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閑話 大学生・坂野九郎

※もうそろそろ、ゲームが再開されますが。これだけはやっておきたかったのデス。

   †  †  †


 東扇大学(とうせんだいがく)のVRキャンパスに、坂野九郎(さかの・くろう)は訪れていた。入学式から卒業まで、望むならVR通学のみで終えられる――それがIT関連の研究が盛んである東扇大学最大の特徴だった。

 事実、九郎も既に卒業資格は目の前だが、実際に訪れたのは両手の指で事足りる。通学時間がない、というのは大変助かるのだが――。


「うぉーい! 坂野くーん!」

「あ、おはようございます」


 聞き覚えのある声に呼ばれ、九郎は振り返る。そこには、年上の同級生が小走りで駆け寄ってくる姿があった。

 それは中性的な顔立ちの女性だ。鴉の濡羽、と例えられそうな黒いショートカット。服装もラフのシャツやジーンズ。背も一七〇はあるのだが、九郎の隣に立つと途端に小柄に見えてしまう。九郎を止まらせることなく、女性は隣に立って当然のように一緒に歩き始めた。


「うん、おはよう。この後、講義かい?」

「いえ、卒論のことで少々確認に――」


 九郎の口から出る卒論の言葉に、「?」と女性は小首を傾げる。


「そ、つ、ろ……は? 早くないかね?」

「いえ、ちょっと前倒しに片付けて時間を確保しておこうと思って」

「はぁ……キミ、ちょっと生き急ぎすぎじゃないかね……」


 呆れる女性に、「ハハハ」と九郎は乾いた笑いをこぼす。確かに、早く卒業したい、と飛び級を繰り返したのは確かだが。


「ブライベートの方で、色々としたいことができましたので」


 九郎がそう答えると、女性は小さく息を飲む。しばらくマジマジと九郎を見上げたまま表情を確認、不意に嬉しそうに微笑んだ。


「……そっか。それは良かったよ」


 それは彼女の心の底から出た本音だった。


   †  †  †


 VRキャンパスの片隅にあるカフェテラス。九郎の目的が終わったら落ち合おう、ということで待ち合わせしていたのだ。


「えっと――」


 九郎はウインドゥを確認する。その中で個室にある名前を、確認していき――。


『――城ヶ崎菜摘(じょうがさき・なつみ)


 ひとつの名前を見つけて、個室に移動(ログイン)した。


「お、用事は終わったのかい?」

「ええ、あくまで軽い相談と確認だったので。それより城ヶ崎さん、オレに用事ってなんですか?」


 向かいの席に腰を下ろし、城ヶ崎菜摘と向き合う。それに菜摘は、笑みのままに答えた。


「坂野くんも知ってるだろう? 今度のエクシード・サーガ・オンラインの正式サービス。私は正式サービス初日から始めようと思うんだが、キミも一緒にどうかなと思ってね」

「あ、はぁ、それですか……」


 実はもうやってるんですよねー……と、答えていいかどうか。九郎としては歯切れが悪くならざる得ない。それに不満顔を見せたのは誘った菜摘だ。


「どうしたい? キミの愛してやまないアルゲバル・ゲームスの初オンラインVRMMORPGだぞ? キミならチェックした挙げ句、初日から乗り込む気満々だと思ったのに」

「あー、オレ。実はもうオープンβに滑り込んでまして……それでちょーっと面倒なことになってるんですよね」

「……まさか、やりたいことってソレじゃないだろうね」


 菜摘の半眼を受けて、九郎は苦笑する。それに菜摘は、深々とため息をついた。


「やれやれ、ゲームのために卒論早めにとか……お姉さん、キミが自分の夢を見つけてくれたのかと思って喜んだのに」

「……それはこう、ぬか喜びさせましたか?」

「いや、ゲームが楽しみ、というのを否定はしないよ? 私は……」


 そう言うと、菜摘はひとつの動画を目の前で再生する――それは大嶽丸(おおたけまる)と殴り合う壬生黒百合(みぶ・くろゆり)、例の正式サービス宣伝用のPVだ。


「キミなら、この壬生黒百合というPCプレイヤーキャラクターと対等以上の活躍ができると思ったんだけどねぇ」

「は、はぁ……」

「ほら、キミにプレゼントしようと思ってキャラのスキン用のCGも用意したんだが――」

「ほうほう、ちなみにどんなのです?」


 城ヶ崎菜摘、東扇大学の城ヶ崎教授の姪にあたる彼女はAI用やさまざまなアバター関係のCGデザイナーの卵だ。実際、既にいくつか彼女のデザインは世に出ているぐらい、優秀なデザイナーである。

