38話 英雄回廊:ホツマ7
※本日18時頃、もう一本投下予定です。
† † †
合計四回――この三日間で壬生黒百合たちが大嶽丸に挑んだ回数である。
(もっと無謀に挑んでくるかと思ったが……)
大嶽丸のそんな予想に反して、黒百合たちは慎重だった。護法たちが言うには、挑んでいない時間で城の中を細部に至るまで調べているらしい。
(いいね、喧嘩の仕方ぁ、知ってるじゃねぇか)
屋根の上で寝転がりながら、大嶽丸は牙を剥いて笑う。喧嘩は勝った方の勝ちではない、負けたと思った方が負けなのだ。この違いを理解していない限り本当の意味で勝つことはできないし、理解している限り敗北はない。
(いくら俺に殴り砕かれようと、それは次への布石であって負けじゃねぇってか?)
くつくつ、と大嶽丸が喉を鳴らして笑う。大嶽丸は知らない、黒百合が坂野九郎がどれだけの敗北を踏み越えて来たか、を。一〇〇? 一〇〇〇? 一〇〇〇〇? ――馬鹿を言え、ゲーマーの死亡回数がその程度だとでも?
その度に立ち上がり、黒百合は踏み越えて来たのだ。喧嘩ではなく、ゲームをクリアするそのために――。
「ん、やっぱりここにいた」
「おう、嬢ちゃん。挑みに来たかい?」
ひょいっと屋根へと昇ってきた黒百合に、大嶽丸はゴロンと寝転がったまま向き直る。
「ん、今回が最後」
「へぇ? 諦めんのかい?」
「わかっててそういう言い方はしなくていい」
ニヤニヤと笑ってからかう大嶽丸に、生真面目に黒百合は言ってのける。
「今回は勝ちに来た」
「ははっ! おいおい、まだ三〇秒以上保ったことがあったか? いくらなんでも――」
不意に、大嶽丸が言葉を止める。黒百合が右手の掌をかざして、制したからだ。
「言葉はいらない。行動で示す」
そして、黒百合は手首を返すとクイクイと揃えた指先で大嶽丸を手招きしてみせた。無表情のまま、その瞳を細めて言ってのける。
「こういう時に多い口数は、男を下げるよ? 大嶽丸」
「――クハッ!」
大嶽丸が吹き出し、立ち上がる。真横に浮かぶ、『01:00:00』の数値――そのカウンターを大嶽丸は乱暴に殴って作動させた。
「今のは、最高にイカした口上だったぜ! 壬生黒百合――!」
その瞬間、黒百合の右手の前に展開された“黒面蒼毛九尾の魔狼”の蒼黒の狼頭が、咆哮の衝撃を鬼神へと撃ち込んだ。
† † †
――咆哮の衝撃で、黒百合が吹き飛ばされる。屋根から落下する黒百合は、一本の尾を幅広の大剣へと変えて降り立ちそのまま下へ加速した。
「――ッ!?」
だが、屋根を踏み砕くほどの一歩で最高速に達した大嶽丸は即座に黒百合の頭上へ到達。両足を揃えた踏みつけ、フットスタンプを叩き込む!
(させ――るか!)
