48話 Raid Battle:Sun Eater&Moon Chaser5&『ワタシ』の原風景
※このお話は「43話 セント・アンジェリーナ5&ペペン・キングダム」と合わせてお読みくださいませ。
† † †
■……なんぞ、これ
セント・アンジェリーナ城壁付近、その光景を呆然とPCと視聴者は眺めていた。
「倒せんのじゃろう? なら、脚を折ればええじゃろう」
鋼鉄製のメイス二本を両手に構えた老神官が、一体のガルムに容赦なくメイスを振るっていく。アーツ《脚封じ》は、対象にBS【スタン】を一定時間を与える――結果として、一定時間脚をやられて動けないガルムの山ができあがるのだ。
「風下に行くなよ―」
そう言って睡眠薬の瓶をアーツ《ポーションピッチ》で投げ込むのは、露店の店主である。地面に落ちて割れた端から、紫色の煙が広がった。強力なBS【睡眠】を与えるその煙を吸って、バタバタとガルムが倒れていく。
「よーし、穴掘り完了!」
「動けないのから、落とせ落とせ!」
そこに農家兄弟が掘り上げた大穴に、ガルムが次々に落とされていく。大地を耕し土の扱いに長けた農家である、かなり深く広い穴となっていた。
「はーい、お泊り一丁!」
次々に流れ作業で叩き込んでいくのは、宿屋の店主だ。酔っ払った客を部屋に叩き込む要領でポイポイと放り込む。意識のあるなしで、掴み方や投げ込み方が変わる――そういう意味で宿屋の店主は放り投げるプロフェッショナルだった。
『グル!!』
穴に落とされ目を覚ましたガルムが、穴を駆け上がろうとする。土の突起がいくらかあれば、ガルムの運動能力ならば駆け上がれる個体が出てもおかしくない。
だが、それを見切って料理人が中華鍋をひっくり返す。
「はーい、体に優しい植物性油だよ~」
『ぎゃわん!?』
「あ、熱してあるから熱いからね。召し上がれ」
油に足を滑らせ、ガルムたちが落下していく。なお、新しい油を用意して料理人はHP回復効果のある料理の調理を再開した。一連の行動に、無駄がない――どこであろうと、料理とは時間の勝負なのである。
「おーし、武器がイカれたヤツはいるかぁ! 今日は無償で直してやるぞぉ」
「石工! 城壁の修復ー」
「やってるよぉ!」
――突然やってきたセント・アンジェリーナのNPCに、PCたちも最初は呆然としていた。
そして、顔を見合わせ……やがて、発作的に笑い出す。
「は、はは、はは……」
「ははは、ははははは」
「あーはははははは!」
そこに悲愴はない。誰もが、ここでは心をひとつにして戦えた。
「『死なせねぇ、守り切る』!」
腹の底から、照れもなくそう誰もが叫んだ。
† † †
■うっわー、NPCが救援に駆けつけてきたんだけど!?
■おおう、胸熱
■これでハティ以外に捕捉されず動き回ってるのは、フローズヴィトニルだけか
■本当、最初のころからすると賢くなりやがったな、あの辻斬り強盗!
エレイン・ロセッティは、バーラム大森林の中を疾走していた。既に交戦が始まったヴァナルガンド戦への救援に向かうためである。
(役に立つなぁ、古いアルゲバル・ゲームスのゲーム)
壬生黒百合から勧められてやったスカーレッドオーシャンという海賊をやるVRアクションゲームは、基本PCは陸上では徒歩移動となる。そのため都市や森、山などではパルクール技術が求められる――それはこのエクシード・サーガ・オンラインでも再現可能なものばかりなのだ。
「急がないと」
木々の上を跳んでいく、というパルクールで、エレインは一直線にヴァナルガンドと交戦している場所へと向かう。その動きに、視聴者も驚きを隠せなかった。
■……最近、クロちゃんだけじゃなくてエレちゃんも四次元殺法の使い手になってきた件について
■すごいよな、このゲームステータス割り振りとかないんだろ?
■ようは「誰かができることは誰でもできる」ってこったな。ただし、プレイヤースキルに左右されるって大前提があるけど
■それ、誰でもできるって言うのかねぇ?
