53話 Raid Battle:Sun Eater&Moon Chaser9
※人間、睡眠って重要だなって思いました。
† † †
フェンリスウールヴを中心に赤錆色の森が拡大。“鉄の森”から生み出されるガルムに際限はない――無限に増殖していく。
「アーツ《薙ぎ払い》!」
堤又左衛門こと又左の朱槍が、迫るガルムの群れを薙ぎ払っていく。
「はっはっはー! ゲージ寄越せぇ!!」
《超過英雄譚》のリキャストタイムが終わっても、エクシード・サーガ・ゲージは完全に貯まりきらない。攻撃を受ければ減るし、そのままでは時間がかかる――そういう意味ではガルムというダメージ源を確保できるのはありがたい環境だ。
「元気にござるなぁ」
「テンションの上げ方は見習いたいけどな」
サイゾウが取りこぼしをフォローし、アーロンが前に出る。又左とアーロンがガルムの侵攻を止めるように立ち塞がり、道を切り開いていった。
『グ、ル、ル――!!』
フェンリスウールヴが、怒りに喉を鳴らす。それを見ながら、サイゾウが小さく笑った。
「なるほどなるほど、動かなかったんじゃなくて動けなかったのでござるか」
近づけば、ようやくわかる。フェンリスウールヴの身体から伸びる赤錆色の茨、それがこの“鉄の森”を生み出していたからだ。
これはフェンリスウールヴがグレイプニルに縛られていた頃の魂から生まれたための縛りなのだが、それを知る術はサイゾウたちにはない。ただ、動けないことがわかればそれで充分だ。
「ディアナん殿! 前線は前衛が持ちこたえさせるでござる!」
「わかりました! 遠距離攻撃でのダメージ系《超過英雄譚》持ちの人はフェンリスウールヴへ攻撃を! 前衛はその間、持ちこたえてください!」
サイゾウの意図を察したディアナが、指示を出す――その瞬間だ。
■うわ、来たぁ!
■ノックアウト強盗が来たぞぉ!
二体のフローズヴィトニルが、後衛へと横合いから襲いかかる! それに対するサイゾウは、振り返りざまに“魔法の巻物”を展開していた――そこに書かれた達筆な毛筆の文字と炎の水墨画に、サイゾウは密かに感動した。
(いやぁ! 夜刀殿いい仕事するでござるなぁ!!)
これでござるよ、これ! こういうのがいいでござるよ! と跳ね上げたテンションが『ゾーン』を発動させてサイゾウの脳裏にその光景を克明に刻み込む。ボ! と水墨の炎が巻き物の端から燃え上がったかと思った刹那、空中から襲いかかる二体のフローズヴィトニルを渦巻く炎で吹き飛ばした。
以前の自分が持ち込んだエフェクトとは問題にならないクオリティに、思わず目頭が熱くなる――逆手で腰の忍者刀を抜くと、サイゾウは駆け出した。
「この二体、分身体でござる! 倒すのに《超過英雄譚》は必要ないでござるよ!」
「うん!」
二体のフローズヴィトニル分身体へ、サイゾウとエレイン・ロセッティが同時に迫る。ガキン! と迎撃したフローズヴィトニルの牙が空を切り、剣に受け止められる。躱したサイゾウは逆手で首元に刃を突き立て、アーツ《ウエポンガード》で受け止めたエレインは弾く動きで斬り返した。
「こっちは任せて!」
「お願いします!」
エレインの言葉に、振り返ることなくディアナが受けた。フローズヴィトニルに関しては、サイゾウもエレインも場数を踏んでいる。攻撃モーションはもちろん、その対処法も理解している――簡単に倒せなくても、エネミー状態のフローズヴィトニルはもはやふたりの敵ではなかった。
「うっしゃあ! 道を作んぞぉ!!」
「一気に叩き込めぇ!!」
又左が刺突で前に、アーロンが薙ぎ払い動きで横に――それぞれ渾身の一撃を繰り出した。
「「《超過英雄譚:一騎当千》!!」」
「今です! フェンリスウールヴに!」
ドォ! と又左とアーロンの広範囲ダメージ系《超過英雄譚》が、森とガルムを吹き飛ばしていく! その瞬間、待機していたPCがなだれ込み、フェンリスウールヴへ攻撃を叩き込んでいった。
『グ、ギ、ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
憤怒の咆哮と共に、フェンリスウールヴが、ついに動いた。HPの五〇%減少と《超過英雄譚》の討伐必要数の条件達成による、行動パターンの変化――。
■え? あの、待っ――!?
■森が、動く……!
