51話 Raid Battle:Sun Eater&Moon Chaser7
† † †
■クロちゃん! ヴァナルガンドやったぞ!
■これでマーナガルムも倒して大丈夫じゃね!?
■つか、本当にひとりで抑えきったよ、この子!?
コメントで伝えられた情報に、壬生黒百合は空中を滑るように飛ぶ蒼い大太刀の上で呟いた。
「待ってた」
もしも、マーナガルムがガルムとして換算されるのならば――その唯一の難題は、これで解消された。ヴァナルガンドにマーナガルムが取り込まれた時は、それこそどんな強化がなされたかわからない……あるいはなにもなかったかもしれないが、重要なのは一%でも可能性があれば決して見逃せないということだ。
『グル、ア――ア!?』
突如として黒百合の頭上に出現したマーナガルムの突撃が、不意に止まる。その首を一本の尾によって生み出された大鎧の左腕が握り、動きを止めたからだ。
「前と違う。この一ヶ月、しっかりと試してきた――っ」
黒百合が大鎧の左腕を引いたと同時、一本の尾が大鎧の右足が形成。大鎧の右足は、豪快かつ鋭い前蹴りを繰り出す。
引き寄せ、その勢いで相乗効果を与えての蹴りにマーナガルムが地面に向かって叩きつけられた。ガガガガガガガガガガガガガ! と一回、二回、三回と木々をへし折りながら地面を跳ねたマーナガルムは一瞬姿を消すと身を伏せた体勢で再び出現する――!
(試してよくわかった。身体の箇所に合わせて、動きを連動させた方が操り易い)
黒百合がこの一ヶ月、幾度となく“黒面蒼毛九尾の魔狼”を試してみた上での結論が、それだった。もちろん、『ゾーン』を用いて思考を加速するのは大前提、明確な形成後のイメージが必要なのは当たり前で。完全に黒百合クラスのプレイヤースキルと性能がなければ無用の長物であることは変わっていない。
「グング――」
ギュオン! と二本の尾を螺旋のように絡ませ、黒百合はその尾の先に白銀の打刀百合花を穂先のように装着。そこに巨大な槍を作り出した。
続いて一本の尾で作った大鎧の右腕で巨大な槍を逆手で握り振りかぶる。極限まで身体を捻る、まるで野球の投手に似た動きで連動する大鎧の右腕を動かし、全力を込めて槍を投擲した。
「――ニルッ!」
北欧神話を題材としたスカーレッドオーシャン、その中でも最強の投擲攻撃手段――大神オーディンの愛槍グングニル。そのイメージを持って放たれた巨大な槍に、黒百合は更に《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を乗せようとした――。
(――ッ!?)
だが、その瞬間に黒百合の背に正体不明の悪寒が駆け抜ける。その悪寒の正体はわからないが、加速する『ゾーン』の思考が悪寒を感じた理由だけを気づかせた。
『――――』
今、ニヤリとマーナガルムが口の端を持ち上げなかったか? その仕種は人のそれによく似た、悪意を感じさせるもので――次の瞬間、黒百合はついにその正体を知った。
† † †
《――イクスプロイット・エネミー“マーナガルム”討伐》
《――マーナガルム再出現まで、後一五分》
《――残り時間『15:00:00』》
† † †
(や、られ――!?)
穂先の百合花に貫かれ、バキンという破砕音を残してマーナガルムが粒子となって四散した。イクスプロイットエネミーでありながら、ダメージ系《超過英雄譚》さえ倒すのに必要なくなったその代わりに一定時間で蘇生するのだ。
■は!? 一撃!?
■いや、待って! クロちゃん、今《超過英雄譚》使ってないよな!? あれ!?
「ま、ずい。お願い、マーナガルム、倒すと一五分で復活するようになってるって本陣に伝えて」
■うわ、うっざ!?
■クロちゃん、これヤバくね……?
■あ? あ……あああああああああああああああああああああ!? マジでヤバいじゃん、これ!
■え? なになに? なにがそんなヤバいん?
