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閑話 たまにはアイドルらしいことを(前)

※彼女たちはただの修羅ではなく、アイドルという名の修羅なのです。

   †  †  †


 青い空。白い雲。青い海。白い砂浜――そこは、青と白の領域(レイヤー)だった。


「わーい!」


 エレイン・ロセッティが波打ち際を駆けていく。白いセパレートの水着に金色のパレオを腰に巻いて元気いっぱい走る姿は、健康的な愛らしさに満ちていた。


「元気だなぁ」


 それを見てそんな感想をこぼすのは、壬生白百合(みぶ・しろゆり)だ。こちらは白いシンプルなワンピースタイプの水着だ。狼尻尾があるのだが、そこは曖昧に尻尾が外に出ている。その隣で、瞳から完全に光の消えた壬生黒百合(みぶ・くろゆり)の姿があった。


「待って……普通こういうの色違いのはずでは?」


 そう、なぜか今回は白百合と色違いではない。黒のワンピースタイプのスイムウェア、というかスクール水着である。ご丁寧に胸元に「黒百合」と達筆な毛筆で書かれた名札が完全防水処理されて縫い付けられている訳で。ちなみに、呪いのアイテムである“妖獣王(ようじゅうおう)黒面(こくめん)”は、今日も右側頭部に着いている。


「そういうコンセプト、なんじゃないかな?」

「いや、どういう?」

「一緒に海に行くことになったけど、水着の用意は? でスクール水着しか持ってないのにあるって言っちゃうみたいな?」

「ああ、構想(コンセプト)ではなく裏設定(コンセプト)……?」


 あるいは、そのままお約束という概念(コンセプト)か。いや、ある意味で自分はマシかもしれない――黒百合は、同情の視線を後ろに送った。


「……大丈夫? ディアナ」

「しょ、正直あまり……」


 そこには縮こまり、両腕で自分の身体を必死に隠そうとするディアナ・フォーチュンの姿があった。普通に黒のビキニ姿なのだが、ディアナの性格からすれば充分露出が高いという認識だった。

 さきほどのお約束という概念(コンセプト)で言えば、四人の中で唯一と言っていいスタイルで見栄えがするタイプなので強引に冒険させられた、といったところか。


「せ、せめて上から羽織るものを……っ」

「ちょっと! なにを縮こまってるの!」


 よく通る怒声、それに駆け続けるエレイン以外の三人の視線が向いた。そこにいたのは――赤い、という印象の少女だった。

 背の高さは一四〇センチほどの黒百合や白百合とほど同じ。見た目も一〇代前半ほどで、顔の造りは愛らしいがその表情のためよく言えば凛々しく、悪くいえば気の強さが前面に出ていた。ただ、壬生『姉妹』と大きく違うのは二本の斧が交差する特徴的なマークを持つ薄いTシャツの下、赤いビキニ水着に覆われた胸部装甲だろう。胸を張ったりするから、なおのこと大きさが目立った。


「いい? その胸は武器だと思いなさい!」

「ぶ、武器……?」

「そう! 目立つという意味でも! 視聴者の視線を文字通り釘付けにするという意味でも! フォロワーの数を増やす上で、その胸部装甲は武器なの!」


 真紅のツインテールを揺らして熱く語る、ガッ! と握り拳を作る赤い少女――どうやら、胸部装甲に一家言があるらしい。


「せっかく見事な兵器を持ちながら、それじゃあ宝の持ち腐れでしょう!? しゃんとなさい、しゃんと!」

「え? 兵器? 兵器!?」


 詰め寄る赤い少女に、完全にディアナは状況が見えないと目を白黒させる。さて、止めるべきかどうか、少なくとも悪意や害意はなさそうだと思って様子を見ていた黒百合より先に、止める手が伸ばされた。


「あー、すみません。もう、駄目ですよ。初対面の方にいつものノリは」

「うお!?」


 赤い少女が、首根っこを掴まれて持ち上げられる。こちらは、青い女だ。背は高く、一七〇あるかどうか。青いショートカットの髪。狐目とも言うべきか細い目、こちらは二本の戦鎚が交差するマークを胸に刻んだ薄いTシャツに青いビキニ水着を着込んでいた。


