6話 “祭り”の余韻(前)
ハーレム……ハーレム?
ハーレム物とは一体なんなのか? 常に私に疑問を抱かせるのです……。
† † †
――その偉業は、湖面に落ちた小石のようにふたつの世界へ波紋を拡げていく。
† † †
……あれからのことを、壬生黒百合――坂野九郎はあまりよく覚えていない。
そのまま睡魔に預けてしまいたい身体で必死に歩き、〈聖女の墓所〉を抜けた。すると、待ち構えていた壬生白百合に抱きつかれ……随分泣かれた、そんな気がした。
そして、教会の外で集まっていたオープンβに参加していた視聴者やPCたちから、改めて拍手の喝采をもらった気がする。
曖昧なのは許してほしい、と思う。へたなことを言わないように、最後に残った理性と良心で無言を貫いたのだから。
ただ、胸に残った達成感と共に、黒百合は『妹』の腕の中でようやく意識を手放した……。
† † †
“銀魔”:『――ちゃん! エレちゃん!』
自分が呼ばれている、そのことをエレイン・ロセッティは一瞬気づかなかった。
まだ自分が一度も使ったことのない名前、ということもあった。しかし、エレインが答えられなかったのは、それだけではないのだが――。
『…………』
全身が、総毛立っていた。身体が震える。自分が息を吸っていたのか、吐いていたのかさえ集中しすぎてわからなくなっていた。
目の前のウィンドウ、そこには白百合に抱き止められた黒百合の姿が映っていた。一部始終、今回の壬生姉妹の動画配信をリアルタイムで目にしていたのだ。
静かに、食い入るように、あの戦いのすべてを。
“銀魔”:『すごいよ! 百合花ちゃん……じゃない、白百合ちゃんのお姉ちゃん!』
そんなエレインを知ってか知らずか、呼びかけてくる“声”は驚きと興奮に弾んでいる。百合花――かつて壬生白百合がデビューする時に使う予定の名前だったな、とエレインは思い出し、それが自分の中の“熱”を現実に引き戻してくれるのを感じた。
“金兎”:『……ふん、面白いね!』
エレインは、とても小柄な少女だ。黒百合や白百合よりもう少し小さい、いや幼いと言うべきか。見事な金髪のツインテールに、真っ赤な瞳。その愛らしい姿はウサギを彷彿とさせた。
しかし、その勝ち気と負けん気に満ちた笑みと八重歯は可愛らしいウサギというよりも獅子のソレだ。
“金兎”:『デビューさえできればガツーンってクロユリって子より、ワタシの方が目立つもん! あれぐらいしてくんなきゃ、張り合いないし!』
“銀魔”:『いや、無茶苦茶すごかったと思うんだけど……』
両手を腰にやって胸を張るエレインに、その“声”はため息混じりに言う。
“銀魔”:『私なんかじゃ、全然足元にも及ばないって言うか……』
“金兎”:『ダメダメ、ディアナん! これからはみんなライバルなんだから!』
“銀魔”:『あの、もしかして……そのディアナんって私?』
“金兎”:『だよ! ディアナ・フォーチュン? だったでしょ? だからディアナん!』
チッチッチっ、と人差し指を振るエレインに、“声”の主ことディアナ・フォーチュンは苦笑する……そのアダ名にではなく、ライバルという言葉にだ。
エレイン・ロセッティとディアナ・フォーチュン。ふたりとも壬生姉妹と同じネクストライブステージからデビューが決まっているバーチャルアイドルだ。黒百合や白百合と同じく、エクシード・サーガ・オンライン公式配信の配信者としてデビュー間近……なのだが。
(私の場合、『本命』はゲームの方じゃないものね……)
そう思うと、ディアナはどこか申し訳無さを覚えるのだ。自分以外のバーチャルアイドルが、壬生姉妹はもちろんエレインだってゲームの腕前はとても高い。だからこそ、このエクシード・サーガ・オンラインという歯応えのあるゲームを配信するのにふさわしいバーチャルアイドルだと、ディアナも思う。
(エレちゃんもすごいなぁ……)
小さなウィンドゥには、不敵に笑うエレインの顔が映っていた。あの黒百合と“妖獣王・影”との戦い。それを見て、あれを目指し超えるのだと言い切れる自信と向上心……ディアナはそこに、自分にはないものを見た。
ディアナは、自分の傍らに浮かぶ自分の姿――ディアナ・フォーチュンを見る。長い銀髪、冷たいくらいに整った顔立ち、宝石のような緑色の瞳。古風な魔女のそれを改造したローブの上からでもわかる、豊かな胸元やしっかりと見て取れる腰のくびれ。
それがエクシード・サーガ・オンラインでの自分、ディアナ・フォーチュン。その姿にはしゃいでいた自分が、すごく昔のことのように感じられてしまった。
“銀魔”:『私は……なぁ……』
ディアナ――より正確にはディアナの中の人――は、とても生真面目だ。だから、ディアナも純粋にゲームを楽しむ彼女たちの姿に気後れと共に抱いた、もうひとつの感情に気づかない。
エレインとディアナ、この時ふたりが抱いた感情の正体に気づくのにはいくつかの出会いと経験がまだ必要だった。
† † †
前編は短いので、後編も同時にアップいたします。お楽しみください。
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