57話 Raid Battle:Sun Eater&Moon Chaser13&世界一の格ゲー解説基本・応用編
† † †
■うわ! セント・アンジェリーナの城壁からもうスコルが見えるんですけど!?
■でか! 怪獣映画じゃね!?
■アレの足止めして一度もリスポーンしてないカラドック姐さん怖いわ!
ハティと壬生黒百合が対峙した時、完全に最終戦闘態勢を整えたスコルがそこにいた。
(――忌々しい! なぜ、こんな真似ができた!?)
白金色の毛並みを炎の灼熱で覆い、スコルが歯ぎしりする。超遠距離、あの白い狼耳狼尻尾の少女はあそこにいないはずなのに。あまりにも正確な、城壁上のバリスタによる《超過英雄譚》の乗せた攻撃が飛んで来たからだ。
一撃一撃の威力が高く、ただし一発撃つのに一五分かかるバリスタ四基をフル回転させた狙撃攻撃――スコルさえ想像もできなかった理由はこれだ。
「――これでいい。狙いはつけた。落ち着いて引き金を引くだけでいい」
「は、はい!」
城壁の上、元狩人ハーンがかつて愛用した弓でガルムたちを正確無比に射抜きながら、PCにそう伝える。
そう、狙いをつけるそこまでをハーンが行ない、PCにバリスタで攻撃させたのだ。これはバリスタを設置させたエレイン・ロセッティも計算外の効果だった。
■すっげえな、さすが元凄腕の狩人
■でも、あの人でもシロちゃんの弓の腕前に言葉失ったんスよ……
■――バーチャルアイドルってなんだっけ?
■歌って踊れて修羅れるアイドルってこったろ?
――スコルはそんな裏側を知る術はない。残念……とも思わないが、あの女狐ほど面の皮が厚くなければ、器用でもないからだ。彼女たちには、配信やコメントを覗く術はない。
(保て、“私”! もう少し、もう少しなんだ!)
この期に及んで、スコルは逃げろとは言わない。ハティのアビリティが逃亡に優れていたとしても、英雄と対峙してなお背を見せて逃げろなどと決して言えなかった。
なぜなら、自分がそれができないと知っているからだ。
(ならば、せめて刻め――“私”たちの爪牙、その傷跡を――!)
† † †
ハティは、困惑していた。
(な、に、が――!?)
なにが起きているのか、それがハティには理解できない。だから、動く。アビリティ《月光を追う者》、その月光を用いた転移による死角からの奇襲――そのはずだ。
『――ッ!?』
ぞくり、と背後に現れたハティの背筋が凍った。黒百合の視線が、確かに現れたハティの姿を捉えていたのだ。その瞬間、黒百合がその場に両膝をついた。
(ま、た――!?)
その瞬間、上段という三択のひとつが潰される。頭の位置が低すぎて、上段の攻撃に当たり判定がなくなったからだ。
この時点で二択。そこから片膝立ちとなる動作で、黒百合が間合いを詰める。ここで下段という選択肢が潰される。下段を放つには低すぎる上、間合いが近いからだ。
(く!?)
結果、ハティは中段の蹴りを選択させられた。だからモーションをキャンセルしようとした刹那――ハティの視界が反転した。
『ッ!?』
合気投げ、モーションキャンセルでハティが固まった瞬間、黒百合の両手が閃き空中のハティを投げたのだ。そのまま頭から地面に落下する寸前、ハティはかろうじて頭からの落下を逃れ、地面を転がって距離を取った。
そして、ハティが立ち上がった時にはもう黒百合は立ち上がり構えを取っている。それは文字通りさきほどの交差の前とまったく同じ、仕切り直しの光景だった。
■……えっと、なんなん? これ
■やっべ、VR格闘ゲームやり込んでたつもりだけどなにがなんだかさっぱりですわ……
■どうも、セミプロです。やってることはわかるけど、意味わからんわ、これ
■どうも、プロゲーマーです。意味はわかるけどやれるか、こんなもん!
■どうも、世界一っす。自分はやれっけど、マジでアイドルちゃんすごくないっすか?
■ちょっと、なに混じってんだァ! テストプレイヤー!
■ゴッさああああああああああああああん! あんたが調整すんなよぉ!
■気楽に世界一が混じるコメント欄怖っ!? 怖っ!
■そこはノーコメっす。ちょっとアイドルちゃんのソレが高度すぎて誰にも理解できてないみたいっすから自分に解説役のお鉢が回ってきたんすよ、ドルオタ御曹司から
† † †
■あー、すっげえ簡単に説明すっすけど、格闘ゲームって昔からじゃんけんって言われてるんすよ
■じゃんけん? あのグー、チョキ、パーのじゃんけん?
■そうっす、そうっす。自分はじゃんけんと同じくらい信号機って呼んでるっすけど
■あー、インタビューで言ってたアレかー
■じゃんけんは聞くよね、アレすっごいわかりやすい
■そうそう。じゃんけんぽんでお互いの手を読み合って、読み勝てば攻撃のタイミング。ここでガンガン攻めるんす
(なにか始めやがったぞ、あんにゃろ……)
アカネがコメント欄で始まった格闘ゲームの解説に半眼する。それぐらいボクだってできるし! できるし! と思うが、正直ありがたい。黒百合の動き、それから目を離したくなかったから。
■で、あいこの時。お互いの読みがかち合った時は防御で固めながら慎重に動くってのがセオリーっす。相手が自分の手を読んでるっすから、防御をミスると畳み掛けられかねないっすから
■ふんふん、続けて続けて?(←わかってない)
■あくまで解説の前段階だから、雰囲気だけわかりゃ大丈夫よ?