「初めまして、わたしは()のサイネリアといいます」

「ふふ、そしてこのアタシが()のモナルダよ! 崇めることを許すわ!」


 ペコリと頭を下げるサイネリアと吊られたまま、器用に胸を張り続けるモナルダに、あ、と黒百合は声を上げる。


「確かプロゲーマーの?」

「サイネリアさんの歌はお聞きしたことあります」

「ちょっと、あんたたち! ()()()する相手くらい調べてきなさいよぉ!」


 じたばたと暴れる『姉』をゴキリ、と『妹』は沈黙させた。グッタリとなった『姉』に白百合は心配そうな視線を送りつつも言った。


「えっと、おふたかたが今日一緒に撮影するってお話の……」

「はい、わたしたちもバーチャルアイドルですから」


   †  †  †


「は!?」


 意識を取り戻したモナルダは、真っ赤な瞳を見た。自分を覗き込んでいた金髪ツインテールの少女、エレインの瞳を。


「――キャラ被り!? 駄目よ、マニアの視線がバラけるじゃない!」

「大丈夫、被ってるの髪型と瞳の色だけ」


 意識を取り戻してのモナルダの第一声に、黒百合がフォローを入れる。砂浜に放置されていたモナルダは、手慣れたように起き上がった。


「大丈夫?」

「ああ、あれ気を失ってるんじゃなくてアタシをミュートするモーションなのよ。一定時間完全遮断されるから気を失ってるみたいに見えるだけ」


 赤青姉妹は、姉の危険発言防止さえネタにしているのである。エレインも一安心、というように立ち上がった。


「今日は一緒に遊ぶんでしょ! よろしくね!」

「遊ぶんじゃなくて、撮影よ! 動画じゃなくて切り抜きSS(スクリーンショット)だから、構図を考えて――」

「泳ごうよ! 海、すっごく気持ちいいよ!」


 エレインに手を取られ、モナルダは軽々と引きずられる。そのまま海まで引きずられ、モナルダは黒百合にヘルプを求めた。


「ちょっと! あなたのとこの子でしょ!? ちゃんと説明してるの!?」

「遊ぶだけでいいって言われている。自然なやり取りがほしいらしいから、深く考えなくていい」

「それでも考えるのがアイド――ぶはぁ!? コラ! ちゃんと準備体操なさい! 切り抜きどころでしょ!?」

「クーロー! 一緒に競争しようよ! モナちゃんも!」

「……ん、了解」

「モナちゃん!? ねぇ、距離の詰め方おかしくない!? このコ、ごぼごぼ!?」


 そんな三人のやり取りをビーチパラソルの下でテーブルを設置して寛いでいた白百合とディアナ、サイネリアが眺めていた。


「大丈夫でしょうか、その……お姉さん」

「大丈夫ですよ、姉は弄られると輝くタイプですので。エレインちゃんに振り回されて、黒百合さんにフォローされるだけで充分仕事してますから」

「……やっぱり、そういうキャラ付けなんだ」


 こちらは活発的に動くのは後回し、と考えたチームだ。白百合もディアナも他バーチャルアイドルとの仕事は初めてだが、赤青姉妹は他アイドルとの絡みは多い方だ。


「本当、あなたがたが友好的な方で良かったです。姉、ああいう性格なので激突する時は激突するんですよねー」

「それはこっちも同じかなぁ」


 バーチャルアイドルとはいえ、中には人はいる。人間関係というのは大事なものだ。ただ、バーチャルアイドルはプロ意識が強い人が大変多い――視聴者との距離が近いからこそ、人間関係の大切さが身に染みているのだ。だから、積極的な波風を立てようとしないのが普通……なのだが。


「それでも、プロゲーマーって肩書きがつくと上手いとか下手とか、そういうの出ちゃうんですよ」

「あー……」


 サイネリアの言葉ももっともだ。赤青姉妹はバーチャルアイドルでは、プロゲーマーでもあるためかなりの実力を持っている。コラボ相手も、当て馬にはされたくないと考えて当然だ……そこに彼女たちに罪はないのだが。


「その点、わたし的にエクシード・サーガ・オンラインはものすごく魅力的だったんですよ」

「そうなんですか?」


 嬉しそうに笑うサイネリアに、ディアナが聞き返す。ゲーム的な経験が浅いからわからないのだ、どれだけ昨今のVRMMORPGの中でエクシード・サーガ・オンラインが特殊なのか。


「そうだね、みんなで力を合わせる、がコンセプトにあるから」

「バーチャルアイドルの人からすれば、ゲームは視聴者の方々とのコミュニケーションツールですから。重要なのは観てくれる人をいかに楽しませるか、なんですよ」


 そういう意味で、赤青姉妹は黒百合やエレイン、白百合のようにプレイヤースキルというプロゲーマーとしての実力がある。魅せプレイという意味で、彼女たちは楽しませるアドバンテージを持っているのだ――それをどう捉えるかは、人それぞれだろうが。


「プロゲーマー側からすると、バーチャルアイドルって視聴者から情報もらえたり人を募って手伝ってもらう人って側面もあってですね?」


 これはディアナもわかる。好意で親切に教えてくれる視聴者は多い。特に彼女たちの配信の視聴者はマナーがいい。楽しむのに余計な情報を与えたりしないし、誤情報が混ざることも極端に少ない。


「エクスシード・サーガ・オンラインって元よりPCプレイヤーキャラクターも視聴者も力を合わせることが前提のバランスなんです。だからアイドルとゲーマー、双方の立場を持っているこちらからするとデメリットが極端に少ないんですよ」


 バーチャルアイドルとして人海戦術を使ってもレア素材が簡単に入手できる訳でもないので、ゲーマー側からはやっかまれない。ゲーマーの実力を持つバーチャルアイドル? 争う必要のないゲームなのだから、同じアイドルからすればありがたい協力者だ。


「なので、新作ゲームに参加するのにこんなに気楽なことってそうなくって。本当、PK(プレイヤーキル)のあるゲームでのバーチャルアイドルってすごく大変だったりしますから……」

「あー……」


 音声が素材として使われない上に、苦労をわかってもらえるからかサイネリアの愚痴も回る回る。ディアナや白百合としては、エクシード・サーガ・オンラインでしかバーチャルアイドル活動をまだしていないので、そういう意見も貴重だ。


 そんな和やかな空気で、ふたつのチームの初コラボは進んでいった。


   †  †  †

前後編になる、予定です。

他のバーチャルアイドルの見るエクシード・サーガ・オンラインの情報になれば幸いです。


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[一言] クロちゃんのスク水!?や っ た ぜ !
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