接話 英雄回廊:ホツマ10&百鬼夜行
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《――妖獣王さんからあなたに組織勧誘が届いています》
《――ホツマ妖怪軍に加入しますか? Y/N》
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壬生黒百合は、そのメッセージを凝視する。それをサイズ的に意図せず覗き込んでしまった大嶽丸は、苦虫を噛み殺したような顔をした。
『げっ、あいつなにやっとんだ?』
「……多分、これが私たちがここに挑めた理由」
黒百合がそう言うと、大嶽丸は深い溜息をこぼす。最初から大嶽丸は黒百合を「女狐のお気に入り」と言っていた、ある程度の事情は察しているのだろう。
『こじらせたなぁ、クドラクの件もありやがったからなぁ』
「……クドラク?」
ディアナ・フォーチュンのオウム返しに、大嶽丸は隣にいた護法に視線を落とす。それに小さく頭を左右に振って重く息をこぼし、護法が解説役を変わった。
『“五柱の魔王”先代序列第五位魔王クドラク。妖獣王白面金毛九尾の狐様とほぼ同じ時を生きて、つい二〇年ほど前に現序列第五位魔王“血塗れの頭巾”に討たれ代替わりされた真祖吸血鬼です』
大嶽丸の表情に、苦味が増す。その主の顔を見て、護法は道具としての役目を全うした。
『……思った、のではないでしょうか? 不老不死、もっとも死から遠い真祖の魔王でさえ―――と。あまり、他の者の口から言うべきではないと思いますが……九尾様は、クドラク亡き今、もっともこの世界で……生を、疎む方でございましょうから――』
「――――」
ビクリ、と小さく黒百合が震えるのを、カラドックは見た。表情は変わらない、瞳の色も変わらない――なのに、なぜかその表情がひび割れた、そんな印象を受けた。
「あー……確か、呪いを解く条件が殺すか愛するか、でござったか?」
「お、おう……」
サイゾウと堤又左衛門、又左は表情を引きつらせる。自分がその感情を向けられたら、と思うと二の句が告げられない。特にその感情の矛先が目の前にいれば、なおさらだ。
過ぎたシリアスは笑うしかなくなり、行き着いた笑いはホラーになる。そのことを男性陣は、背骨に氷をねじ込まれたような感覚と共に思い知った。
「な、なんなんですか、それ。そんなの――」
ディアナは、内側から溢れ出す言葉を意図せず口にしそうになる。だが、それを止めたのは他でもない黒百合だ。ディアナの服の裾を掴み、首を左右に振って口だけが動いた。
「……っ……」
ディアナの声が、喉元で堰き止められる。口の動きが『駄目』というのなら言っていた。『違う』というのなら、それを感情のまま否定していた。
だが、黒百合の口の動きは『やめて』というものだった。だから、かろうじてディアナの理性が言葉を止めることに成功する。
「……どう、します?」
結局、そこに問題が戻る。イザベルのその問いに、黒百合に視線が集まった。選択肢はふたつにひとつ、『Y』か『N』だ。
『まぁ、あれだぞ? どっちを選んでもホツマの人間はお前を歓迎するだろうよ、間違いなくな』
大嶽丸の言葉は、残酷なまでの正解だ。なにせ、黒百合は妖獣王の呪いを受けた者。かの大妖怪の庇護を持って、大妖怪を討つ運命にある者なのだから
「――――」
黒百合は、メッセージに視線を向けない。もう、何度も何度も繰り返し位置は把握しているから――指先は、正確に狙い通りに押した。
† † †
《――PC壬生黒百合がホツマ妖怪軍に加入しました》
† † †
その時だ、空が歪んだ。ヴン! と天守閣さえ中に収める程の円状の歪みから、巨大な土塊の足が伸びる。
「……は?」
大きい、サイゾウは呆然と見上げるしかなかった。体長約四〇メートル強、土塊の巨人が大嶽丸を見下ろすと、バキリ、と口の位置に亀裂を走らせ喋った。
『ヒ、サシ、イ、ナ、オオタケ、マ、ル』