バキバキバキバキ! と赤錆色の森が、文字通り動き出す。フェンリスウールヴが、茨を引きちぎりながら立ち上がるとガルムを生み出すことを止めた“鉄の森”が残ったガルムを取り込み――茨の鎧となってフェンリスウールヴを覆った。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「形態変化した上でのHPの回復か。はん、いよいよ追い込まれたってか?」
アーロンは吐き捨て、大剣を改めて構え直す。最終的に生み出したガルムを回復要素にも利用し、あわよくばヴァナルガンドの強化にも利用していた、と言ったところか。つくづく、厄介なギミックである。
「だけどよぉ、後ろに控えてる系のボスがいよいよ動くってのはやられるフラグが過ぎねぇか? あぁ?」
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
又左の軽口に応じるように、フェンリスウールヴが地を蹴る。ゴォ! と地を蹴るという動作だけで地面を砕いた茨の魔狼は、全身から伸ばした茨を槍衾に変えて、英雄たちへと襲いかかった。
† † †
(な、んだ……なにが、起きてる……!?)
シードルは大木を背にして、状況を確認した。東の森、ハティ探索を集団で行なっていた――そのはずだった。
だが、最初は殿を務めていた剣士が唐突に姿を消した。次は弓使い、その次は魔法使い、その次は――。
(くっそ、どうなってやがる……!)
六人いた集団は、今では残っているのはシードルひとりだ。落ち着け、なにかが起きている。そのなにかは、間違いなくこちらに敵意と害意を持っている、そのはずだ。
シードルは、早まる心臓の鼓動を感じながらミスリル銀製の短剣を強く握る。シードルは決して環境トップを走るガチ勢ではない、現実の社畜である自分が息抜きするためにゲームを嗜むエンジョイ勢だ……本当なら、こんなレイドバトルは適当に楽しんで終わらせるつもりだったのだ。
(くそ、情けねぇ)
こんな状況で思い出すのは、酔い潰れた自分を心配そうに見る酒場の従業員の顔だ。たかだがゲームで、本気で守りたいと思う相手ができてしまった……それだけで勘違いして最前線に来てしまったのだから、笑い草だ。
(――せぇ)
もういやだ、逃げよう。嫌なことから逃げたっていいじゃないか。
(――るせぇ)
そもそも、向いていないのだ。本気になるなど。いつでも適当に手を抜いて、適当にやっていくのが自分だったろう? 本気になるなんて、格好悪い――。
「……うるせぇ」
――出てくるな、俺。今の俺はシードル、《英雄候補》で戦う力を持った……英雄なんだ。だから、出てくるなよ、本当の俺。
「お、れ、は――」
恐怖を、情けない自分を押し殺す。シードルがそうしようとした刹那だ。
「――ッ!?」
ゾクリ、と首筋に冷たい感触がした。まるでコマ送りでもしたかのように突然現れた、白銀色の人狼――その鉤爪が、自分の首を掴んだ感触だった。
† † †
ハティは、困惑していた。
(シー、ドル、さ……?)
よく酒場で酔い潰れていた客が、そこにいた。自分の鉤爪が簡単に命を奪える状況。目尻に涙を浮かべ怯えた表情は英雄のソレではない、酒を飲んでは愚痴をこぼしていた男のソレだった。
『――――』
だから、殺せなかった。ほんの数ミリ、力を込めればいいだけなのに。それがハティにはできなかった。
「お、まえ……ハ、ティ……!?」
怯えた瞳が、ハティを見る。ハティの胸の奥で、なにかが痛んだ。力が緩む、全身から殺意という殺意が霧散していってしまった。
互いに違う理由で身動きができなくなった、静寂の時間。それを先に破ったのは、シードルの方だった。
「――る、んだ」
『……え?』
「か、のじょを、守るって、きめた、んだ……!」
シードルの表情が、変わる。戦いが始まる前、英雄の顔をしていた時のように。その変化が、ハティの胸の奥に氷をねじ込まれたような錯覚を与えた。
(ああ、そう、なんです、ね……)
貴方には、そんな大事な人がいるんですね、と。それは言葉にできない感情をハティにもたらした。
『ハハ……』
こぼれた笑みは、なんだったのだろう? なにかが決定的に終わってしまった気がして、ハティの目の前が暗くなる。きっと、貴方は私の知らない女のために、英雄に――。
ズン、とそれを中断させたのは、胸に感じた熱い痛みだった。
「《超過英雄譚:英雄譚の一撃》――!」
シードルの短剣が、自分の胸を貫いたのだ、と思った瞬間。ハティは、その場から消えていた。胸に突き刺さったままの短剣は、すぐにかき消える――システム上、持ち主の手に戻ったのだ。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
尾を引く咆哮が、バーラムの森に響き渡る。それは、どこまでもみっともなく泣き叫ぶ慟哭に似ていた。
† † †
すれ違いと言うにはあまりにも致命的な――
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