59話 悪と呼ばれた者たち3~幼狼と約束~
※誤字報告、ありがとうございます!
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■ぐがー! 逃したあああああああああああああ!?
■どんだけHPあったんだよ、あのノックアウト強盗!
■……考察班が試算したら、スコル並ありやがったぞ
■どこの世界にレイドボスの中ボスがラスボス並に体力あるんだよおおおお!?
■多分、なんかのフラグ踏んじまったんじゃねぇかなぁ
■おい! ウチの最強の射撃兵器が来てくださったぞぉ!
■おおおおおおおおおおおおおおおおお! シロ様ぁ! お願い、当ててぇ!!
■今ならギリギリロスタイムぅ! 討伐可能よぉ!!
† † †
もうすぐだ、とフローズヴィトニルは息を切らしながら駈け続けた。
『レっさん、レっさん……!』
さいしょはすごくおっかなくて、でもはなしてみたらすごくやさしくて、月の“母”と同じくらいすきになった。くちはわるいけど、それだってきっと日の“母”とおなじでツンデレっていうのなんだ、ヴァーさんが言ってたもん。
『もうちょっと、もうちょっと……!』
必死になって、フローズヴィトニルはバーラム大森林を駆けていく。もう英雄たちも追ってきていない――振り切ったのだ。だから、大丈夫。もう少しで、レっさんとの約束を果たせるから。
(ウーたんやヴァーさんは、やくそくってきらいなんだよね)
なにか、おおむかし? すっごくいやなことがあったらしい。やくそくしたのに、うそをつかれてだまされて……オイラもそうだったらしんだけど、おぼえてないし。
でも、それだけじゃなかったっぽい。やくそくってはなしをすると、ウーたんやヴァーさんはすごくとおいめになって、いっつもおなじことをいう。
やくそくなんてしなければ、きずつけずにすんだのにって。
いみはわからないけど、そのときはなんでかオイラも泣きたくなって。ウーたんやヴァーさんは……オイラは忘れたままでいいって――。
『ぐふ!?』
フローズヴィトニルの思考が、途中で遮られた。横からの衝撃、それはフローズヴィトニルの巨体を吹き飛ばすのに充分な威力を持っていた。
『うう、じゃまっこな“き”のおっきいの……!』
それはトレントを引き連れた、体長四メートルほどのジャイアント・トレントだ。このバーラム大森林で無数のガルムと戦い屠って来た、生き残りである。
『ギギギギギ――!』
『じゃま、するな……もうちょっとで、レっさんとの、やくそく……!』
度重なる英雄たちとの戦いで疲弊した今、フローズヴィトニルにとってジャイアント・トレントは強敵だ。それでもフローズヴィトニルはよろよろと起き上がり、約束を果たすために抗う。
† † †
■いた、ジャイアント・トレントとやりあってる!
■かなり距離あるけど、いけるか!?
■シロちゃんならいける……はず!
■南無八幡大菩薩! シロ様、お願いします!!
■あたれええええええええええええええええええ!!
† † †
群がるトレントを踏み砕き、噛み千切り、フローズヴィトニルは前へ進む。前へ、前へ、そこに立ち塞がるのはジャイアント・トレント――その鉄さえ砕く拳がフローズヴィトニルの頭に振り下ろされようとしていた。
『や、くそ、く、を……!』
フローズヴィトニルは、その瞬間、身体中に震えが走った。なにかが、くる。とってもおそろしいなにかが、ものすごくとおくからこちらへ――まっすぐに!
『レっさ――』
反応できない。フローズヴィトニルは振り下ろされるジャイアント・トレントの拳と迫る脅威に身体を石にされたように固まって。
一本の矢が、ジャイアント・トレントを射抜いた。
『――ッ、わああああああああああああああああああああん!!』
吹き飛ぶジャイアント・トレント、その空いた道を必死になってフローズヴィトニルは駆け抜けていった。振り返ることなく、必死に、フローズヴィトニルはやっと逃げ切ったのだった。
† † †
「……ごめん、みんな。外しちゃった」
■いやいや、あの距離だししゃーない!
■あのー、なんかジャイアント・トレントの素材がレイドバトルの滑り込みで入ったんだけども?
■はははは、シロちゃんで無理ならみんな無理だって
■んだなー、倒しきれなかったオレらが悪いわ
■あれの相手は、もうごめんだけどなぁ
■違ぇねぇ!
祭りが終わった後のような賑わいのコメントを見つつ、壬生白百合は吐息をこぼす。そこへ秘匿回線が入った。
“黒狼”『……どうして、わざと外したんだ?』
白百合は自分を九尾の尾で運んでくれた壬生黒百合、その中の坂野九郎を見て苦笑する。
“白狼”『あ、わかっちゃった?』
“黒狼”『そりゃあな、《超過英雄譚》乗せてジャイアント・トレントの急所撃ち抜いてりゃあわかるっての』
お互いにだけに伝わるからこそ、白百合も坂野真百合として答えた。
“白狼”『あの狼が必死に走ってるの見たら、桃介を思い出しちゃって』
“黒狼”『ああ、田舎のお祖母さんのウチの……』
言われて、九郎は思い出す。坂野家の祖母の家に、一度里帰りした時のことを。桃介というのは柴犬の小犬で。
九郎は、しみじみと言った。
“黒狼”『……馬鹿だったなぁ、あいつ』
“白狼”『ふふっ、そうだね』
あまり賢い犬ではなかった。水が欲しいと皿を咥えてくるのはいいが、皿に入った水を飲もうとしてひっくり返し驚いてその場で転がりまわって。しばらくするとケロっと忘れてまた皿を持ってきて、同じことを繰り返すのだ。ただその人懐っこさや仕種には愛嬌があり、愛される犬ではあったろう。
桃介は特に真百合にはとても懐いて、帰省中は散歩に連れて行くのは真百合の役目だった。
“白狼”『帰る時、困ったよね。じゃあねっ、もう帰るんだよって何度も言ってるのにお散歩だと思ってリードを咥えて持ってきてさ。違うよって言ってるのに……ずっとずっと付いてきて』
だから、約束したのだ。また今度来たら一緒にお散歩に行こうね、と。そう言って、ようやく納得してくれて……帰る途中、真百合が何度も思い出しては泣いてしまったのも今ではいい思い出だ。
“白狼”『……桃介、元気かなぁ』
ボソリ、とこぼす真百合に、黒百合が白百合を抱き寄せ頭を撫でる。白百合はそれに抵抗することなく、自然と黒百合の肩に頭を預けた。
“黒狼”『今度、帰ってみるか?』
“白狼”『んー、でも父さんと母さんが忙しいだろうし――』
“黒狼”『その時は、オレが連れて行ってやるさ』
それが当然のことのように、『兄』が言ってくれる。そのことに白百合は小さく身体を震わせ……どこか降参するように、ぎゅっと黒百合の服の裾を掴んだ。
“白狼”『……うん、お兄ちゃん』
† † †
【北欧神話よもやま話】
フェンリルは恐れられ、生まれたその時から拘束され続けた存在でした。
ですが、勇敢なる神テュールだけがお世話をしてくれたという背景があります。しかし、グレイプニルで縛ろうという神々の策略を怪しんだフェンリルは自らの口の中に誰かの腕を入れ、嘘をついたら食いちぎると約束します。
これに応じる勇気があるのもまた、テュールのみでした。幼い頃から優しくしてくれたテュールの腕を約束どおりに食いちぎった時、フェンリルが何を思ったのか? その独自解釈の一幕だと思っていただければ幸いです。
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