49話 Raid Battle:Sun Eater&Moon Chaser6
† † †
蒼白く、ヴァナルガンドの動いた軌跡が虚空に刻まれていく。その先に回り込むのは、堤又左衛門、又左だ
「ったくよぉ! その図体でよく動きやがる!」
アーツ《連続突き》――朱槍の穂先が命中している限り、APを消費して連続攻撃を行なう刺突だ。βで発見されたPCが使用するアーツの中でも屈指の威力を誇る攻撃である。
「バーチャルアイドルの配信ってのも観るもんだよなぁ!」
ただ、APの消費がきつかったために日の目を見ることはなかった。だが、それも朱槍の柄にトレントの極上の枝を使用、トレントの極上の種を用いた装飾品によるAP消費を抑えるという装備のコンボでようやく使用に耐えられるレベルになったのだ。
『グ、ル、ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
大きく狼の形を崩し、蒼白い炎のようになったヴァナルガンドは急激に流れを変えて又左に牙を剥く。その首を狙って大剣を薙ぎ払ったのは、アーロンだ。
「どっせい!」
ヴァナルガンドはアーロンの一撃を、大きく首を捻ってかわす。その隙に又左は脱出、大きく後ろに飛んで間合いを開けた。
「狼ってより、アレだな。こいつぁ、よく動くスライムかなにかだと思って戦った方がマシだな」
「あー、決まった形がないからモーションも読みにくいしな」
左右に並び、又左とアーロンはヴァナルガンドの向き合う。ふたりには壬生黒百合やサイゾウのようにコツコツとモーションを解読する、という性質はない。又左はテンションで押し切るタイプだし、アーロンは多少のダメージを受けながらそれ以上のダメージを大剣で確実に入れるという足を止めて殴る合うタイプだからだ。
――多分、おふたりは相性がいいと思います。お願いできますか?
そう彼らをヴァナルガンドに割り当てたのは、本陣のディアナ・フォーチュンだ。本陣にはヴァナルガンドと交戦して倒されたPCも多い。だからこそ、この変幻自在の動きを知った上での配置だ――確かに、正解だと思う。
(そろそろか?)
付かず離れず、ヴァナルガンドをアーロンたちは確実に誘導していた――どこへ?
「思い知れ!」
アーロンが投げつけたのは、一つの瓶だ。これは第一回突発トレント乱獲大会後、より効率的にトレントたちを狩るためにと研究された時に発見された――。
『――ッ!?』
バキン! と割れた瓶からこぼれだすのは、甘い香りのする黄色い粉末だ。ヴァナルガンドは、それがトレントとの花粉だと知る由もなく――。
ドドドドドドドド……と地響きを立てて、『森』が動いた。トレントの花粉、その匂いに惹かれて集まったトレントの群れがヴァナルガンドへ殺到したのだ。
「はっはっは! PC相手に使ったらモンスタートレイン誘発できるからな! 運営もわかってんのか、極上の種より出ない貴重品だ! たっぷり味わえ!」
本来であればフィールドに出現するエネミーは争わない。しかし、マーナガルムの時と同じくこのレイド中はガルムや森のエネミーは、戦い合うようになっているのだ――それを利用した裏技である。
「ちなみに売ると一〇〇〇〇サディールだからな、呼び出した連中のドロップアイテム売るより絶対に売却した方が儲かるわ」
「ああ~、あの黄色いの見るとムズムズすんだよなぁ」
現実では軽いながら花粉症である又左には、悪夢のような光景だ。幸い、VRの中では苦しくはないのだが、ついつい身体が思い出してしまう。
「――――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》!」
そこに二本の矢が、《超過英雄譚:英雄譚の一撃》を込めてヴァナルガンドに撃ち込まれた。トレントが動いたのを合図に動いたイザベルともうひとり――。
「あ、『姉』がいつもお世話になってます。『弟』のテオドラといいます」
そうこの状況で礼儀正しくアーロンと又左に頭を下げたのは、イザベルと共にマーナガルム戦に参加した弓の使い手である。見た目はイザベルと瓜ふたつという森系弓使い少年である。
■くっそ可愛いんだが……なんだろう、この気分
■これ、中身がハスキーな声の女性なのか変声期前の少年なのか見極めが難しい……
■ここに来て、男の娘という飛び道具だと……!?
