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5話 〇.〇〇〇〇1%の必然(後)

本日、二回目の更新となります。


書き溜めておいても溶ける溶ける。

あ、序章に相当する「〇.〇〇〇〇1%の必然」は書き溜めておりますのでそこはご安心を。

   †  †  †


 窮地において、「まだだ」と叫べる者――人は、そんな者たちを英雄と呼ぶ。


   †  †  †


 時間が、間延びする。知覚が思考の速度に追いつく。壬生黒百合(みぶ・くろゆり)は吹き飛ばされた空中で、紙一重で受け流し(パリィ)が間に合い壊された自分の手の中からこぼれ落ちた刀の柄の部品が舞う様まで見届けた。


「――――」


 プロスポーツ選手の中で、()()は『ゾーン』とも呼ばれていた。優れた反射神経と類まれなセンス、極限まで高められた集中力。そのすべてが高いレベルに達した時、ある天才打者は投手が投げたボールが止まって見えると語り、ある天才格闘家は周囲の時間の流れが遅くなりその中で動けるようになると話す。


 こと、VR技術が発展したeスポーツの世界では、プロプレイヤーの実に9割を超える選手がこの『ゾーン』を体験しているという。

 これには、カラクリがある。VR機器の進歩だ。極限まで知覚のロスを無くす、それを追求し続けたVR機器は人間の肉体が持つ神経の伝達速度さえ超えたのだ。そのため肉体という最大の枷を外されたeスポーツのプロプレイヤーは、この『ゾーン』を高確率で体験する――。


■ぐ、がああああああああああああああああ!! 終わったあああああああああ!!

■ずっりぃだろ! 初心者が武器を複数所持してる訳ねーじゃん!

■クロちゃん、格闘武器は装備してないっぽいから詰みだな

■惜しいな、後一歩だったのに


 目まぐるしく流れる視聴者のコメントは、“妖獣王(ようじゅうおう)(エイリアス)”に刀を最初に破壊された時のものだ。


(ま、確かにな、詰みだよ、詰み)


 黒百合の中で、坂野九郎(さかの・くろう)は納得する。全力は尽くした、それでもなお敵に上を行かれたのだ。

 理不尽、と言うのは簡単だ。しかし、このチュートリアル中という状況で細い細い蜘蛛の糸のような勝機でも、確かにあったのだ。さすが、オレのアルゲバル・ゲームス。ワクワクさせてくれたわ。


■武器破壊か、“妖獣王・影”の出現例自体が初だがいい情報だ

■こいつとやり合うには、複数装備必須だなー

■あるいは全部回避するかだが……まぁ、現実的じゃないな

■破壊不可のアビリティって、レアドロップになかったっけ?


 一部のガチ攻略勢は、すでに対処法を出し合っている。後で読み直して、参考にさせてもらおう。


(これだよ、これ。この空気だよ、これが楽しいんだ)


 ひたすら強く、高い壁。それを越えようと努力し、切磋琢磨すること。情報を出し合い、思い出を語り、次へと繋げる。

 ゲームというのは、殺し合いと違う。負けて、失敗して終わりではない。いつか勝つまで、乗り越えるまでいくらでも挑戦していいのだ。

 そして、過去の自分を超えて上達する実感を得る。それこそがゲームの醍醐味だ。


 黒百合が、“妖獣王・影”を見る。“妖獣王・影”は尾をゆっくりと薙ぎ払い終えたところだった。じっと、こちらを見る視線を感じる……よく戦った、そう称える視線を。


 これは終わりではない、始まりだ。なんと言ってやろう? 覚えてろよ? それではチンピラだ。次は勝つ? シンプルだが、悪くない。あるいは――。


 そんな敗れた後の捨てセリフを考える余裕が、『ゾーン』の加速した思考の中ではあった。

 だからこそ、()()()


   †  †  †


■――負けないで! 『お姉ちゃん』!!