そんな視聴者のやり取りにエレインは答えず、別の言葉で応えた。
「もっと急ぐよ! 酔ったらごめんな!」
ダン! と強く木の枝を蹴って、エレインは加速する。風の音と感触が、とても心地が良い。空を駆ける感覚は、黒百合のようにはいかなくともその背を確かに追えているのだと実感できるものだった。
(……甘えすぎちゃったな)
教会の地下から帰ってきた黒百合と出会ったあの時、思い返せば甘えすぎてしまった気がする。でもでも、クロだって悪いのだ。少しでも嫌な顔をされたら、我慢できたのに甘えさせてくれるから……あ、嫌な顔されるの、ちょっと嫌かも……。
エレインは、その理由に心当たりがある。あった。それは――。
† † †
『やー! やー! わたし、いかないもん!』
五歳の時のあの日、『ワタシ』はパパとママに我儘を言った。パパの誕生日が近くて、それをサプライズでお祝いしてあげたくて、『ワタシ』はお爺様に頼んで一緒に準備していたのだ。
だけど、パパとママはその日、ママがチャリティコンサートに参加するとのことでロンドンへと出掛けることになっていた。
『ねぇ、あのね――』
『やー、やー、やー!!』
ママも『ワタシ』を宥めようと、困っていた。なんてことはない、そのチャリティコンサートもパパをサプライズで祝う予定を立てていて、知らない者同士がブッキングしてしまったのだ。
ママはそれを知っていて、家族三人で一緒に祝えたら――そう思っていたのだろう。それもすべて、後から知ったことなのだけれど。
『……すみません、お義父さん』
『ごめんね、パパ。この子のこと、よろしくね』
『あ、いや……うん』
なんでもお爺様はこの時点でママからチャリティ側のサプライズを聞いていて、切り出しづらい状況に置かれていたのだという――それでも、それとなくチャリティ側に話を通して、コンサートを誕生日本番の前日にしてくれていたのだが。
なにも知らなかったのは、幼い『ワタシ』だけで。だから、言ってしまったのだ。
『コンサートが終わったら、すぐに帰ってくるからね?』
『しらないもん! グランパがいるから、もういいもん! パパもママもだいきらい!』
……まさか、それがパパとママに最後にかける言葉になってしまうなんて幼い『ワタシ』は想像もしていなかったのだ。
† † †
……パパとママが、永遠に帰って来なくなって。七歳の時だったろうか? 『ワタシ』はもう飛び級で中等教育に至っていた。その頃にはもう、自分で当時がどんな状況だったのか調べることができた。
ロンドンで起きた、最悪なテロ事件。パパとママは、それに巻き込まれたのだ。そして、命を落として帰ることはなかった。
『…………』
羅列する無味乾燥な文字列は、悲劇とせめて華やかたれと飾り立てられた英雄譚に彩られていた。退役軍人であり著名人であったお爺様が、そのテロリストの立てこもり事件の解決に尽力したのだ。
その結果、英国王室はお祖父様を騎士に叙任。二一世紀最後の騎士と呼ばれ、歴史にその名を刻んだ。
それは『ワタシ』からすれば、泣きつかれて眠っている間の出来事で。最後の騎士の孫にして両親を卑劣なテロで失った悲劇のヒロインのようにメディアでは扱われていた。
唯一の救いはVR技術の発展により、自宅にいながら学校に通えたことだろう。少なくとも、わずらわしい雑音だけは『ワタシ』には届かずにすんでいたのだ。
『パパ、ママ……』
だけど、それになんの意味があるのだろう?
『だい、すき……だよ……』
もう二度と、パパとママにその言葉は届かないのだから――。
† † †
だからだろう、クロが帰ってきたと思った時、ものすごく嬉しかった。
これはゲームなのだから、命の危険は決してない。最悪、セント・アンジェリーナのリスポーンポイントに戻ってくるだけのこと、それだけなのに。
『クロだーっ!』
だから、見つけた途端に飛びついていた。帰ってきた、帰って来てくれたんだと嬉しくて。
『エレイン……? どうしたの?』
『もう、しばらく頭使いたくな~いっ』
だから、甘えてしまった……淑女らしくはなかったな、とちょっと反省。
『ん、ただいま。エレイン』
あの日聞きたくても聞けなかった言葉を言ってもらえたから――。
『おかえりなさい! クロ』
ここにクロがいるんだ、とそれを感じたくて、強く強く手を握りしめた。
† † †
「誰も、失わせたりなんかしないもん」
それがエレインの原風景、最初の一歩。お爺様やパパのようなeスポーツのプロになりたくて、ママのように歌でみんなを楽しませたくて――その結果、選んだのがバーチャルアイドルという道だった。
決めているのだ、この戦いが終わって――エクシード・サーガ・オンラインの正式なサービスが始まり、バーチャルアイドルの活動が本格化したら全部、正直に伝えよう、と。
だから、まずは目の前の戦いをこなす!
「――誓う。我が騎士道は武勇によって立ち、勇気を持って貫き――慈愛をもって、弱者の剣たらんことを」
空中、眼下で戦いの痕跡が見えた。時間はかけない、果たすべきことを迅速に果たすのだ。
《――汝が騎士道に誉れのあらんことを》
「――“百獣騎士剣獅子王・双尾”!」
ミスリル製の剣を“百獣騎士剣獅子王・双尾”へと変え、エレインはヴァナルガンドとの戦いへ飛び込んだ。
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ヒロインの中で一番クロ、九郎に近い過去を持つのはエレちゃんというお話。
エレちゃんにはまだ爆弾が何発か残っているので、いつか爆発させたいなぁ……。
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