39話 英雄回廊:ホツマ8
明日は一日、病院にお出かけするので一回更新か、できて二回だと思います。
書き溜め? 序章の三万ちょっとで尽きてますが?
† † †
――カラドックは決して忘れないだろう、あの言葉を。
† † †
『大前提から無理だ、わかっているだろう!』
カラドックは、自分に苛立っているのがわかった。壬生黒百合の言葉が、それほどの衝撃だったからだ。
『実質六回の《超過英雄譚:不破の英雄》で耐え凌ぐ、これが一番可能性の高い無理』
『そっちじゃない! 私が言っているのは――』
『だから、言った。カラドックさんが無理だって言うなら、別の方法を考える……と』
気づけば、カラドックは痛いほど拳を握りしめていた。今、PCだけではない。中の人も一緒に、強く握りしめているのだ、と。
他の四人は、なにも言わない。彼らの中では答えは出ているからだ――自分のスタイルを曲げてでも、役目に徹すると。その気持ちはよくわかる、リーダーに黒百合さんを選んだ時に、自分もそう決めたのだから。
『タンクとしてやって来たからわかる、あの相手に《超過英雄譚:不破の英雄》を使って耐えても焼け石に水だ』
『――わかってる』
『この作戦の基本は奇襲だ、一回失敗したら終わりなんだぞ?』
『――わかってる』
『なのに、キミは――』
言い訳に言い訳を重ねている、その自覚がカラドックにはあった。ああ、自己嫌悪に潰されそうになる……それでも、カラドックは言わずにはいられない。いられなかったのだ。
『なのに、キミは……私にその役目を託すのだな?』
喉の奥からこぼれ落ちるように吐き出したカラドックの言葉と想いを、黒百合は真正面から受け止めた。
† † †
――実質六回の《超過英雄譚:不破の英雄》で、あなたの攻撃を一分間耐え抜く――だそうでござるよ。
あいつ……! と大嶽丸が発作的に笑う。黒百合の伝言に、嘘はない――六回の《超過英雄譚:不破の英雄》で、大嶽丸の攻撃を一分間耐え抜くつもりなのを、鬼神は今理解した。
『ああ、そうだわなぁ――自分が使うたぁ、確かに言っちゃあいなかったわなぁ!』
砕け散った部屋、その中で大盾を構えたカラドックとその背後に隠れた堤又左衛門こと又左が、確かにそこに立っていた。
† † †
――カラドックは決して忘れないだろう、あの言葉を。
『タンクとしてやって来たカラドックさんに、すべてを懸ける。《超過英雄譚:不破の英雄》二回、それで一五秒稼いで』
他のみんなと違い、自分を曲げることなく信頼を託されたのだ、と。
† † †
「《超過英雄譚:あなたの英雄譚》――後は、頼んだぜぇ、カラドックの旦那ぁ!」
これで俺の役目は終わりだ、と又左が前に出る。朱槍を構え、大嶽丸へと真っ直ぐに突撃した。
「まさか、ここまで来て見逃してやるとか言わねぇよな、大嶽丸の旦那よぉ!」
『そいつぁ、無粋が過ぎらぁよ!』
ギ、ギギギギギギギギギギギン! と連続して繰り出した又左の刺突が虚しく大嶽丸の腹筋に弾かれる。いや、朱槍の穂先は届いてさえいなかった。
『俺に攻撃通したきゃ! せめて称号から《候補》の文字を消してこい!』
「ずっけぇ!?」
あ、槍の又左って名乗りそこねた、と気づいた時には又左は大嶽丸の左の爪先蹴りで消し飛んでいた。そのまま高く振り上げた大嶽丸の左足に、カラドックは大盾を頭上に構える。
「《超過英雄譚:不破の英雄》――!」
次の瞬間、凄まじい衝撃で足場ごと下へ落とされた。ただの左の踵落とし、それだけで城の一階層が粉砕され、下の階へと叩きつけれる!