一部、コメント欄でも気づく者がいた。そう、これは最悪の結果だ。倒しても一五分で復活することが、ではなく――。
「倒してしまうと、次にどこに現れるかわからない……!」
やられた、これはダメージ系《超過英雄譚》が倒すのに必要であった方がまだマシだ。使用しなければ倒さずにすむから、ダメージ管理がとても楽だったのに。まさか倒しやすくすることでこちらに不利に働く調整をしてくるなど、さすがに想定できなかった――アルゲバル・ゲームスの中の人が、してやったりと高笑いしている声が聞こえてきそうだ。
もしも、あの攻撃力と機動力を持つマーナガルムが、スコルやハティとの戦闘中に突然乱入でもしようものなら、どれだけ状況を引っ掻き回されるかわからない。そう、なによりも――。
「……ディアナに本陣から外に急いで出るように伝えて、迎えに行く。残りの前回マーナガルムと戦った人たちも、複数人で行動するようにして。最悪、素早く倒してもいいから」
もしも街の中にいるディアナの元にでも現れたら、最悪だ。大太刀を船に変えて最高速度で黒百合は、セント・アンジェリーナへと戻る。
「シロには、特に気をつけるように伝えて。スコルのところにマーナガルムが現れると、厳しくなる。最悪、シロはスコルの迎撃から外すしかない」
そう視聴者に伝言を頼みながら、既にカウンターが残り一三分を下回っている事実に、黒百合は先を急いだ。
† † †
「……いやはや。本音を言えば、ヴァナルガンドが生きている時に倒してもらえたら、ヴァナルガンドを強化した上で蘇生したはずだったんすけどねぇ」
――アルゲバル・ゲームスVR作業場で、後藤礼二はモニターでレイドバトルの状況を確認しながら呟いた。
「判断は良かったっすけど。こっちもやられっぱなしは性に合わないっすよ」
マーナガルムの調整を担当したのは他でもない、この部下Gこと後藤である。彼のエネミーの調整は常に、「自分ならこう対応するから、こういう策を用意しておく」というゲーマー感覚ありきのものだ。
ただ、そんな後藤の策には大きな欠点もあった。それは、あまりにも彼自身のゲーマーとして性能が高過ぎることだ。全アNO1、それこそ世界クラスのVRアクションゲームにおけるeスポーツのトッププロである彼の策は、斜め上を行って肩透かしで終わることも少なくない。
「あれ? なんでこうしないんすかね」
「そんなんお前にしかできねぇよ、馬鹿」
不発に終わって首を捻る後藤に、安西Pはよくそう指摘した。策が意味をなすには、あまりにも高度な条件をクリアすることになるからだ。
(いやぁ、すまないっすね。アイドルちゃん。キミ、自分と噛み合いすぎるっすよ)
期せずして後藤の考えるギミックは黒百合でなら発動してしまうという、不幸な事故の要因となっていた。なにせ、黒百合がひとりでマーナガルムを抑え、あまつさえこのタイミングで倒せるだけのダメージを与えられていなければ、場合によってはまた不発に終わっていたはずなのだ。
――ゲーマーとしての実力があるからこそ不可避なトラップ、それが発動してくれるのは後藤は素直に嬉しい。阿鼻叫喚の地獄絵図が未来に訪れるというのに、ニッコリと満面の笑顔に思わずなってしまうというものだ。
そんな後藤に、ふとスタッフのひとりが話しかけた。
「あれ? 安西Pは?」
「あー、ちょっと城ヶ崎さんとこ行ってくるって言ってたんで。ま、さすがに思うとこあったんじゃないっすかね」
ゲーム作成部門のトップがレイドバトル中にいない、というのも前代未聞だが。それはそれ、そのサポートも後藤の仕事だ。
「さてさて。こっちはもうすることはないっすからね。エネミーの皆さんがどこまで頑張れるか、応援させてもらうっすよ」
「……PCの応援じゃないってのが、アルゲバル・ゲームスですよねぇ」
† † †
再生怪人的弱体化が、状況を悪化させるというトラップ。
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