 興味を惹かれた九郎の元に、一枚のCGは表示され――九郎は怒鳴った。


「だから! どうして女性キャラなんですか!?」


 そこにいたのは、緋色を主体にした美麗な女武者のCGだった。細部に至るまでしっかりとデザインされているのがよくわかる、菜摘珠玉の会心作だった。


「だって、こういうのって女性キャラの方が配信映えするんだよ!?」

「さらっと配信者させるつもりだったのまでゲロった!?」

「だってー、私のデザインが大々的に世に知らしめられると思ったんだよぉ」


 ぐてー、とテーブルに突っ伏し、菜摘はゴロゴロする。普段は中性的で男女どちらからも人気の高い凛々しさで知られているが、極々一部の気を許した相手には、このようにだらしない姿を見せる……なんの因果か、九郎もその中のひとりに数えられるようになっていたのだが。


(こ、この人は油断ならねぇな、もう……)


 菜摘との出会いは、二年前の例のVR格闘技大会の日本予選一週間前のことだった。前年、一四歳で入学したばかりだった九郎は東扇学園のゲーム部が呼んだVR格闘ゲームとのプロとの対戦に、正体を隠し対戦を挑み、勝利していた。

 ただ純粋に自分がどこまで通用するのか試したかっただけなのが、結果は完勝という形になった。その時、菜摘は対戦を見て「これだ!」と思って、正体不明の挑戦者を調べ抜いて九郎を突き止めたのだという。


「キミ、今度のVR格闘ゲーム大会に――」

「出ません」

「……そうかぁ、アルゲバル・ゲームス三大クソゲーのギャルゲー初回パッケージ版を提供する用意があったのだが――」

「――待ってください、話だけまず聞きしましょう」


(……今も思う、あれは本当にクソゲーだった……)


 九郎が選ばれた理由は、菜摘がゲーム部のプロゲーマー志望の先輩からしつこく粉を駆けられ続けていたらしく、断る口実にVR格闘ゲーム大会で、自分の“友人”を倒せたら考えると、売り言葉に買い言葉になってしまったらしい。ようはクールで知的に見えて、時折カっとなって後で後悔するのが多い人なのだ、菜摘は。とはいえ、プロゲーマー志望の先輩に確実に勝てる友人など身に覚えはなく……九郎に白羽の矢が立ったという事情だったらしい。


「ま、肩の力を抜いてサクっと遊んできたまえ」

「……対戦直前に言わないでもらえます?」


 その結果、セミプロorノンプロ枠のワイルドカード枠日本大会決勝。問題のゲーム部の先輩から1ダメージも受けず、完全ストレートで九郎が勝ってしまった訳で。菜摘とは、それ以来の付き合いとなっている。


「仕方ないなぁ……でも、どうしよう? これ。結構上手くいった自信作だったんだけど……」

「自分で使ったらどうです?」

「キミね、私はあんまりゲーム得意じゃないんだよ、へたの横好きってヤツなんだ」


 自覚はあるんだよ、と菜摘は唸る。実際、九郎もいいデザインだったからもったいないと思う――あれで男性キャラだったら、ちょっと悩んだろうか……?


(いや、ないか)


 さすがに、断腸の思いで断るだろうが、不義理はする気は一切なかった。


「ま、お蔵入りは仕方ないかな。“向こう”で出会うことがあったら、その時は一緒に遊ぼうじゃないか」

「ハハハハ、デスネ」

「……心がこもっていないなぁ。ま、私もパワーレベリングとか好きじゃないからね。私のペースで遊ぶとするよ」


 そう言ってから、ふと菜摘は付け足した。


「ときに坂野くん、配信者に興味は――」

「――ないです」

「むむ……取り付く島もないなぁ」


   †  †  †


「向いてたと思うんだけどなぁ……」


 九郎と別れ、個室に残った菜摘はトトンと美麗な女武者のCGをクリックする。すると、今度は同じコンセプトの凛々しい若武者のCGが現れた――実は九郎が引き受けてくれたなら、ときちんと男性キャラも用意していたのである。

 その上で、男性キャラと対になるように、そこには白拍子の女性のCGも用意されていた――自分がやろうと思っている、キャラのCGだ。


「ま、坂野くんにも坂野くんの人間関係があるからね。今回は縁がなかったってことで」


 女武者と若武者のCGは、大事にパスワードをかけてロックしておく。残った白拍子の女性CGをエクシード・サーガ・オンライン運営に提出、スキンとして申請した。


 ――この時の菜摘を彼女が敬愛する叔父が見たら、なんと言ったろうか。


「城ヶ崎の血筋は不器用なのだから、もう少し器用に生きた方が良いぞ」


 そんな自分を棚にあげたアドバイスが、聞けただろう。ようは、()()()()一族なのである。


   †  †  †




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― 新着の感想 ―
[良い点] 見つけてから最新話まで一気に読みました!先が楽しみです [一言] 気のせいだったらごめんなさいなんですけど、作者様もしかしてLightゲー好きですか?シルヴァリオや神座好きの同志の匂いが
[一言] 秒でバレそうな予感...
[一言] 秘密の共有者が増えそうな予感!
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