42話 英雄回廊:ホツマ11~リザルト~
† † †
酒盛りを始めた百鬼夜行の中で、その商談は進んでいた。
「食料品やその他素材やらなんやら諸々雑貨の補給、代わりは外貨獲得ってことか……ま、面倒なとこは適当にワシがやっとくから」
「あ、ありがとうございます……?」
ぬらりひょんと名乗った老人が算盤を叩いて九割方の厄介事を一瞬で終わらせてしまった。ディアナ・フォーチュンがおずおずと頭を下げると、それにぬらりひょんはじゃらじゃらと算盤を振って見せると好々爺な笑みを見せる。
「ええよええよ。ようやく訪れた《英雄》の変革期だし。特等席で一緒に踊る方が愉快ってもんよ」
そう言っていくらかの掌サイズの葛籠を渡された。竹製の玩具のようだがよくできている――ぬらりひょんは、続けた。
「それにとりあえずの必要なもんは全部入れといたから、戻ったらあけなさいな。戻るまであけたら駄目だからねぇ」
「……ちなみに、どうなるんだい?」
懐にしまいつつそう訊ねた堤又左衛門こと又左に、ぬらりひょんは喉を鳴らして笑った。
「ひゃひゃひゃ! 数万人の一ヶ月の食料に埋もれて潰されたいなら、やってみんさいな」
「……謎技術な、わかったわかった」
とりあえず、しっかりとイベントリの奥底に入れておくことにした。食べ物で遊ぶほど、又左も行儀は悪くないつもりだからだ。
「それから後は――おい、夜刀、夜刀! なにやってんだい!?」
ぬらりひょんは、自分の後ろにいたはずの者がいなくなったことに気づき声を張り上げる。見れば、フルプレートメイル姿のカラドックの鎧にご執心な白作務衣姿の女性がそこにいた。
「……な、なにか?」
「いやぁ、そっちの造りの鎧を直接見るのは初めてで。おー、すごいすごい。板金の組み合わせでかなり可動部が滑らかに……なぁなぁ、ちょっと歩いてみてくれない?」
「こう、か?」
「うおおおおおおお! この足首から下の稼働の美しさ! いやぁ、こだわってんねぇ」
結い上げた黒髪。左目を隠す刀の鍔による眼帯。ほくほく顔の女性の首を、ひょいっとぬらりひょんは掴んで持ち上げた。猫にするようだが、相手は成人女性だ。指二本でできていい芸当ではない。
「なんだ、ご隠居! 今、いいとこなんだよ!」
「これからいくらでも見れるだろうが! 挨拶が先だろうに」
「今、目の前にあんだよ!? こっち優先するだろ!?」
ようやく開放された、と息をこぼすカラドックに、イザベルは同情するように力無く微笑む。彼女も自身の弓を舐めるように見られた後だからだ。
「この夜刀はホツマ妖怪軍の鍛冶屋でね。そっちに出向させるよ。良いように使ってやっておくれ……ほら、挨拶」
「おう、あたいは夜刀。そっちの鍛冶技術が知りたかったから渡りに船ってもんよ、よろしくな!」
「ほうほう。これでついにホツマの……忍者の装備が……ふふ」
そう喜びながら夜刀のSSを撮るのはサイゾウだ。撮影許可? ちゃんと取るのが正しいドルオタでござる。
† † †
《――リザルト》
《――偉業ミッション、英雄回廊:ホツマの試練クリア》
《――ミッションをクリアしたPCは称号《ホツマに至る者: ホツマ妖怪軍》を獲得》
《――偉業ポイントを三〇獲得》
《――今後、セント・アンジェリーナはホツマ妖怪軍と貿易が行えます》
《――クリア報酬ニ〇〇〇〇サディールを獲得》
《――リザルト、終了》
《――引き続きリザルト》
《――PC壬生黒百合は称号《妖獣王の想い人》を獲得》
《――PC カラドックは称号《大嶽丸の加護》を獲得》
《――アイテムドロップ特殊処理。PCカラドックはブラックボックス:レジェンドを取得》
《――リザルト、終了》
† † †
唐突に流れたシステムメッセージに、ミッションが終わったことを六人は悟る。若干、不穏な称号も混じっていたが。
「ま、今後ともよろしくってことで頼む」
「それはありがたいでござるが……」
サイゾウはなにも知らない夜刀の笑顔に、引きつった笑みで答える。背後からなぜかする複数の恐ろしい気配を、必死に気づかない振りをした。
『おう、そうだそうだ。忘れてた』
「……どうした?」
『あ、いや……ほら、お前には特に楽しませてもらったからな。相応の褒美をと思ったんだが……』
カラドックに話しかけた大嶽丸は咳払いをひとつ、黒い小さな箱――ブラックボックスを手渡した。
『俺は獣王でも魔王でもないかんな。それに比べると格は落ちるだろうが……持ってきな。役には立つぜ?』
「いいのか? これはむしろ――」
渡されるべき相応しい者がいるのでは? とカラドックは見上げるが大嶽丸は苦笑。肩をすくめて言った。
『あいつひとりに全部背負わせるってのは、ほら、なんだ? 気が引けるっていうか……滅入る?』
「――まったくだな」
ありがたく頂いておこう、と平坦な声でカラドックが答える。頭をかきかき、大嶽丸は小さくぼやいた。
『苦労すんなぁ、アイツも』
『ああ、大嶽丸様。今の、とても年寄り臭い発言です』
『ほっとけ』
大嶽丸はぼやき、護法の指摘をおざなりに切り捨てた。その頃には、なぜか顔面を掴まれたままの妖獣王が、黒百合を尻尾で抱えながら戻ってくる。
「うむ、話は終わったぞ」
『……締まらねぇなぁ、おい』
「コレの扱いはこのくらいでちょうどいい」
ホツマの魔王軍と幕府が見れば大震撼間違いなしなのだが、そこはそれ。大嶽丸は膝を折ると、親指の腹で黒百合の頭を撫でて言った。
『双獣王の件が終わったら、いつでも来な。ホツマへの道はこの大嶽丸の名においていつでも開かれてんぜ?』
「……ん」
大嶽丸の言葉に、どこか照れくさそうに黒百合は頷く。それにぎゅーと黒百合を抱きしめて妖獣王が大嶽丸を睨みつけた。威嚇してくるその姿は、猫か犬か……あ、狐か、と大嶽丸は呆れた風に見下ろす。
「妾も、妾が待っておるからなっ!? 雑務はすぐに終わらせて来るがいいぞ?」
「……まずは双獣王とのレイドバトルを終わらせないと」
「――ぬらりひょんのご隠居や。ちょっと妾、行って雌犬二匹潰してくあああん!?」
「余計なこと、しない」
夫婦漫才と呼ぶか猿回しと呼ぶか、なかなかに線引きが難しい――大嶽丸は、五〇〇年前の記憶に思いを馳せる。目の前の妖獣王と、常に酒の匂いをさせていた“女”のいがみ合いを笑って眺めていたあの日々――。
『……なるほどなぁ、確かに年を取ったよ。俺もなぁ』
歳を取るというのは過去を懐かしむのではなく、惜しむということなのだろう。そういう意味ではもう致命的なまでに自身は向こう側なのだと、大嶽丸は思い知った。
† † †
この後はセント・アンジェリーナに戻り、レイドバトルですね。
コンゴトモヨロシク!
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