47話 Raid Battle:Sun Eater&Moon Chaser4
† † †
バーラム大森林、西の森は赤く燃えていた。比喩でもなければ、夕暮れの色ではない。白金色の毛並みを持つ巨大な狼、イクスプロイット・エネミー“双獣王・影・陽:スコル”のその頭上に巨大な火球が太陽のように輝いていたからだ。
「引け! 引け!」
「第一陣は、あれに溶けたんだ!」
このエクシード・サーガ・オンラインにおいて、デスペナルティというものは存在しない。それこそPC側がゾンビアタックを仕掛けることさえ可能だ。
しかし、それはあくまでデータ的なもの。最前線からリスポーンポイントに戻された時、PC側に最前線に戻る手段は文字通り徒歩や乗騎しか存在しない――だから現状のような序盤こそ、距離と時間というデスペナルティはあまりにも大きい。
■デスペナねぇからって馬鹿火力お出ししやがって!
■これがハティ発見しないと倒す手段ねぇって、アホか!? アホなんか!? むしろアホかー!!
■一撃必殺火力を持つ無敵移動要塞って、レイドボスじゃなくってギミックだろ、普通!?
■死ぬんじゃねぇぞ! これ以上の時間と戦力のロスは戦線が瓦解すんぞ!
もはやコメント欄は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。その中を、ひとつの影がスコルへと駆け込んだ。
■おいおい! 無茶だって!?
■戻れ戻れ! 《不破の英雄》はあったって持続ダメージで燃やされっぞ!
「理解している」
■あるんだな!? 対抗手段、あるって信じんぞ!?
■火球、完成する! アレが来るぞ!
■うわー、もう駄目だー!
■止めろ、笑えねぇ!
コメントの忠告はもっともだ、そしてカラドックは小さくヘルムの下で苦笑する。
「これを使うと鎧を着れなくなるのが難点だが――仕方ない」
カラドックが防具の武装を解除する。そこに現れたのは、赤く長い髪をひるがえした長身の美女だ。
■え?
■はい?
■え? え!?
■ちょ!?
■うぉい!?
■はぁ!?
■!?
■え?
■!?
■!??
■!!?
■“!?”
■ふわぁ!?
コメント欄が混乱しているようだが、説明している時間はない。カラドックは右手首に嵌めた漆黒の腕輪を胸に構え言い放った。
「――黒雲ありて覆って成せ。これなるは神に通じし力なり」
伝承に曰く。大嶽丸と呼ばれし鬼神は、黒雲に身を隠し、暴風雨や雷を操り、火の雨すら降らす神通力を誇ったと言われる。これは、その一端――大嶽丸が纏う黒雲の極々一部。
「選択するは――――」
『日輪に沈め!』
ドン! とスコルを中心に爆炎が鳴り響く。スコルが使用するアーツ《落日の紅炎》は、最初の火属性の大火力後、一定時間フィールドの属性を書き換える“八体の獣王”にふさわしい超級アーツだ。
特に周辺を火属性の継続ダメージを与え続けるフィールドに書き換えるその効果は、現在のPCに対抗手段は――。
「――ッ!」
――現状、このカラドックしか所持していない。
『火属性への完全耐性か!』
「ああ、そうだ」
カラドックは、黒雲を漆黒の鎧と天女の羽衣にも似た装飾に形を変えていた。薄く薄く、カラドックのプロポーションを際立たせる黒く蠢く鎧の内側と揺れる羽衣の中では、放電光が迸る。
これこそが大嶽丸がカラドックに授けたブラックボックスの中身。その名も“神通力・黒雲の護り・一片”――装着時に選択した一属性に対して完全耐性を獲得する、大嶽丸の力、その片鱗である。
「ッ――!!」
炎の海を真っ直ぐに駆け抜けたカラドックは、スコルへと二度、三度とメイスを振るっていく。
スコルは前脚、物理ダメージで押し潰そうとする。だが、カラドックは大盾でそれを受け流すと地面を踏みしめた脚を狙って再びメイスを振り下ろしていった。
『――グ!』
メイスによる打撃が七発目に至り、スコルの周囲に展開されていた火属性のフィールドが消し飛んだ。フィールドの維持時間前の消滅に、カラドックは後退しながら言う。
「一定ダメージによるフィールドの消滅を確認。本陣に――」
■イエス、マム! 仰せのままに!