『は、はははははははははは! いいじゃねぇか! いい覚悟だぜ、《英雄》! 強ぇヤツひとりに任せて、はいさよならなんざ《英雄》のやるこっちゃねぇわなぁ!』
それに一秒遅れて大嶽丸が落下してくる。そのまま、右足に全体重を乗せてカラドックの上へ――ズン! と城全体が震える程の衝撃。それほどの威力をもって、カラドックは大嶽丸に踏み潰された。
『――約、一〇秒。よく稼いだよ、お前らは』
そう言って、大嶽丸はその場を去ろうとした。しかし、ガシャン……と金属が擦れ合う音がして立ち止まる。
『あ? おいおい』
「アビリティ《食いしばり》。HPが全快時、確率で戦闘不能ダメージを受けた時に、HPが1残るタンク必須のアビリティだよ」
振り返った大嶽丸の顔を見て、立ち上がったカラドックがヘルムの下で笑う。鬼神を驚かせる、というある意味での偉業を達成して、カラドックは肩を揺らして言った。
「その顔だよ。立っているはずがない……敵も味方も、そう思って驚いている姿。それが見たくって、私はタンクをやってるんだ……!」
鎧を鳴らして笑い続けるカラドックに、大嶽丸は呆然とした驚き顔から自嘲の笑みに変わって静かに告げた。
『大したもんだよ、お前は』
心底からの感嘆を込めて、大嶽丸は右拳を振り下ろす。その拳に砕かれる最後の瞬間まで、カラドックから笑みが消えることはなかった。
† † †
――カウンターは『00:11:11』と表示されていた。
残り、約11秒。
† † †
大嶽丸が、天守閣の屋根へと戻ってきた。そこに待ち受けていたのは、ディアナから最大限のバフを受けた壬生黒百合だった。
『逃げなかったのか』
『当然。逃げるなんて後ろ向きな考えで一分も立っていられるはずがない』
互いの口は、動いていない。思考による高速入力と高速読解。双方がもはや言葉による時間稼ぎを望んでいなかったからだ。
『北欧神話の雷神トールは、かつて言った。脳が筋肉でできているなら、全身筋肉の自分は世界で一番発達した脳を持っている、と』
『馬鹿じゃないのか? そいつ』
『そんなことはない。なぜなら本当に、雷神トールは北欧神話でもっとも賢い戦闘法をエインヘリアルたちに伝承したのだから』
黒百合が操る五本の尾が、形を変える。巨大な両腕に巨大な両足、そしてそれらを繋げ狼頭を胸部に備えた胴部へと――!
そこに現れたのは、頭部がないだけで大嶽丸に匹敵する巨躯を誇る蒼黒の大鎧であった。
『バフを掛けまくった力で押して押して押しまくる! 最高に効率的な脳筋ゴリ押し戦法!』
『そういう馬鹿は大好きだぜぇ!!』
黒百合が操る大鎧と大嶽丸が、同時に屋根を蹴って激突した。
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――残り一〇秒。
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大鎧と大嶽丸の右拳が空中で激突した。バキン! という粉砕音と共に砕け散ったのは、大鎧の右腕だった。
だが、即座に次の一本の尻尾が右腕を形成。大嶽丸の拳を受け止めた。
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――残り九秒。
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右拳を受け止めあった大鎧と大嶽丸は、次に横回転からの裏拳をぶつけ合う。砕けたのは大鎧の左腕だ――だが、再び一本の尾がフォロー。左腕を再生させた。
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――残り八秒。
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大嶽丸の左後ろ回し蹴りが、大鎧の胴を薙ぎ払う! 大鎧の巨躯が、宙を舞う。だが、飛んで威力を殺していたからこそ吹き飛ばされるだけですんだ。
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――残り七秒。
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着地と同時、軽いフットワークで間合いを詰めた大鎧の左ジャブが三発大嶽丸の顔面を捉える。大嶽丸の巨体が、一瞬のけぞる――タイミングと距離を計ってからの大鎧の右ストレートが繰り出された。
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――残り六秒。
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大嶽丸が、大鎧の右ストレートを前に出る勢いを利用して額で受ける。再び、大鎧の右腕が肩まで砕け散った。
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――残り五秒。
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右、左、右。大嶽丸のローキックが正確に大鎧の膝を強打。大鎧の左右の足が、膝下から砕かれた。
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――残り四秒。
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直後、渾身の大嶽丸の右拳が突き出された。狼頭の胸部ごと、大嶽丸の右拳は大鎧の中の黒百合を捉えるが、それを黒百合は最後の《超過英雄譚:不破の英雄》で相殺。
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――残り三秒。
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屋上の影に隠れていたディアナの《マナ・ボルト》が、大嶽丸の顔面に直撃する。だが、大嶽丸は構わない。傷ひとつ負わない大嶽丸は、強引に前に出て――。
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――残り二秒。
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大嶽丸の左拳が、鋭く黒百合を狙った。音速を超えるその拳へ――大鎧の右腕だけを再形成した黒百合が、最後の尾を使ってその右腕でなければ持てないほどの巨大ハンマーを作り出した。
『轟け――』
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――残り一秒。
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『――ミョルニル!』
大嶽丸の左拳と黒百合の巨大ハンマーミョルニルがぶつかり合い――黒百合と大嶽丸が、同時に後方へと吹き飛ばされた。
† † †
――残り〇秒。
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ドォ! と大嶽丸が天守閣の屋根から落ちて地上に激突。黒百合は大鎧の右腕を空駆ける小舟へと変えて、その中に転がり込んだ。
「立ってるよ、大嶽丸……」
小舟の上で立ち上がる黒百合、それをクレーターの空いた地面から見上げて大嶽丸は言った。
『おう、立ってるな。壬生黒百合』
大嶽丸には、傷ひとつない。まともなダメージを与えることさえできず、それでもなお大嶽丸は胸を張って言ってのけた。
『この遊び。俺の負けで、お前の――お前たちの勝ちだ』
† † †
強さにも色々あるでしょうが、大嶽丸はある意味この作品でひとつの強さの頂点にございます。
某龍●で、某●リーザがピ●フ大王が悪役の時代に出てきたようなもんです。
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