『おう、壮健そうで何よりだ、ダイダラ』
土塊の巨人、大妖ダイダラに続き二条の電光が落ちる。頭が猫で胴は鶏の鵼と猿の顔に狸の胴体、虎の手足と蛇の尾の鵺が落雷とともに降り立った。
ぬるり、と歪みの中から次に現れたのは、ダイダラでさえ小さく見える山を七周り半するほど巨大な大百足だ。
赤き顔に長い鼻の大天狗が暴風を伴い。威風堂々たる巨大な大狸が。鬼の頭に蜘蛛の身体を持つ土蜘蛛が。牛の頭に鬼の身体を持つ牛鬼が。巨大な白蛇と大蝦蟇、大蛞蝓が――次々と、その姿を現した。
「…………」
イザベルなど、もう血の気が引いて青を通り過ぎて真っ白である。圧倒的な光景を前に、もはやなにから恐怖すればいいか脳が判断できなかった。
「は、はは……いやぁな予感がするんだけどよぉ」
次から次へと現れる名のある大妖の群れに、又左は最悪の想像を口にする。
「もしかして、アレ全部イクスプロイット・エネミー……とか、言わねぇ、よな?」
『そうだ。ホツマ妖怪軍よりすぐりの大妖による、妖獣王麾下の百鬼夜行っつうヤツだ』
否定してほしかったことをあっさりと大嶽丸が肯定してくれる。サイゾウは、その言葉に当然の疑問を抱いた。
「……え? なんでホツマ滅んでないんでござるか?」
いや、滅んでほしくないでござるけど、とサイゾウの素直な感想に大嶽丸もあっさりと答える。
『お前、何百年も戦国期やってるよりすぐりの武士と退魔師の国だぞ、ホツマは。殺せなくても撃退はするっての』
「……素直にすごいわ、それ」
そんなやり取りの間に、大妖百鬼が歪みから降り立ち平伏した。そして、ついにソレは姿を現した。
「――出迎え、大義じゃ」
そう告げたのは、ひとりの女だ。長い黒髪。最上級の和紙にようにきめ細やかで白い肌。異貌であるはずの黄金の瞳は、あまりの美しい輝きに恐怖さえ抱かせる。
細部に至ってまで計算しつくされた美貌は、その豪奢な着物さえ、ただの引き立てる道具へと成り下がらせる――いや、どんな芸術品であろうとその金色の九本の尾が誇る美しさの前には、霞んで意味をなさないだろう。
――その女こそ、妖獣王白面金毛九尾の狐。その人身形態であった。
「五〇〇年振りか、大嶽丸の小童よ」
『そうやって指折り年月を数えんのは、お前の悪いとこだと思うぜ? 女狐』
その一体で、マーナガルムと同等かそれ以上の配下を百鬼従える相手にも大嶽丸の態度は変わらない。同格である、そう互いに認識しているからこその生易さであった。
「――――」
その九尾が、一度深呼吸をする。大嶽丸の隣に立つ、小柄な狼耳の少女に一瞬だけ瞳を揺らしてから視線を向けた。
「……この身で会うのは、初めてじゃな。妾が妖獣王白面金毛九尾の狐、その本体で――」
ある、と厳かに続くはずだった九尾の言葉が、途切れる。大股で歩き出した黒百合が、その着物の裾を掴んで引きずったからだ。
「あ、りゃ?」
「大嶽丸、部屋を貸して」
『おう、老いたのと若いのでごゆっくり』
大嶽丸が答える前に、黒百合の足は止まらない。九尾は抵抗しない、すればビクともしないはずだというのに。ディアナたち五人も、護法たちも、百鬼もまた、どうしたものかと動けなかった。
「あ、いや、ほら、ここは妾の神秘さとか荘厳さとか見せつける段取りがじゃな!? ――あ、でもこういう強引なのも悪くないって言うか……!」
『――そういうとこだぞ』
身悶えながら引きずられていく九尾に大嶽丸は吐き捨てる。主が連れ去られるのを見送った百鬼夜行へ、大嶽丸は同情を込めながら告げた。
『おう、色々と疲れたろ。酒ぐらいは奢ってやる、休んどけ』
『……イタダコウ……』
百鬼を代表し、ダイダラがそう返答した。
† † †
妖獣王「よし、よし! 事前に台詞も考えておいた。立ち振舞の練習も完璧じゃ。よし、よし!」
――――そのすべてが台無しになる、一時間ほど前の妖獣王さん。
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