■伝令、伝令! 本陣に伝令!
■さすがカラドック姐さん、信じてたぜ!
■ヒュー! 姐さんサイコー!
■やっべえな、βの時点で属性完全耐性かよ!
■あ、カラドック様。視線こっちにもらえます? ぜひSSを!
カラドックは、急に増えたコメントの量に驚く。が、彼女は気づかない。文字通り視聴者数の桁がひとつ増えていた、という事実に。
† † †
スコルのアーツ《落日の紅炎》の継続ダメージフィールドへの対処法が判明した。これは、実際に戦況を大きく動かすに至った。
――なぜなら、彼女がいるからだ。
■シロちゃん! シロちゃん! スコルの大火力が炸裂したよ!
「うん、確認できてるよ」
壬生白百合だ。西の大森林、遠くから爆発音が轟いたのを白百合は聞いていた。だから、一際高い木の上で純白の弓を構えながら狙いをつける。
その弓の名を“大口真神の弓”。トレントの極上の枝とミスリル、マーナガルムの素材を使った合成弓に夜刀がホツマの技術で強化した、おおよそ現時点のβテスト内では最大射程と威力を誇る大弓である。
「行くよ、四秒後!」
ヒュオン! と白百合の矢が放たれた。ひとつ、ふたつ、三つ――四つ、と数えた瞬間、西の方角で鮮やかな火花が散った。そして、遅れてやってきた熱を帯びた突風が、バーラム大森林を駆け抜ける。
■皆中! 皆中!!
■持続ダメージフィールド、消滅確認! タンク隊、前へー!
■どうしてこの距離で届くかなぁ、シロちゃん!?
■弓系砂として、完成されすぎてる……
「この弓のおかげもあるけどね」
■いやいやいや! それはおかしい
■いや、すんごいいい弓だけどね!? 確かにね!?
この“大口真神の弓”の最大の特徴は、弓の引き絞る時間によって三段階の使用方法があることだ。一段回目は二本の魔力矢を伴う拡散攻撃、ニ段階目は二本の魔力矢が本命の矢に宿る威力強化、三段階目は飛距離を向上させ、本命の矢が直撃した瞬間に二本の矢もそれに続く連続攻撃というものだ。
特に三段階目を白百合が使いこなすと、このような一方的な射程外からの狙撃も可能になる。もちろん、矢だから遮蔽物は通り抜けられない判定だし直線でしか飛ばない。だが、スコルのような巨体が相手ならば隠れる場所もなく、的も大きい――この時点で、白百合がスコルの足止めのフォローに最適なのは間違いなかった。
■近くの前衛はシロちゃんの直衛に回れ!
■ノックアウト強盗を近づけさせんな!
■いける! いけるぞ、これ!
PC側はこの状況の変化に勢いづく。目に見えてスコルの進行速度が落ちたのだ。ハティ発見までの時間稼ぎはもちろん、あんな火力砲台をセント・アンジェリーナに到達させれば、城壁だってそうは保たない。
「…………」
白百合は、ふとセント・アンジェリーナから南西に視線を向ける。時折、夜に染まり始めた空の下で、光が舞っては散っていく――それがひとりでマーナガルムを抑えきっている『姉』の戦いによる軌跡だとすぐにわかった。
(……頼んだよ、クロ)
前回のマーナガルム戦では、自分もマーナガルムに一撃与えている。こちらに矛先を変えられようものなら、対スコルに得たわずかな有利は消し飛んでしまう。
まさに薄氷、英雄たちの戦いは紙一重の……だが、貴重な有利をもぎ取っていた。
掌ドリル大回転。
ちなみに。
ブラックボックス製の装備は進化します。ここからどうなることやら。
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! よろしくお願いします。
 




