閑話 セント・アンジェリーナ0
大変短くはありますが――。
これがエクシード・サーガ・オンラインである。
† † †
「おう、どうしたい? 夜刀さん」
聞き覚えのできた声に呼び止められ、夜刀は振り返る。そこにいたのはもう顔見知りになった武具屋の店主だった。
「いや、ちょっとね。心残りのある仕事をしちまったと思ってね」
「ああ?」
今や無人となった通り、そこから外の戦いの喧騒を聞きながら夜刀は言う。唸る店主に、夜刀は苦笑した。
「もうちょっと時間があったら、もっとこっちの素材を使ったもんを渡してやれたなってね。鍛冶屋としては不覚の至りさ」
「はぁん。こっちからすりゃあ、それは見事な仕事だったがね」
「ま、お互い様ってやつかね」
からっと笑ってみせる夜刀に、今度は店主が苦笑する番だった。洋の東西、根本的技術の違いはあっても夜刀がどれだけの腕を持っているか、同じ――と呼ぶのもおこがましいが――鍛冶屋として、店主も理解していた。
「ま、言いたいことはわかるぜ。自分の仕事に納得しちまったら、鍛冶屋は終わりよ」
「お、わかるねぇ」
まだ足りない。もっとあるはずだ。その“至らなさ”こそ原動力となって、次の自分を上に押し上げる。芸術家でも、技術屋でも、どんな分野だろうとよくある話だ。
「だからこそ、勝ってもらわないとね。せっかくホツマくんだりから来たんだから」
「はははっ、そうだな。俺もホツマの技ぁ、盗む前だ。そいつは困る」
「くははっ、そうかい」
夜刀と店主は笑う。わぁわぁ、と城壁の方が騒がしくなった、何かがあったのだろう。
(戦の匂いってのは、どこも変わんないねぇ)
小さく鼻を動かし、夜刀は胸中でこぼす。夜刀はとある蛇神を母に持ちとある一本だたらを父に持つ、混血の妖怪だ。その結果、姿は母から受け継ぎ、気性を父から受け継いだ。逆だったらどうなってたんだかね、などとぬらりひょんのご隠居が酒の席で笑っていたが……そうならなかったんだから、考えても意味はない。
「おう、夜刀さんよ。そろそろ教会に行きなぁ、万が一があったらいけねぇからな」
「ん? ああ」
思わず夜刀が生返事してしまったのは、妖怪として相応の強さを持つからだ。少なくとも、目の前の店主が一〇人集まっても片腕で薙ぎ払えるぐらいに。
だが、そんなことは店主は知らない。だから、素直に頷いた。
「おう、そうするよ。あんたは――」
どうすんだい、と店主に尋ねようとした夜刀が、不意に言葉を失う。教会の方、大通りを何人もの街の男たちが歩いてやって来たからだ。
「おう」
「おう」
武具屋の店主は当然のように、露店の店主に槍を投げ渡す。それを受け取った露店の店主は、そのまま通りを歩いていった。
次から次へと、武具屋の店主は店先の自分の武器や道具を通りを意気揚々と歩く男たちに投げていく。
宿屋の店主は宿屋の看板を盾代わりに。料理屋の料理人はなぜか鍋を被っていて。農家の兄弟は鋤と鍬をかついで。老神官は鋼鉄製のメイスを二本両手に受け取って。
「おう」
「ああ」
最後に元狩人であるハーンが、店主から丁寧に弓を受け取った。夜刀の目からすれば一目瞭然だ、ただの弓ではない。古くはあるがさまざまなエネミーの素材で作り上げられた見事なものだ。
「……なんのつもりだい?」
「あ? まだいたのか?」
sold-out――売り切れと書かれた板を店先に下げて、武具屋の店主は愛用の両手槌を手に歩き出そうとしていた。夜刀の表情にあった呆れを読み取ったのだろう、店主はバツが悪そうに笑っていった。
「あー、教会行っても内緒な? 街のかかぁ連中に俺がどやされる」
後生だぜ、夜刀さん、と店主は照れ笑いを見せて言った。
「この街に来たばっかの《英雄》たちが戦ってくれてんだぜ? ここが故郷の俺たちが震えて終わるのを待ってるなんてよ、みっともねぇ真似できねぇんだわ」
じゃあまたな、と武具屋の店主は、最後尾に追いつく。それを見送って、夜刀はしみじみとぼやいた。
「……しゃーない。あたいに火の粉が降り掛かった時は払うとするか」
あの男たちに手は貸せない。それでも、教会にいるであろう彼らが守りたい人たちだけは守ってやろう、そう夜刀は心地よさげに笑って教会へ向かって歩き出した。
† † †
《――ミニシナリオ『セント・アンジェリーナ』コンプリートクリア特典》
《――守るべき者を持つのは、英雄だけではない――》
† † †
英雄だとか凡人だとか。
主人公だとか端役だとか。
そんなもん知ったことかと言ってやれ。
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