それを黒百合は八本の尾を盾に変えて防御。バシュバシュバシュ! と四本の尾の盾が消し飛ばされながら地面へ吹き飛ばされた。
「《超過英雄譚:不破の英雄》!」
ドォ! と温泉へ黒百合が叩きつけられ、お湯の水柱が上がる。それを見て、大嶽丸は豪快に笑った。
「まさか、それで耐えたつもりじゃねぇだろうなぁ!」
自由落下などという、遅いものに任せていられない――城の壁を蹴って加速した大嶽丸が黒百合に迫る。今度は超音速の飛び蹴り、黒百合の動きとタイミングを完璧に読んだ必中の一撃だ。
だが、その刹那――温泉の中に隠れていたサイゾウが竹を放り捨てながら叫ぶ。
「《超過英雄譚:あなたの英雄譚》!」
「――《超過英雄譚:不破の英雄》!」
「あぁ!?」
大嶽丸が目を丸くする。四回の挑戦で、初めて見せた動きだったからだ。黒百合は大嶽丸の飛び蹴りで地面を砕きながらバウンドすると、尻尾で作った蒼い大太刀を空中で引っ掴み、城の中へと壁を破壊して逃げ込んだ。
「――ッ!」
それを追おうとする大嶽丸の前へ、サイゾウが立ちはだかる。“魔法の巻物”を展開するサイゾウを無造作な左拳で始末しようとする鬼神へ、サイゾウは叫んだ。
「黒百合殿のからの伝言にござる!」
大嶽丸の左の拳が、止まる。それを『ゾーン』の中でかろうじて気づいて、本当に止めたでござるよ、と感心してしまった。
『――これで、二秒稼げれば充分』
黒百合は、そう言っていた。だから、サイゾウはやり遂げた男の顔で言ってやった。
「実質六回の《超過英雄譚:不破の英雄》で、あなたの攻撃を一分間耐え抜く――だそうでござるよ」
『伝言、ご苦労』
「ああん!?」
パン! と大嶽丸の拳の一撃で、サイゾウは自爆特攻する暇もなく見るも無残に粒子となって砕け散った。
† † †
――カウンターは『00:46:32』と表示されていた。
残り、約四六秒。
† † †
『お客じ――』
「ごめん、遊びの最中」
廊下を走るのを注意しようとする護法に、そう言って黒百合は全力疾走していく。その背を見送るよりも速く護法は姿を消し――そこに体長五メートルの赤鬼が満面の笑顔で駆け込んで来た。
『ははははは! 待て待て~っ』
「砂浜で追いかけっ子する恋人同士みたいなノリは止めてほしい!」
『いいじゃねぇか、殺し合うのも愛を囁くのも相手しか見えないって意味じゃ同じだぜ!』
黒百合と大嶽丸の口は、動いていない。お互いに思考入力だからこそできる、コンマ秒の漫才だ。一歩の距離、速度が違う。文字通り一秒もかからず、大嶽丸は黒百合に追いつくとその背中を前蹴りで蹴り飛ばそうとした。
「エ、《超過英雄譚:あなたの英雄譚》!!」
「《超過英雄譚:不破の英雄》!」
ドォ! と追いついた大嶽丸の前蹴りが黒百合の背中を蹴り飛ばした。一回、ニ回、三回と水面を跳ねる水切り石のように廊下を壊しながら黒百合が城の壁から吹き飛ばされた。
「……あ……」
ぺたり、と大嶽丸の真横の階段でへたり込んだのは、イザベルだ。音と気配がしたら、《超過英雄譚:あなたの英雄譚》を使うだけでいい――そう言われた唯一の仕事を、確かにやり遂げたのだ。
『言い残すことは?』
「あ、あの……お疲れ様でした……?」
大嶽丸に見下され、イザベルはビクビクと見上げて言った。それを聞き届けると、大嶽丸は床を蹴ってその場から姿を消した。
『役目、ご苦労』
その残された一言に、今度こそイザベルはへなへなと倒れ伏す。イザベルはVRで腰が抜けるという感覚を生まれて初めて体験した。
「こわ、こわかったぁ……!」
“忍々”『なにかぁ、拙者の時と扱いちがわなぁい!?』
† † †
――カウンターは『00:37:02』と表示されていた。
残り、約三七秒。
† † †
「クロちゃん、大丈夫ですか!?」
「ん、順調」
天守閣の屋根、一度戦闘が開始されれば空白地帯となるはずのそこで待ち構えていたディアナ・フォーチュンはすぐに《超過英雄譚:あなたの英雄譚》を使用する。
この三日間、配置、タイミング、個々の動き――すべての行動を、この一分のために費やしたのだ。『策』を用意してから挑戦すら、大嶽丸への『引掛け』に用いるために。
「大嶽丸は――」
黒百合がそう言った瞬間、天守閣の下位層で破壊音と衝撃が走った。
† † †
『――見ぃつけたぁ』
大嶽丸が思考入力で、にやりと笑う。大嶽丸が駆け込んだ城の中の男部屋に待ち構えていたのは、フルプレートメイルに身を包んだカラドックと朱槍を構えた堤又左衛門こと又左だった。
『《超過英雄譚》使われる前に、回復役を叩くのもありだよなぁ!!』
大嶽丸の巨岩と見間違わんばかりの右拳が、畳を打つ。ズパン! と音を超え衝撃波を撒き散らす大嶽丸の拳の一撃が、男部屋の畳ごと一撃必殺の破壊となってカラドックと又左を飲み込んだ。
† † †
――カウンターは『00:32:53』と表示されていた。
残り、約三二秒。
† † †
一分、それは鬼神を相手にするには絶望的すぎるほど長い時間である。
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