■そっすね。で、もしもじゃんけんに負けたら。相手に読まれて、自分が読めなかった時はもう選択肢はひとつしかなくなるっす
■んー、勝ったらガンガン攻めるだと……
■負けたら、自分がガンガン攻められちゃう?
■そうっす。だから、全力で敵の攻撃をしのぎ切るんすよ。これが格闘ゲームの基本、じゃんけん理論っす。
■あ、それで信号機か。勝ったら進め、あいこで注意、負けたら止まれ?
■そうっすそうっす! んで、こっからが本番っす
再びハティが間合いを詰めようとする。しかし、黒百合の視線がそれを許さなかった。その視線の動きに気づき、ハティは急停止し横へと回り込む。
■本当に格闘ゲームが強いヤツってこのじゃんけんで負けないんすよ
■は? 強いんじゃなくて負けない、ですか?
■そうっす。着眼点がいいっす。じゃんけんが強いと負けないは、この場合別物なんす。なぜなら相手が使ってくる手、選択肢を減らすことが上手いヤツが格闘ゲームってのは強いんす
例えば、と世界一は先程の交差で説明する。ハティがどこに出現するのか、黒百合は事前に読んでいた、と。
■多分、仕組みはまだ掴んでないはずっす。それでもアレは、ハティの癖を掴んでるはずっす。例えば事前に現れる場所を確認したハティの視線を読んでる、とか
そう、月光のあるなしが転移の重要なポイントだ。だからハティは必ず転移する前に、出現する地点を確認しなくてはならない――これを黒百合は読んだのだ。
■次に、両膝を折る。アレで地味に上段への攻撃判定消してるんすよ。これで上段・中段・下段の三択の内、ひとつ削れるっす
■……は? なに、それ。殴りかかってくる相手の目の前でそれやる? 普通
■リアル達人もやれる人はいるらしいっすけど、格闘ゲームらしい三択っすよね。リアルなら、もうちょい複雑なんでまた違うんすけど……んで、その上で間合いを詰めて今度は下段の選択肢を消す。ほら、これで中段しか攻撃できなくなるんすよ
■……思考が四次元すぎる
■逆に三次元すぎてついて行けない――が正しいわな、これ。立体的に相手の選択肢を潰せるほどの精密な空間把握能力があるかどうかだから
■そうっすね、『ゾーン』中で思考時間が確保されていたとしてもこればっかはセンスっす。アイドルちゃんのセンスの良さは、トッププロ連中の中でも通用するっす
ここでコメント欄に絵文字が流れる。グー、チョキ、パー。じゃんけんの手だ。なお、チョキとパーにばつ印が書かれていた。
■と、ここまで来るともう相手はグーしか出せないじゃんけんを強要されているようなもんす。なら、自分はパーを出せば必ず勝てるっす。ね? 簡単っしょ?
■簡単じゃねぇよ!?
■前段階が無理矢理すぎんだよなぁ!?
■絶許!
■あんたの簡単はもう簡単じゃねぇんだよなぁ、ゲーマー星人!
■やっぱ、格ゲーは才能がものいうなぁ
■とにかくクロちゃんがすっげーことやってるってことだけはわかった……
■やはり天才か……
■なんだろう、小難しい数学の数式すっとばして答えだけ聞いてすっきりした気分だわ……
■あー、ちょっとだけ違うっすよ
ふと、世界一が否定の台詞を入れる。実のところ、全肯定マンと呼ばれる彼にしては珍しい生真面目な反論だった。
■才能、確かにそれが重要ってのは認めるっす。でも、才能だけじゃないんすよ
■……その心は?
■今、多分アイドルちゃん、心底楽しんでるはずっす。強敵との戦いを
前にアイドルちゃんが一問一答で言ってたっすけど、と世界一は前置きして、キッパリと言い切った。
■心底から楽しんで、真剣に真面目にやってるんす――自分も、これが一番ゲームが上手くなるコツだと思うっすよ。一度、自分もアイドルちゃんと対戦してみたいってワクワクしたっすから
† † †
(……あー、これ知ったら兄貴どんな顔するだろ)
コメント欄を読んで、壬生白百合の中で坂野真百合は苦笑する。あの伝説と言われた二年前の全世界格闘ゲーム大会、そのアジア大会で実は坂野九郎はプレイヤーネーム『Yoshitsune』として参加していた。
なんでも同級生――ようするに年上の人だ――に乗せられて、日本大会の予選に出場したところ。トントン拍子でアジア大会まで勝ち上がってしまったのだ。スポンサーがいなかったり兼業のセミプロ、と思われていたらしく、『Yoshitsune』が誰か探す動きもあったらしいのだが……見つかるはずがない、素人である大学二年生の一五歳とは思っても見なかっただろうから。
『もう一度戦ってみたい人っすか? そうっすね、ふたりいるっす。ひとりはもちろん、全米チャンプの『彼女』。もうひとりは全アで自分から1ラウンド取ってくれた人っすね』
優勝後の世界一のインタビューを自宅で聞いていた兄は、それに頭を抱えていた。1ラウンド取れたのはあくまでテンションが跳ね上がって絶好調だっただけ――その証拠に、最終ラウンドでは一方的に負けている――だから、相手にならないだろうとぼやいていた。
『……ま、今はな』
今より強くなってないとあの人に失礼だわ、と屈託なく笑っていた九郎の顔を、今でも真百合は覚えていた。
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ちなみに妹はサイゾウさんとかアカネさんのことに気づいていません。兄の方は後で知りましたが。
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