55話 Raid Battle:Sun Eater&Moon Chaser11
※誤字報告、ありがとうございます。
※短めですが、本日三本目です!
† † †
バーラムの大森林、セント・アンジェリーナから東の森の中でアカネは一体の巨狼と争っていた。
「こいつも分身体か。エレちゃんが二体倒したからこいつで分身は終わりだね!」
フローズヴィトニル分身体が噛み付いてくるそこを狙って、アカネはショートアッパー。ミスリル銀製のガントレットに打たれた箇所が白煙を吹きながらも、フローズヴィトニル分身体はのけぞりガチン! と歯を鳴らす。
「ッシャ!」
そののけぞったところをアカネは左の後ろ回し蹴りでフローズヴィトニル分身体を蹴り飛ばした。転がるフローズヴィトニル分身体は起き上がるも、既にアカネは跳躍し次の技の体勢に入っている――すかさず鼻頭に、右の踵を落とした。
■Dカップ不審者姐さん強くね!?
■これでもクローズドβ時代からのトップランカーだからなぁ……クロちゃんとエレちゃんが現れて影薄くなったけど
■いやいや、慣れた相手とはいえ充分だろ、これ! 《超過英雄譚》使わずに終わるぞ
視聴者たちがざわめく。リアルタイムピー音テスト用のセンシティブ仕様紹介枠だとばかり思っていたからだ。
「誰が不審者だぁ!? ボクはちょっと【Pーーーーーーーーーーー】して【Pーーー】したいだけの」
■消えてる消えてる、ピー音入ってる!
■姐さん姐さん、エクシード・サーガ・オンラインは海外展開も考えてるから未成年対象への発言には厳しいんだって!
■なるほど! 【Pーーーーーーーーーーー】つってたのか!
■おい、コメント欄も規制音あるぞ!?
■やっとこの規制音の嵐に納得いったわ
いっそコメントというよりコントなノリだが、アカネの猛攻は止まらない。アカネ自身、一度ギアを入れてしまえばガンガン調子に乗っていくタイプの感覚型のプレイヤーだ。フローズヴィトニル分身体は、レイドバトルの大局を見極めるために配置されていた分、PCを戦闘不能にする機会を得ていない――謂わば、初期状態だ。
それに加え、この一ヶ月対フローズヴィトニル対策班として戦闘を繰り返していた経験値。どこにもアカネに敗れる要素は存在しなかった。
「悪いけど【Pーーーーーーーーーーー】なんだ、とっとと終わらせてもらうよ!」
■……しまんねぇなぁ
■美人で格好いいのにこの残念さよ……
■カラドック姐さんがいるだけにこいつぁ落差がひどい
† † †
「くそ、くそ、くそ!」
シードルは、森の中を駆け続ける。残された血の跡を追って、必死に足を動かしていた。
(見逃された……なんなんだ、ちくしょう!)
自分の渾身の一撃も、大した痛手ではなかったということか。戦闘不能にされた方が、まだマシだった。情けなさに比喩でもなく、泣けてくる。
「あ、いました! 大丈夫ですか!?」
途中出会ったのは、イザベルだ。ハティ探索に向かっていた一行とも合流、それでもシードルの表情は晴れなかった。
「気をつけてくれ、ハティは突然現れる。瞬間移動とか、透明化とか、そういうの類だ」
「リスポーンポイントに戻された人たちからも、お話は聞きました」
■ごめん、シードルさん! 不意突かれた!
■やっぱ、アレハティだったのか。気づいたときにはリスポーンさせられてたわ……
■隠密特化のレイドボスとか、スコルと合わせると凶悪じゃすまないだろ!
イザベルから見せてもらったコメント欄に、仲間のものがあってシードルはとりあえず胸を撫で下ろす。PCに死亡はない、だが――NPCは違うのだ。
「あんなヤツ、街に入れられない。絶対ここで倒さないと……!」
「と、とにかく、白百合さんに連絡をお願いします!」
■了解! 俺ちょっと行ってくるわ!
■全方位警戒しとこうな! 合流前にやられたら意味ないぜ
シードルとイザベルが、背中合わせに周囲を警戒する。その光景を見るひとつの影が、そこにはあった。
† † †
(……彼女、なのでしょうか?)
森の中、降り注ぐ月光から隠れてハティは思う。彼女のアビリティ《月光を追う者》とは、月光が注ぐ場所であればどこにでも出現できる、というトリッキーなものだった。
そのため、実はシードルとイザベルの元には飛べない状況である。月光を森の木々が隠しているからだ。だから警戒されている以上見ていることしかできず――貫かれた痛みよりも、そのことが胸の中をかき乱した。
(貴方にとって、ミレーヌなど幻想の存在と同じ……同じ時と世界を生きてさえいないのですから……)
すれ違いの原因があるのだとすればそれだ。ハティはエクシード・サーガ・オンラインという世界を正しく認識している。“八体の獣王”、その一角として正しく。知っていたはずなのに……ああ、きっと“私”は壊れてしまったのだ。
(あの時、貴方があんな笑顔を見せてくれたから……)
その笑顔に偽りが見えなかったから、夢見てしまったのだろう。もしかしたら、などという淡い夢。醒めてしまえば忘れてしまうような、あまりにも他愛のない願望。
(弱くて、情けなくて、なのに優しい、貴方に――)
それはまるでいくら追いかけても届かない、月光を思わせたから……焦がれてしまったときから、壊れてしまった。でも、その夢も醒めてしまったのだからもう戻らなくてはならない――自身の眷属のために、獣王との責務を果たさなくては。
(さよう、なら、シードルさん――)
風が吹いた。木々を揺らし木漏れ日のような月光が、位置を変える。シードルを月光が照らした刹那、殺意を持ってハティは――。
† † †
「アーツ《鷹の目Ⅱ》――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》」
† † †
「――殺気を出しすぎ、だよ」
殺意を抱いて飛ぼうとしたハティの胸を、一本の矢が刺し貫いた。わずかに見せた殺気、敢えて自身に纏わせたそれを手繰り寄せ――壬生白百合が放った矢が、ハティの凶行を止めるように捉えた。
(ああ、本当に、度し難い……で、すね……)
射抜かれて良かった、などと思う日が来るなど、ハティには想像もできなかった。
† † †
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