルダも素直に謝罪した。
□ううう、わかったわよぅ、ごめんなさいぃ……。
■……素直にモナが謝ったぞ、クッソ珍しい
■モナ構文の「違うのよ!」から外れたなぁ
■同じ『姉』でこの差はでかいな……
■言うな、言ってやるな!
サイネリアと白百合、ふたりの『妹』が視線を合わせ小さく笑みをこぼした。
† † †
SDモナルダ
試しに組み込んでみた学習AI(どっかの東扇大学の研究室製)のおかげでスクスク成長、本体であったところのモナルダに反逆するぐらい賢くなりました。
ようはそんだけ、遅刻してるってことです。
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