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63話 妖精の訪問(前)

※完全なギャ……ラブコメ(?)回だと思って、肩の力を抜いてごらんください。

   †  †  †


 とある高層マンション、そのニ五階に坂野(さかの)家の部屋はある。九時過ぎ、両親が仲良くわざわざ出勤していった後に、そのインターホンは鳴った。


「ごめーん、兄貴。ちょっと手が離せないから出てくれる?」

「おう」


 妹の真百合(まゆり)に言われ、九郎(くろう)はインターホンの画面を確認する。そこには立体的なAR映像で訪問者が映っていたが――。


(……ん?)


 えらく小さな女の子がそこにいた。ただ、白いワンピースに大きめの麦わら帽子を被っていた姿がよく確認できない。なんだなんだ、と九郎はとにかくドアへと向かった。


「はい、なにか御用です――」


 九郎は扉を開けると――。


   †  †  †


 ソワソワとエステル・ブランソンは扉の前で待っていた。


(あれ? シロ、いないのかな……?)


 この時間に来るとさっき連絡したばかりなのだから、それはないはずだ。そう思っていると、扉の向こうからこちらへ向かってくる足音が聞こえた。


(――そういえば、シロとクロって本当の『姉妹』なんだっけ?)


 だとしたら、出てくるのはクロかもしれない……そう思うと、途端にエステルは焦燥感に襲われる。へ、変なとこないよね? と自分の白いワンピース姿を確認。麦わら帽子を脱いで、手櫛で髪を整えているとガチャリと扉が開いた。


「はい、なにか御用です――」


 扉が開くと、そこには『お腹』があった。ん? とエステルは小首を傾げつつ、視線を上げる。ずっとずっと上まで。


「…………」


 そこにいたのは、とても背の高い青年だった。昨日会った“営業部長さん”よりもう少し高い。一九〇あるかないか。さらりと柔らかそうな癖のない黒髪に、荒削りながら彫りが深く整った顔。鍛えているのかしっかりとした身体つきは威圧感があるはずなのに、その瞳がものすごく優しい色をしていて不思議と怖さはなかった。


「あ……」


 そこでエステルは自分が黙ってしまっていたことに気づく。慌ててペコリと頭を下げると、エステルは青年を見上げて改めて話し始めた。


「その、こちら坂野様のお宅でよろしいでしょうか? 私、真百合さんの友人で――」


 エステルがそこまで言った、その時だ。


「……エレイン?」

「え?」


 呟いてしまってから、青年が驚いた表情で自分の口を手で覆った。明らかにしまった、という表情――エステルはドッドッドッドッと自分の心臓がひどく大きな鼓動をさせて暴れだすのを感じていた。頭の芯まで熱がこもり、全身をピリピリと電気が流れるような緊張が走る。


「……もっ……しか、して……っ」


 自分でもわかる、声が震えている。痛い、胸が痛くて、視界が揺らいで。強く胸に麦わら帽子を抱きしめなら――目の前で戸惑う青年に、エステルは問いかけた。


「……クロ、なの……?」


 エステルのその問いに、青年――九郎は、どこか力の抜けた表情で優しく微笑んだ。


「ああ……そうだよ」


 この問いかけに嘘はついてはいけないのだ、そうきちんとわかっているからこその正直な返答だった。


   †  †  †


「泣ーかせたー、兄貴がエレちゃん泣ーかせたー」

「え、違う、違うから! ちょっと驚いて、その……!」


 坂野家のリビングで、ソファに突っ伏した九郎に真百合が言うのをエステルが慌てて止めた。妹の真百合は柔らかな栗色のウェーブしたセミミドルの髪に、一六歳というには大人びた顔立ちの少女だった。背もエステルよりずっと高い、一六五ほどある。


「それより、シロ。聞きたいことがあるんだけど?」

「ん? なに?」

「クロには自分が話を通すから、ディアナんにはワタシに連絡取ってって言ったの……シロだよね? どうして、クロはなにも知らなかったの?」


 話が違うじゃん、とエステルに矛先を向けられた真百合は「ははは」と白々しく笑う。それに九郎がようやくソファから身体を起こし、真百合を半眼した。


「お前、計画的じゃねぇか。なんで黙ってたんだよっ、こんな大事なこと」

「えー、だって兄貴話したら、今日はどうしてた?」


 質問に質問で返す真百合に、疑問文に疑問文で返すなと混ぜっ返してやろうかと思ったが九郎は真面目に考え――深い溜め息をこぼした。


「……旅に出ます。捜さないでください」

「え? そんなにワタシと会うの、いやだった!?」

「あー、違う違うっ。なんて言えばいいのかな、これ……あーっとだなー」


 傷ついた表情で驚くエステルに、九郎は慌てて否定する。説明するのは簡単だが、理解してもらうのは難しい――それがわかるからこそ言い辛かった。


「こう、こう……ようはオレは男な訳よ。ここまではいい?」

「……うん」

「でも、バーチャルアイドルやる限りは女の子の壬生黒百合(みぶ・くろゆり)をやらないといけないの……な?」

「うん……うん?」


 エステルは小首を傾げる。九郎もなんと言えばこの曖昧模糊な感情を表現できるか必死に頭を巡らし、言葉を振り絞った。


「もしかしたら、こう、こう……中身が男だと知られている女の子の目の前で、あー、ロールプレイができなくなるかも、しれない……訳でさ? あ~、これなんて言ったらいいのかなぁ、ちくしょう!」