「あ、あのですね、皆さん――」
「――ねーさぁん?」
「ぐぬぬ……」
■しかも『弟』の方が立場が上とか……
■できておるのぅ
■いいね
■……いい
一気に騒がしくなったなぁ、と又左はこっそりと苦笑。アーロンは敢えて「おう」と軽く反応するだけに留めた――双方深く関わらない、大人の対応だった。
「今だ! 叩き込め!」
待ち構えていたPCたちが、ヴァナルガンドのトレントの群れに殺到する。レイド戦だ、とにかくダメージ系《超過英雄譚》をぶち当てた者勝ちだ。
『グ、ル、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
剣が、槍が、矢が、鎚が、斧が、魔力の矢が、聖なる光が――次々と自らの身を削るのにヴァナルガンドは、ついにそのモーションを変えた。ドォ! と蒼白い渦となったヴァナルガンドが、英雄たちとトレントを吹き飛ばしていく!
「踏ん張るな、飛ばされろ!」
強制ノックバックか! と又左が叫んだ声に、逆らうことなくPCたちは宙を舞う――ヴァナルガンドは、無数のガルムの幽体に分裂するとPCたちへ襲いかかった。
■分身!? つか、分裂かよ!?
■ヴァナルガンド自身がガルムの魂の集合体ってことか!
■まっず! 逃げられ――
コメントから悲鳴が上がる――だが、即座にアーロンと又左が同時に動いた。
「「《超過英雄譚:一騎当千》!!」」
雷を宿した大剣が、風を纏った朱槍が、ガルムの魂を広範囲のダメージ系《超過英雄譚》によってトレントたちごと引き裂き――。
「――誓う。我が騎士道は武勇によって立ち、勇気を持って貫き――慈愛をもって、弱者の剣たらんことを」
空中、飛び降りてきたエレイン・ロセッティがミスリル銀製の剣を手に振り上げた。
《――汝が騎士道に誉れのあらんことを》
「――“百獣騎士剣獅子王・双尾”!」
ガシャンガシャンガシャン! と黄金のガントレッド“百獣の心臓”が分解され、“百獣騎士剣獅子王・双尾”へと変形させ蒼白い渦へ繰り出した。
「《超過英雄譚:英雄譚の一撃》――コンボ:クルージーン・カサド・ヒャン!!」
獅子の咆哮と共に繰り出されたエレインの一撃が、ヴァナルガンドを完全に断ち切った。
† † †
《――リザルト》
《――イクスプロイット・エネミー“ヴァナルガンド”討伐》
《――レイドバトル参加者、偉業ポイントを一〇獲得》
《――アイテムドロップ判定。狼精霊の牙✕3、狼精霊の毛皮✕3、ガンドソウルを取得》
《――リザルト、終了》
† † †
ズサァ! と靴底を鳴らしながら着地、エレインは止まることなくそのまま走り出す。
「あ、エレちゃん――」
「次行くよ! 次ー!」
そのまま真っ直ぐにUターン。エレインは南へ向かって走っていく。その後ろ姿を見送って、アーロンはイザベルに語りかけた。
「悪い、視聴者に頼んで本陣にヴァナルガント討伐の報告を頼むよ」
「は、はい! アーロンさんと又左さんは次はどうします?」
「俺とアーロンの旦那も、南に急ぐわ。《一騎当千》はフェンリスウールヴ対策に積んで来たとこあるしな」
ただ、一度使用したばかりだ。リキャストタイムのエクシード・サーガ・ゲージの問題もある。
「ボクらはこのまま東に行きます。ハティを探さないといけませんから」
「なら、《超過英雄譚》を使用していない人間を何人か連れて行った方がいい。フローズヴィトニルが徘徊してるから――」
テオドラの意見に、アーロンがそうアドバイスする。強敵との戦いをひとつ終えてなお、気が緩んだ者はどこにもいない。むしろ、ひとつの戦いを終えたからこそという面が大きい。
■ようやく一体ってのが大きいなぁ、コレ。
■どうしたって《超過英雄譚》ってリソースを削られる……大規模ったって、キツいにも程があんだろ、これ
■これと同等の化け物をひとりで抑えてるバーチャルアイドルもいましてよ?
■マジかぁ……
まったくだ、とアーロンはため息をこぼす。ここにマーナガルムが乱入していたら、完全に瓦解していた――個々のイクスプロイット・エネミーがそれほどの戦力を持っているのだ。
だからこそ、立ち止まっている暇はない。待っていても状況は悪化しても好転は決してしないのだから。
「もうガルムを倒すのを控える必要はない! 叩き潰していくぞ!」
「み、みなしゃん! つ、次にいきますよ!」
「噛み噛みだよ、姉さん……」
「うぐぅ!?」
† † †
油断すれば足元から崩れる戦いが、まだまだ続きます。
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