   †  †  †


 視聴者のコメントに紛れた、壬生白百合(みぶ・しろゆり)のコメント。坂野真百合(さかの・まゆり)の書き込み。


「――はっ」


 二重の意味での『妹』からのお願い(声援)に、『兄』(九郎)『姉』(黒百合)が同時に笑った。


 呼び方に込めた本気の想いを、感じずにはいられなかったから――。


   †  †  †


「「――まだだ!」」


   †  †  †


 壁に激突する寸前、黒百合は必死に手を伸ばす。確か、そこに()()()はずだ――諦めを手放し、一縷の希望を掴もうと伸ばした手は確かに掴んだ。


『――――』


 な、という驚愕の声が“妖獣王・影”の喉からこぼれるよりも早く。吹き飛ばされる速度が急激に落ちた黒百合が、着地に成功した。


「――――」


 黒百合の手に握られていたのは、ニメートルを優に超える大太刀――“聖女の守護者”が落とした、あの刀だ。


 黒百合は、九郎は、忘れていなかった。“妖獣王・影”の尾を回避するのに、突き刺さったままだったこの大太刀を足場にしたことを。


 ならば、触れられるはずだ。抜けるはずだ。そして、自分でも使えるはずだ、と。


『――ク』


 呼気のような笑みが、“妖獣王・影”からこぼれて動く。まだ諦めないのか、と。まだ楽しませてくれるのか、と。

 そこにあったのは先程までの母性を感じさせる優しさではない。同等の、自分を極限まで高めてくれる好敵手に出会った戦う者の歓喜だ。


「――ッ」


 対して、黒百合は吸った息を止めて踏み出していた。柄も太く大きく、小さな少女の手ではしっかりと握りきれない。だから、両手で握り全身の加速を大太刀へと乗せていく。


『――ハ』

「――っ」


 獣の笑みと少女の息を詰める音が重なる。近い、互いの顔がすぐそこにある。構わない、“妖獣王・影”は上から尾を突き出し、黒百合は全力を持って大太刀を薙ぎ払う。


『――ハ』


 影が、切り裂かれる。横一文字、そのまま身体を横回転させる勢いで黒百合は大太刀を振り抜いた。影の尾、その刃は黒百合の顔の真横を通り過ぎ、地面を穿つ。


   †  †  †


 ――そして、時が動き出す。


   †  †  †


 足をもつれさせ、黒百合の手から大太刀がすっぽ抜け転んでしまう。その背後で、巨大な影が切り裂かれて四散した。


■ん?

■は?

■んな!?

■ああ、あああああああああああああああああああああああああ!!

■いったああああああああああああああああああ!? 倒したあああああああ!?

■なんだよ! なにが起きたんだよ!?


 刀を破壊され、尾の一撃で薙ぎ払われた。その後の、一秒あるかないかで起きた出来事を正確に認識できた者は、極々一部だ。

 多くの視聴者にとって、負けを確信してからの刹那の逆転劇だった。


「……は」


 うつ伏せに倒れたまま、黒百合がようやく息を吐く。一秒に満たなかったはずなのに、とても長く息を止めていたような気がする。

 息を吐き、新鮮な空気を取り込む肺が痛い。身体を駆け抜けるのはやり切った、という疲労を伴う爽快感。


「……はは」


 黒百合の口から、小さく笑みが溢れる。ゴロンと仰向けになって、頭上に両腕を伸ばした。


■888888888888888888888888888888

■88888888888888888888888888888888

■gg!

■gg!!

■8888888888888888888888888888888888

■8888888888888888888888888

■gg!

■888888888888888888888888888888888

■gg!

■8888888888888888888888

■88888888888888888888888888888888888


 コメント欄に流れるのは、大量の視聴者からの(拍手)gg(グッド・ゲーム)の称賛。

 それを見て、黒百合は突き上げた両の手を握り、ガッツポーズを見せた。


「……やった」


 それは九割の表情表現カットでも隠しきれない、会心の笑みだった。


   †  †  †


《――リザルト》

《――チュートリアル:英雄の試練、クリア》

《――聖女の試練を乗り越えたPCプレイヤーキャラクター壬生黒百合は称号:《英雄候補》を獲得》

《――偉業ポイントを一〇獲得》

《――アイテムドロップ判定。守護者の大太刀、守護者の核、サムライソウルを取得》

《――クリア報酬五〇〇サディールを獲得》

《――引き続き、リザルト》

《――偉業(イクスプロイット)ミッション『“妖獣王・影”討伐』、クリア》

《――“妖獣王・影”の討伐を確認、PC壬生黒百合は称号:《影の討伐者:妖獣王》《単独討伐者》《不屈なる者》を獲得》

《――偉業ポイントを一〇〇〇獲得》

《――偉業ポイントの一定以上の獲得を確認、称号:《英雄候補》が称号:《英雄》に変更されます》

《――アイテムドロップ判定。“妖獣王・影”の残滓✕5、ブラックボックス:呪詛を取得》

《――クリア報酬ニ〇〇〇〇〇サディールを獲得》

《――リザルト、終了》


   †  †  †

【エクシード・サーガ・オンライン 裏設定話】

 お金の単位=サディール。

 サラリーの原型であるお金の単位まんまですね。本来の“聖女の守護者”を倒した分の値段を確認いただければおわかりと思いますが、“妖獣王・影”を討伐して得られたニ〇〇〇〇〇サディールは初期キャラが得る分では破格の報酬金額になります。


 ――これだけで、もう簡単に倒せると思うなよ? という運営の意図が見えますね?


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[良い点] ルビのふり方とか前フリ?(今回の最初の数行)とかにセンスしか感じん。ついでに言うと1話の文字数が多いのも良き、入り込める。
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