 頭を抱える九郎に、んー、と髪を指先でクルクルとさせながらエステルは考え込む。エステルの仕種に、あ、それリアルの癖だったんだ、と真百合は思った。


「……思ったんだけど、こうね? 思い返すと、クロが男の人だって知った方が納得できる行動が多かった気がするの」

「え? え、そう……すか? 頑張ってたんだけど……」

「気づいてなかったのかい、やっぱり……」


 そうかなぁ、と九郎が思い返す。確かに、どちらかといえば脊髄反射で行動していたことも多い……のか? と九郎は考え込む。


「それに、もうシロは知ってたんでしょ? シロはいいの?」

「ま、こいつは最初から知ってたし……こいつだし?」

「あぁん? なんだぁ、その言い草ぁ」


 掴みかかる真百合の頭を九郎は手で抑え、真百合の拳が空を切る。その体勢のまま、九郎は改めてエステルを見た。


「ま、ぽろって言っちまったのオレだしな。バレてからどうこうは言わないよ」

「……よくわかったね、ワタシがエレインって」


 ほら、髪型も違うし、と言うエステルに、呆れたように九郎は言った。


「なに言ってんだ、一発でわかるだろ。どこからどう見ても、お前だろ?」

「…………っ」


 なんだろう、そう言われてしまうと落ち着かない。頬が熱くて、思わずもじもじとしてしまう。すごく嬉しくて、表情も猫を被れずに笑みが漏れてしまって――。


「そ、そっか……そっか、えへへ」

「いや、でもリアルで会って身バレすると、は――」


 ふと、九郎の言葉が止まる。その時、九郎に電流が走る――待て、さっきなんと言っていた?


「あのさ、エレイン。オレにはシロが説明して、お前は……」

「ん? ディアナんも呼んだよ?」


 その瞬間、『ゾーン』を発動させようとした九郎の腰に先読みした真百合がタックルしていた。


「なんで逃げるの、兄貴! まさかディアナさんをのけ者にする気!?」

「そうだよ、クロ! ディアナんだって大丈夫だって!」


 九郎の上に、真百合とエステルが覆いかぶさり抑え込む。引き剥がすのは簡単だが、万が一怪我をさせる訳にはいかない……そう考えた時点で、この体勢に持ち込まれた九郎の負けだった。


「違っ、違わないけど、違っ!? ディアナさんは、ディアナさんは、ヤバ、ヤバいッ!?」

「なによ、なにがヤバいの!?」

「あ、待って。ディアナんから何件かメッセージが来てる」


 スチャと九郎の背中に跨ったまま、エステルはミラーシェード型のARグラスをかける。それを肩越しに見上げて、九郎がぼやく。


「あ、それプレヤデス・テックの一世代前のスポーツタイプじゃん。最新型より、そのデザインいいよなぁ」

「へへ、最新型買うってお爺様(グランパ)がお下がりにくれたの」

「へぇ、安くねぇのにな」

「……ちなみにいくら?」

「最新の時に買うと四〇万」

「よっ!?」


 そんなやり取りをする間に、エステルは届いていたメッセージを確認。グラス部分に文字が流れていく。


   †  †  †


ディアナん:エレちゃん、迎えが家まで来てくれるって言うけど、本当に大丈夫?

ディアナん:あ、あの、おっきいの、リムジン? リムジンが来たんだけど!?

ディアナん:ね、本当に大丈夫なの!? 黒服のお兄さんたちが、その……!

ディアナん:え? アルコール? ノンアルコール? いえいえ、飲み物とか結構ですので!?

ディアナん:エレちゃあああん、エレちゃああああん!

ディアナん:……目的のマンションについたみたい。真百合ちゃんの家、何階?

ディアナん:あ、二五階ですね。ありがとうございま~す……ううう。


   †  †  †


 その時、インターホンの音が鳴り響いた。その音に、再び這って逃げようとする九郎に真百合はしがみつく。


「エレちゃん、ディアナさんを迎えに行ってあげて!」

「ラジャー!」

「マジで、マジで、勘弁……ッ、勘弁しろぉ!?」


 玄関先で「きゃ~~! リアルエレちゃんだぁ~!」と聞き慣れた声がする。そのままトタトタとふたつの足音が聞こえてきて……。


「あ、の……?」


 エステルに手を引かれてやって来たのは、一〇代後半の少女だった。長い黒髪に漆黒の瞳、顔も上品に整った造形をしている。大和撫子、そう表現する時に想像するならこんな感じだろう、そう思える容姿だ。

 ただ、その白いブラウスと黒のロングスカートという服装の上からでも「ああ、ディアナんだ」とわかる、見覚えのあるプロポーションをしていた。


「どうも、シロです。んで、こっちが――」

「……ク、クロ……で、す……」


 観念したように名乗る九郎に、少女はじっと九郎の顔を見る。一瞬、綻ぶような笑みを浮かべた少女は……ん? と唇に人差し指を当てて考え込む。なにかを思い出すように考えていた少女は、ソレに思い至るとボッと音がしそうな勢いで耳まで真っ赤になった。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ああ、悲鳴も綺麗だなぁ……と、どこか達観した思いで九郎は微笑んだ。


   †  †  †

ディアナんの本名は次回に!

この回がやりたくて、今まで九郎と真百合の外見描写を避けてまいりました!(後、最初から外見を描写しすぎると、似てなさすぎることがバレるので)



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